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「亡き少女の身体を借りて」―少女の魂を取り戻すまで―  作者: 島ながぁ
第4章「葛藤と真実」

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第23話「引き金」

 王都へ向かう前夜。


 書庫に二人がいた。


 いつもの場所だ。しかし——いつもと少し空気が違った。


 机の上に書類が広がっている。明日の段取りを確認するための書類だ。白猫が書類の端で丸くなっていた。



「最終確認をする」


 大地が言った。


「リンナは会議の場を設けている。ヴィクトルに対して、王族間の協議という名目で招集をかけた。ヴィクトルは断れない」


「うん」


「会議が始まった後、アドリアンが証拠書類を持って入る。前方からの包囲だ。同時にリンナの近衛兵が後方を塞ぐ。逃げ場はない」


「部下は」


「ヴィクトルが護衛を連れてくる可能性がある。その場合——」


「近衛兵と俺たちが対処する」


 レオンが静かに言った。


「そうだ」


 短い沈黙。



「……お前、剣を使うつもりか」


 レオンが言った。


「必要があればな」


「この15歳の、令嬢の身体で?」


「それなりに使える」


 レオンが少し笑った。声には出さない笑いだった。


「……ヴィルトが知ったら泣いて喜ぶな」


「だろうな」


「わかった」



 書類を閉じた後、しばらく二人は黙っていた。


 白猫が大地の膝に来た。大地はそのままにしておいた。


「……大地」


 レオンが言った。


「何だ」


「これが終わったら——禁忌魔法の解除に進むんだな」


「そうだ」


「……お前が消える前に、言っておきたいことがある」


 大地はレオンを見た。


 レオンが窓の外を見たまま、続けた。


「俺は——雫として、最悪な話を書いた。オパリアのモデルになった人を素材にして。お前の妹の話を。それは変わらない」


「知っている」


「でも——お前と一緒にここで動いた時間は、本物だった。それだけは言いたかった」


 大地は少し間を置いた。


「……俺も、そう思っている」


「そうか」


「ただし」


「なんだ」


「感傷は明日が終わってからにしろ。今夜は寝ろ」


 レオンが少し笑った。今度は声に出る笑いだった。


「……お前らしいな」


「当然だ」



 レオンが帰った後。


 大地は一人、書庫に残った。


 白猫が肩に乗った。


 (明日で終わる)


 そう思いかけて、止まった。


 終わるのは——ヴィクトルの件だ。


 その先に、禁忌魔法の解除がある。オパリアに身体を返すことがある。


 (……俺が消える)


 恐怖ではなかった。ただ、静かに認識していた。


 白猫が大地の頬に顔を擦り付けた。


 (……何のつもりだ)


 大地は白猫を見た。白猫は金色の目で大地を見ていた。


 (まあ、いいか)


 大地は本を一冊手に取った。


 今夜は、少し読んでから寝ることにした。



 王都の会議室は、静かだった。


 円卓を囲む席。リンナが上座に座っている。大地はリンナの傍ら、アドリアンとレオンが両脇に立っていた。


 白猫は——今日は来なかった。アメリアに預けてきた。


 扉が開いた。



 ヴィクトルが入ってきた。


 五十代。がっしりとした体格。落ち着いた顔立ち——バルトゥスとは違う。計算が見える目ではなく、確信が見える目だった。自分の正しさを疑わない人間の目だ。


 護衛が二人、後ろについている。


 (護衛か。想定内だ)


 ヴィクトルがリンナを見た。それから——大地を見た。


 子供だ、という目をした。


「これは——王族間の協議ではないのか」


「そうよ」


 リンナが答えた。


「あなたに聞きたいことがある。座りなさい、ヴィクトル」



 会議が始まった。


 リンナが質問を重ねた。穏やかな口調だった。しかし一つずつ、問いが核心に近づいていった。


 ヴィクトルは答えた。否定した。言い逃れた。


 そのタイミングで——扉が開いた。


 アドリアンが書類の束を持って入ってきた。


「失礼します」


 机の上に書類を広げた。


「ヴィクトル様、こちらをご確認ください。バルトゥスへの資金提供記録、エルフィア領への工作の証拠、そして——」


「何だこれは」


「オパリア・カスタ・ヴァルテールの両親の死に関与した証拠書類です」


 ヴィクトルの顔が変わった。



 ヴィクトルが立ち上がった。


「でたらめだ。こんな書類——」


「護衛」


 ヴィクトルが後ろを向いた。


 護衛の二人が、剣を抜いた。


 リンナの近衛兵が動く前に——レオンが前に出た。


「——っ」


 護衛の一人が踏み込んだ。レオンが剣を抜いて受けた。金属音が会議室に響いた。


 もう一人の護衛が大地へ向いた。


 大地は動いた。


 ヴィルトの稽古で何度も繰り返した動作。子供の身体では、力では勝てない。しかし——速さと角度は使える。


 護衛の剣を流して、間合いを外した。切り返し護衛の顎へ正確に鞘付きの剣を振り抜く。


「——なっ」


 顎を砕かれ吹き飛ぶ護衛。一瞬騒然とする場内。


(思ったより力が入ってしまったな。死んだか?)


