Re:第7話「記憶という証拠」
王都への面会申請が通ったのは、数日後だった。大地は単独で王都へ向かっていた。
馬車の中で書類を確認している。記憶から書き起こした証拠の束——ヴィクトルの資金の流れ、バルトゥスへの指示の内容、両親の襲撃への関与。全てを紙に落とした。
(原本はない。しかし、量と精度で圧倒出来る)
◇
王妃リンナは応接室で待っていた。
長い黒髪。落ち着いた美貌。前と変わらない——いや、大地にとっては「前」という概念がずれている。この世界線では初対面のはずだ。しかし大地には全てわかっている。
「ヴァルテール家のオパリア嬢ね」
「そうだ」
「随分と若いのに、一人で来るのね」
「護衛は不要だ。時間を無駄にしたくない」
リンナが少し目を細めた。少し笑った。
「果物の名前なのに食えない女、と思っているでしょう?」
大地は少し間を置いた。
「……お互い様だな。子供の姿をした捻くれ者だと思っているだろう?」
「フフフ⋯⋯貴方とは仲良くできそうね」
リンナは笑いながら姿勢を正した。大地はゆっくりとため息を吐いた。
◇
「本題に入る」
大地は、持ち込んだ書類の束を机の上に置いた。
「ヴィクトルへの証拠だ。資金の流れ、エルフィア領への工作、両親の襲撃への関与——全部ある」
リンナが書類を手に取り、一枚ずつ、静かに読んでいった。
途中で、手が止まった。
「……これは、どこから」
「記憶から書き起こした」
「記憶?」
「説明は省く。今は使えるかどうかだけ判断してくれ」
リンナがしばらく書類を見た。
「……使える。精度が異常に高いわね」
「そうだ」
「証人は」
「俺だ」
「あなた一人では——」
「本人を捕らえれば後から補完出来る。今すぐヴィクトルを動けなくしたい」
リンナが大地を見た。
「……急ぐ理由は」
「少し表立って動きすぎた。このまま放置すれば、別の手を打たれる。その前に潰しておきたい」
◇
「ヴィクトルは今どこにいる」
大地が聞いた。
「王都の邸宅よ。今日は在宅のはず——」
「場所を教えてくれ」
リンナが少し止まった。
「……何をするつもり」
「話をしに行く」
「一人で?」
「一人で十分だ」
リンナが大地を見た。
しばらく沈黙が続いた。
「……私も動く。少し時間をちょうだい」
「問題ない」
「待ちなさい——」
大地はすでに立ち上がっていた。
「場所だけ教えてくれ」
リンナがため息をついた。
「……王都北区、石畳の通りの突き当たり。赤い門が目印よ」
「ありがとう」
「絶対に無茶をしないでよ」
「する気はない」
大地は振り返らずに扉へ向かった。
「一人で動いた方が速い……言った通りだったな」
応接室に一人になったリンナは呟いた。
「記憶、ね…⋯記憶の中の私は不味いことを言ったみたい。でも、面白い人ね。それに、私は嫌われてたみたいね」
リンナはクスクスと笑っていた。
◇
ヴィクトルの邸宅は、王族関係者として当然だが、確かに大きかった。赤い門。石造りの壁。護衛が数人。
大地は門の前で止まり、門の中を眺めながら確認する。
(護衛は十人程度か。全員片付けてから入るか)
大地はゆっくりと歩き出し、門に手をかけた。
◇
一刻後。
邸宅の中は、静かだった。
庭の噴水は崩れていた。廊下に護衛が転がっていた。応接室の扉が吹き飛んでいた。花瓶が割れていた。絵画が傾いていた。
ヴィクトルの邸宅は完全に崩壊していた。
邸宅の主、ヴィクトルは応接室の隅で、椅子ごと倒れていた。
意識がなかった、白目をむいたまま、顔は蒼白を通り越し土気色に。
そして、足元が——濡れていた。
大地は、ヴィクトルを眺めていた。
(何で気絶したんだ?)
目が光ったのかもしれない。あるいは光らなくても、この状況で十分だったのかもしれない。
大地にはわからなかった。
◇
アドリアンとリンナの近衛兵が到着したのは、さらに半刻後だった。
扉を開けたアドリアンが、止まった。
「……何があった?――やっぱり聞きたくない!」
アドリアンは耳を塞ぎ顔を背ける。聞かなくても予想できてしまう。というか見ればわかる。またやったのかと。
「説明した通りだ。懇切丁寧に説得しただけだ」
「説得……ってなんだ?」
アドリアンは、遠い目をしながら廊下を見た。転がった護衛を見た。吹き飛んだ扉を見た。倒れたヴィクトルを見た。
長い沈黙。
「……加減は」
「ちゃんとしたぞ?誰も死んでいないだろう?」
何故か誇らしげな表情の大地にアドリアンは何も言えなかった。
「……そう、だな」
アドリアンが額に手を当てた。
リンナが入ってきた。
リンナは状況を一目見て——口元を押さえた。肩が震えている。
「リンナ?」
「……ごめんなさい」
リンナが笑いを堪えながら言った。
「笑ってはいけないとわかっているのだけど——」
「本人に失礼ではないか?」
大地は、口元を抑えながらリンナに注意をした。
「だって⋯⋯あのヴィクトルが⋯⋯足元が——」
リンナが顔を背け吹き出した。
アドリアンは大地へ目を向けた。
「……ヴィクトルの尊厳は」
「知らん」
「⋯⋯そうだな」
アドリアンがまた額に手を当てた。
◇
ヴィクトルは近衛兵に引き渡された。金庫から見つかった証拠書類はリンナの手に渡った。
大地は馬車でエルフィア領へ戻っていく。馬車の中で、大地は書類をまとめていた。
(バルトゥス。密輸商人。腐敗貴族。ヴィクトル——全員片付いた)
前は何年もかかった。今回は——数ヶ月だった。
(次は——禁忌魔法だな)
大地は窓の外へ目を向けた。王都の街並みが流れていく。
(レオンの設定ではそれらしい魔法や設定は無かった。ルビアに話を聞くしかないな。改変の仕組み。魂繋ぎの詳細を――)
やることはまだある。しかし——少し、空白ができた気がした。
(それにしても――今回は一度も出てこないな。オパリアは……確かにいる筈)
「影すら出ないか⋯⋯何故なんだ?」
大地は、自身の中の不安を抑え込むように書類に目を落とした。
【Re︰第8話へ続く】




