Re:第2話「帰還と混乱」
馬車が走る間、誰も口を開かなかった。
父親は大地を見ていた。母親も大地を見ていた。使用人の女性も大地を見ていた。
大地は窓の外を見ていた。
(どこから話すか。――その前に確認することがあるな)
◇
「オパリアの母親に一つ聞く事がある」
大地が口を開いた。
三人が身を固くした。
「『魂繋ぎ』を使ったか?」
母親が、息を呑んだ。
「……なぜ、その名前を知っているの?」
「答えてくれ。使ったのか?」
母親が夫を見た。夫が妻を見た。二人とも、青ざめていた。
「……使っていない。使おうとしていたけれど——」
「使う前に俺が目覚めた、ということか?」
「えぇ——」
大地は窓から視線を戻した。
「わかっていると思うが。俺は、オパリアではない」
静かな声だった。
「この身体に入っている別の人間の魂だ。元の世界では田中大地という名前だった。34歳。男。そして――オパリアとして10年過ごした」
◇
車輪の音が響く。
父親が口を開きかけた。閉じた。
母親が大地を見た。自分の娘の顔を。白銀の髪を。金の目を。
「……信じられない」
「そうだろうな」
「でも——あの魔法は」
「アメリアに習った」
「アメリア?アドリアンの——」
「確か――兄だったか?アドリアンは」
また沈黙。
父親がもう一度、口を開いた。
「——剣は」
「ヴィルト・ザンに習った」
「ヴィルトを知っているのか」
「知っている」
父親が眉を寄せた。
「君は——一体、何者なんだ」
大地は少し間を置いた。
「さっき言った。詳しく説明すると、時間がかかる。屋敷に着いてからにする。アドリアンを――レオンも呼んでくれ。同じ話を何度もするのは効率が悪い」
◇
窓の外へ目を向けると屋敷の門が見えてきた。
馬車が門を抜けた瞬間。
屋敷の扉が開いた。
顔面蒼白の男が、走って出てきた。
「何があった!?使者から連絡が——お前達、怪我は——」
アドリアンだった。
若い。大地の記憶にある顔より、ずっと若い。
(――それもそうか。今は10年前だったな)
アドリアンは馬車に駆け寄り、父親と母親を交互に確認した。それから——大地を見た。
「オパリアは——」
止まった。
大地の目を、見た。
何かを感じ取ったのだろう。アドリアンの表情が、一瞬だけ変わった。
「誰だ……?オパリア――ではない?」
◇
「それが……」
母親が言いかけた。
「話がある」
大地が先に言った。
「全員に、だ」
アドリアンが大地を見た。まだ表情が固いままだった。
「——レオンも呼べ」
「レオンを?なぜ」
「必要だからだ。詳細は後で本人から聞け」
大地は馬車を降りた。五歳の身体で、どうということもない顔をして。
「急いでくれ。話すことが多いし長いからな」
アドリアンが両親を見た。両親がアドリアンを見た。
三人とも、何も言えなかった。
◇
屋敷の中では、使用人たちが慌ただしく動いていた。
当主一家が帰還した。怪我をしている。賊に襲われた——そういう情報が走り回っていた。
大地はその中を歩きながら、屋敷の構造を確認していた。
(変わって――は無いな。まあ当然と言えば当然か)
10年も過ごした場所だ。どこに何があるか、全部わかっている。
大地は、迷いのない足取りで執務室へ向かった。
廊下の角を曲がりかけて——足を止めた。
廊下の向こうから、金髪の少年が歩いてきた。
(確か、四歳か)
目が大地を見て、止まった。
(レオンだ)
幼い。当然だ。まだ——大地が何者か知る前。だがその目は、幼い子供のそれとは違う。この物語の全てを知っている目。
「……姉様?」
レオンが言った。
首を傾けて、大地を見ていた。何かがおかしいと感じているのだろう。
大地はレオンを見た。
「話がある。後で執務室に来い。雫」
「え!?どうして――」
「執務室に来たら話す」
大地は歩き続けた。
レオンが、ぽかんとした顔で見送った。
「オパリアじゃない……それに、何で私の名前を?」
◇
執務室に入った。
椅子を引いて、座った。
(さて)
大地は少し考えた。
全員にオパリアとして過ごした10年を説明する。それから計画を立てる。何故こうなったのかわからないが、あのときは回り道をして10年かかった。今回は最初から動けば——大幅に短縮できる筈だ。
ただし。
(魂繋ぎを使っていない、か)
母親の言葉が引っかかっていた。
母親が魂繋ぎを発動させた。その術式が大地を呼び込んだ。
しかし今回、母親は「使っていない」と言った。
(では俺は——何によってここに来た?)
答えが出ないまま、扉がノックされた。
「入れ」
アドリアンが入ってきた。その後ろに、両親が続いた。
扉から、レオンが警戒するような表情で顔だけ覗かせていた。
大地は全員を見た。
「座れ。説明を始める」
【Re:第3話へ続く】




