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「亡き少女の身体を借りて」―少女の魂を取り戻すまで―  作者: 島ながぁ
第4章「葛藤と真実」

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第22話「三つの真実」

 中庭での訓練は、毎朝続いていた。


 アメリアが向かいに座っている。大地は目を閉じて、自分の中の何かを感じようとしていた。


 (何も感じない)


 それはいつものことだった。


 しかし今日は——少し違った。



 訓練を始めて半刻ほど経った頃。


 大地の内側で、何かが動いた気がした。


 (これか)


 感覚というより、気配だった。自分の中にある流れが、少しだけ——形を持ちかけている。


 「そこよ」


 アメリアが言った。


 「そのまま、意識を向けて。引き留めようとしないで、ただ感じるだけ」


 大地は言われた通りにした。


 引き留めようとしない。感じるだけ。


 流れが——大きくなった。



 気づいたら、膝の上に何かいた。


 白い。小さい。


 大地は目を開けた。


 膝の上に、白い猫がいた。


 子猫だ。手のひらに乗るくらいの大きさ。白い毛並みで、目は——仄かに金色だった。


 (……何だ)


 大地は動けなかった。


 アメリアが息を呑む音が聞こえた。


「……出した」


「何を」


「使い魔よ」


 子猫が大地を見上げた。金色の目で、じっと。


 (俺が呼び出したのか、これを)


 大地は子猫を見た。子猫は動かなかった。ただ、膝の上に座っていた。



「使い魔というのは」


 大地が言った。


「魔法の素養を持つ者が、自分の魔力から作り出す存在よ。形は人によって違う——鳥の人もいれば、花の人も。あなたの場合は」


 アメリアが子猫を見た。


「猫、ね私はこれ――」


アメリアが腕を伸ばす。音もなくいつの間にか現れた赤い隼の様な姿の生き物。


「制御できるのか」


「呼び出せるなら、ある程度は。でも——」


腕を下ろすと同時に空間にとけるように消えていく赤い隼。アメリアが大地を見た。


「今日は意図して呼び出したわけじゃないでしょ」


「そうだ」


「訓練で感覚を掴み始めた時に、自然に出てきた。それはいいことよ。ただ——意図して出し入れするのは、もう少し時間がかかるかもしれない」


 子猫が一度、小さく鳴いた。



 その日から、白猫は大地の傍にいた。


 執務室でも。書庫でも。稽古の時も——ヴィルトが「令嬢、その猫は」と困惑したが、大地は「気にするな」と返した。


 レオンが初めて白猫を見た時、少し目を丸くした。


「……いつから」


「今日から」


「名前は」


「ない」


「つけないのか」


「必要を感じない」


 レオンがしゃがんで、白猫に手を伸ばした。白猫はレオンの手を少し嗅いでから、顔を背けた。


「……嫌われた」


「猫はそういうものだろ」


 大地は書類に目を戻した。


 白猫は大地の肩に乗った。



 三人が執務室に集まった。


 大地、レオン、アドリアン。


 机の上に書類が広がっている。王宮からの返答書、大地が書庫で集めた魔法文書の写し、アドリアンが入手した記録。


 白猫が窓枠の上で丸くなっていた。



「資料が揃ったな」


 大地が言った。


「魂繋ぎについて、それぞれの情報を出せ。アドリアンから」


 アドリアンが書類を開いた。


「王宮からの返答だ。魂繋ぎは最上位の禁忌魔法に指定されている。王家の記録によれば——この術式は本来、魂の簒奪のために作られた。過去に使用した例が三件記録されており、全て悪用のケースだ」


「母親が使った件は記録されているか」


「ない。王宮側は把握していないようだ」


「改変については」


「記録なし。術式の改変自体が、理論上は可能という記述があるが——実例は報告されていない」


 (母親は記録にない改変を行った)


「レオン」


「うん」


 レオンが話し始めた。


「原作の中で、魂繋ぎについて触れている場面がある。雫として書いた時の設定では——この術式には、術者の意志が強く反映されるという記述を入れていた。術者が強く望んだ条件が、術式に組み込まれる可能性があるということ」