「生きているな。ヨシ」


リンナの近衛兵が即座に押さえた。


 レオンの方は、もみ合いの末に近衛兵が割り込んで制圧した。



 会議室が静かになった。


 ヴィクトルが立ったまま、動けなかった。前と後ろを、リンナの近衛兵に挟まれていた。


「……リンナ」


「ヴィクトル」


 リンナが立ち上がった。


「エルフィア領主夫妻の謀殺への関与、並びに違法工作。王族として、この場で拘束します」


「私を拘束するだと——」


「証拠は揃っています」


 大地が前に出た。


 書類を一枚取り出した。罪状をまとめた書面だ。


「読みます」


 静かな声だった。


 ヴィクトルが大地を見た。


「……子供が」


「黙って聞いてください」


 大地は読んだ。


 罪状を一つずつ。バルトゥスとの関係。資金の流れ。エルフィア領への工作。オパリアの両親の死への関与。


 声は揺れなかった。


 ヴィクトルが、途中で大地の目を見た。


 何か言おうとして——止まった。


 (大地の目が、仄かに光っていたかもしれない)


 しかし今回は、大地自身にもわからなかった。


 読み終えた。


「以上です」


 近衛兵がヴィクトルを連行した。



 会議室に、静けさが戻った。


 リンナが椅子に座り直した。大地、レオン、アドリアンが残っている。


「終わったわ」


 リンナが言った。


「ヴィクトルは王宮の拘置施設に入る。正式な裁判は数ヶ月後になるけれど——もう動けない」


「リンナの調査権限で、直接的な証拠は補完できたか」


「できた。あなたが持ってきた状況証拠と合わせれば——十分よ」


 大地は頷いた。


「礼を言う」


「どういたしまして」


 リンナが大地を見た。


「……怪我はない?さっきの」


「あるわけが無い」


「レオン君は?」


「私も大丈夫」


「そう」


 リンナが少し間を置いた。


「あの護衛を流して捌いた動き——やっぱり最初からあなた一人で動けたんじゃ?」


「……」


 大地は目を逸らした。


「無理無理!姉さんに任せたら皆死にかねないよ!」


 レオンは訓練の出来事を振り返り、蒼白になりながら止める。


「失礼なことを言うな。加減はしているぞ」


「大地は本当に面白いわね。もし戻れなかったら嫁に来て欲しいわ」


「断固として断る」


 大地は露骨に顔を顰めた。リンナは声に出して笑っていた。



 帰路の馬車の中。


 三人は静かだった。


 アドリアンが窓の外を見ている。レオンは目を閉じている。大地は書類の最後の確認をしていた。


 しばらくして、アドリアンが言った。


「……終わったな」


「ああ」


「妹夫妻の仇を、取れた」


 静かな声だった。


 大地はアドリアンを見た。


 アドリアンの目が、少し赤くなっていた。


 (……泣いているのか)


 大地は何も言わなかった。言うべき言葉が見つからなかった。


 ただ、視線を書類に戻した。



 エルフィア領に戻ったのは、夕方だった。


 屋敷の門をくぐると、アメリアが待っていた。


 白猫を抱いて。


「おかえり」


「ただいま」


 白猫が大地を見て、鳴いた。アメリアの腕から飛び降りて、大地の肩に乗った。


「怪我は」


「ない」


「レオンは」


「私も大丈夫です」


「アドリアンは」


「……少し疲れた」


 アメリアがアドリアンを見た。一瞬で何かを読み取ったのだろう。黙って隣に並んだ。


 アドリアンがアメリアを一度見て、視線を前に戻した。


「帰ったか」


「ああ」



 その夜。


 書庫に大地一人だった。


 白猫が膝の上にいた。


 (終わった)


 今度は止まらなかった。


 本当に、終わった。


 バルトゥス。悪徳商人。腐敗貴族。そしてヴィクトル——オパリアの両親を殺した人間を、全て処理した。


 (残るのは——禁忌魔法の解除だけだ)


 オパリアに身体を返すこと。


 そのためには——大地が消えること。


 白猫が大地の手に顔を擦り付けた。


 大地は白猫を見た。


 (お前は——どうなるんだろうな)


 使い魔は、術者の魔力から生まれる。術者が消えれば——どうなるかはわからない。


 大地は少し間を置いた。


 (まあ——その時に考えろ。今は次のことを考える番だ)


 書類を一枚取り出した。


 禁忌魔法の解除に向けた次のステップが書かれた書類だ。


 白猫が書類の上に乗った。


「どけ」


 白猫は動かなかった。


「……仕方ないな」


 傍らに少女の影を感じた。笑っているような気がしたが。


 大地は白猫を避けながら、書類を読み始めた。


 ランプの火が、静かに揺れていた。



【第24話へ続く】

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