「母親が望んだ条件が、術式に入った」


「そういうことになると思う。ただ、原作では詳しく掘り下げていなかったから——あくまで可能性として」



「俺が書庫で調べた内容と合わせる」


 大地が言った。


「術式の改変には、術者が魂繋ぎの本質を理解している必要がある。母親はそれを理解した上で、条件を加えた可能性はあるが——条件は不明だ」


 三者が黙った。


「つまり解除するには——その条件がわかれば?」


「当時の痕跡からはそこまでの詳細は判別できなかった。オパリアの意識を戻すには別の手段を考えるべきだな」


「魂繋ぎをもう一度発動させる。ただし——効果を魂を引き離す術式のみに絞って発動させれば、解除できる可能性がある」


「その術式はどこに」


「魂繋ぎの元の術式の中に含まれている。引き離す式だけを取り出せば——」


 大地はアドリアンを見た。


「術式を操れる人間はいるか」


 アドリアンが少し考えた。


「……王宮に、魔法術式の専門家がいる。信頼できる人物だ。リンナ王妃に頼めば、取り次いでもらえるかもしれない」


「わかった」



 レオンが静かに言った。


「……これで、方法が見えた」


「ああ」


「やれるのか」


「やれる」


 レオンが大地を見た。


「お前は——本当に消えるつもりなんだな」


 大地は少し間を置いた。


「何度も言わせるな。俺の目的は変わらない」


「……そうか」


 レオンが窓の外を見た。


 白猫が窓枠から降りて、大地の膝の上に来た。


 大地は白猫を一度だけ見て、また書類に目を落とした。



 ヴィクトルへの証拠が確定したのは、数日後だった。


 アドリアンが最後のピースを持ってきた。ロックス商会が追っていた資金の流れが、ついにヴィクトルの名義に行き着いた。バルトゥスへの資金提供、エルフィア領への工作、そして——両親の死への関与を示す間接的な証拠。


 直接的な証拠ではない。しかし、状況証拠として十分な量が揃った。


 (リンナに持っていく)



 王都への使者を送り、リンナとの面会が設定されたのは一週間後だった。


 大地は単独で向かった。


 王都の邸宅の応接室。リンナがすでに座っていた。長い黒髪。落ち着いた美貌。前と変わらない。


 白猫が大地の肩の上にいた。


 リンナが白猫を見て、わずかに目を細めた。


「使い魔ね」


「ああ」


「あなたらしい」


「どういう意味だ」


「白猫。それ以外考えられない、ということよ」


 大地は意味がわからなかったが、追わなかった。



 書類を机の上に広げた。


「ヴィクトルへの証拠が揃った」


 リンナの目が変わった。


 大地は書類を一枚ずつ説明した。資金の流れ、バルトゥスとの繋がり、両親の死への関与。


 リンナは黙って聞いていた。


 全て聞き終えてから、しばらく黙っていた。


「……証拠として使える?」


「状況証拠だ。直接的なものではない。ただ——王宮内で動くには十分だと判断した」


「そうね」


 リンナが書類を手に取った。


「私が動く。王宮内の調査権限を使って、直接的な証拠を補完する。それでいい?」


「頼む」


 リンナが大地を見た。


「……あなたから『頼む』という言葉を聞くとは思わなかった」


「必要だからそう言った」


「そうね」


 リンナが少し笑った。


「果物の名前なのに食えない女、まだそう思ってる?」


「今も思っている」


「相変わらずね」


「お互い様だ」



 帰り道の馬車の中、大地は窓の外を見ていた。


 白猫が隣に座っていた。


 (これで、全てが動き始めた)


 禁忌魔法の解除方法——魂分離術式の取り出し。黒幕への証拠確定——リンナが動く。あとは——


 (時間の問題だ)


 白猫が大地の膝に乗ってきた。大地はそのままにしておいた。



 その夜、書庫に大地一人だった。


 白猫が本棚の上に座っている。大地は椅子に座って、本を読んでいた。


 深夜だった。屋敷は静まり返っている。


 (……)


 本のページをめくる手が、止まった。


 白猫の様子が、変わっていた。


 本棚の上で丸くなっていた白猫が——何かに撫でられているような動きをしていた。


 しかし。


 傍に誰もいない。


 (何だ)


 大地は白猫を見た。


 白猫は目を細めていた。気持ちよさそうに。誰かに撫でられているような表情で。


 大地の視線が、白猫の傍に向いた。


 そこに——何かがあった。


 白い、薄い輪郭。人の形をしている。小さな手が、白猫を撫でている。


 夢ではない。


 幻でもない。


 (また幻か……?違う、そこにいる)


 大地は動けなかった。


 輪郭は、白猫を撫で続けていた。大地を見ていない。ただ、白猫に意識を向けている。


 (最初からいたのか。ずっと、幻ではなかったのか)


 大地は声を出せなかった。罪悪感がみせる幻だと思っていた。両親の葬儀の時、鏡越しに映る影、ずっとそこにいた。大地の頭の中で線が繋がる。母親の言葉の本当の意味。


(そうか。そういう意味だったのか)


 輪郭がゆっくりと薄れていった。


「あ……」


 やがて、消えた。


 白猫だけが、本棚の上に残っていた。


 大地はしばらく、白猫を見ていた。


 白猫が大地を見た。金色の目で。


「……」


 大地は何も言わなかった。


 本を閉じた。


 ランプの火が、静かに揺れていた。



【第23話へ続く】


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