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「亡き少女の身体を借りて」―少女の魂を取り戻すまで―  作者: 島ながぁ
第4章「葛藤と真実」

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第21話「商人の綱と腐敗貴族」

 動いたのは、静かな朝だった。


 大地はその朝、レインへの指示書を三枚書いた。


 一枚目。エルフィア領南部の中継点を経由する商人への取引停止。


 二枚目。王都への主要ルートのうち、ヴァルク侯爵と繋がりのある商人が使う経路の遮断。


 三枚目。今までと同様に遮断した流通の代替として、ロックス商会が管理する別経路を整備する。


 (これで締まる)


 ロックス商会が国の流通の大半を把握している今、大地が動かせる範囲は広い。悪徳商人が使う経路を一本ずつ塞いでいけば、自然に身動きが取れなくなる。



 三日後、アドリアンが動いた。


 王国の商業管理局への申請書類を提出した。内容は——エルフィア領内での違法取引の告発だ。証拠書類はすでに揃っていた。ロックス商会からの情報、財務記録の写し、証言記録。


 大地が三年かけて積み上げてきた証拠が、今日初めて表に出た。


 (アドリアンの顔でやる。俺の名前は出ない)


 それでいい。12歳の令嬢が動いたとは、誰も思わない。



 一週間後、商業管理局が動いた。


 違法取引に関わっていた商人が、順番に呼び出された。逃げようとした者はレインの情報網が先に掴んでいた。


 流通が止まれば、商人は動けない。動けなければ、証拠が出てくる。証拠が出れば、呼び出される。——そういう設計だった。


 (やはり、思っていたより早かったな)


 ロックス商会の動きが、予想以上に精密だった。大地の指示より一歩先を読んで動いていることが、報告書から見えた。


 (当初の想定よりはるかに優秀だったな)


 大地は報告書を閉じた。


 商人の網は、崩れた。


 しかし——腐敗貴族はまだ残っている。



 その夜、アドリアンが執務室に来た。


「商人の件は片付く」


「わかっている」


「次は貴族だ」


「ああ」


 アドリアンが椅子に座った。


「……こちらは、商人とは違う。証拠を出しても、貴族というだけで動きが鈍い。王国の機関も、相手が貴族となると慎重になる」


「わかっている」


「どうする」


 大地は少し考えた。


「明後日、作戦と当面の方針を立案する。レオンとルミナも呼ぶ」


 アドリアンが頷いた。


 四人が書庫に集まった。


 大地、レオン、アドリアン、ルミナ。


 机の上に書類が広がっている。腐敗貴族の情報、原作の記述との照合、現時点で集まっている証拠の一覧。



「作戦を説明する」


 大地が言った。


「断罪する対象は三家。ヴァルク侯爵家、シルヴァン伯爵家の関連人物、それとエルフィア領内で不正に関わっていた二名の地方貴族」


「シルヴァン伯爵家というのは」


 ルミナが聞いた。


「バルトゥスとの取引で没落した家だ。当主自身が関わっていたわけではないが——その関連人物が、腐敗貴族側と繋がっていた」


「なるほど」


 大地はレオンを見た。


「原作では、この三家はどう動く」


「ヴァルク侯爵は——原作の断罪シーンでは主犯格として名前が出てくる。ただし直接手を下したわけではなく、資金と情報を提供する立場だ。原作ではルミナとヒーロー役たちが証拠を集めて断罪する流れだった」


「他の二家は」


「ヴァルク侯爵に引きずられる形で失脚する。主導的な役割はない」


「つまり——ヴァルク侯爵を先に潰せば、残りは崩れる」


「そういうことになると思う」



「問題は証拠だ」


 アドリアンが言った。


「ヴァルク侯爵については、バルトゥスとの繋がりを示す書類が出てきている。しかしそれだけでは弱い。侯爵を直接断罪するには——侯爵自身が関与したことを示す証拠が必要だ」


「それが足りない」


「足りない」


 沈黙。


 ルミナが手を挙げた。


「……私、社交パーティーでヴァルク侯爵夫人と何度か話したことがあります」


 全員がルミナを見た。


「夫人は……夫のことをあまり好きじゃないみたいで。お酒が入ると、少し話してくれることがあって」


「どんな話をした?」


「夫が秘密の書庫を持っているとか、夫が定期的に誰かと会っているとか——そういう話を」


 大地はルミナを見た。


「侯爵の屋敷に入れるか」


 ルミナが少し考えた。


「……夫人に頼めば、お茶会に呼んでもらえるかもしれません。ただ、書庫に入れるかどうかは——」


「わかった」


 大地は書類に目を戻した。


「当面の方針はこの流れで行く。ルミナはヴァルク夫人へのアプローチを続けろ。アドリアンはバルトゥスの資金の流れの追跡を続けろ。レオンは原作の記述でヴァルク侯爵に関して見落としがないか確認してくれ」


「わかった」


「わかりました」


「うん」



 会議が終わり、三人が帰った後。


 大地は書庫に一人残っていた。


 (ルミナはどこまでやる気だ)


 会議中のルミナの顔を思い出した。普段の明るさとは少し違う、何かを決めたような目だった。


 (あの目は——)


 扉がノックされた。


 アドリアンが顔を出した。


「ルミナ嬢が先ほど、一人で出かけたそうだ」


 大地は少し間を置いた。


「……どこへ」


「使用人が聞いたところ、ヴァルク侯爵の屋敷の方角だと」


 (会議が終わって即座に動いたか)


「追うか?」


「……追わない」


 大地は書類に目を落とした。


「信用する。ただし——何かあれば連絡が来るよう、一人つけておいてくれ」


「わかった」



 ルミナが戻ってきたのは、1年以上後だった。


 書庫に大地とレオンがいた。扉が開いて、ルミナが入ってきた。


 少し疲れた顔をしていた。しかし目が、光っていた。


「持ってきました」


 大量の書類の束を、机の上に置いた。



 大地は書類を確認した。


 ヴァルク侯爵の秘密の書庫から入手した、腐敗貴族間の取引記録の写し。


 侯爵が定期的に会っていた人物のリストと、その人物の身分。


 エルフィア領の件に侯爵が関与していたことを示す書簡の写し。


 (何だこの量は。これだけ揃えば国も動ける)


「どうやって入手した」


 大地が聞いた。


「ヴァルク夫人に頼んで、使用人見習いとして呼んでもらいました。夫人が夫の書庫の鍵を——あまり深く聞かないでください」


 大地は少し間を置いた。


「危険はなかったか」


「……少しだけ」


「少しだけ、とは」


「書庫から出る時に、侯爵に見つかりました。色々あってヴァルク夫人が助けてくれましたけど」



 レオンが、それを聞いていた。


 表情は変わらなかった。しかし、大地にはわかった。


 (レオンの目が、変わった)


 ルミナが危険を冒していた。自分が書いた小説の世界の中で、自分が書いたキャラクターを守るために。


 レオンには——それがどういうことか、大地より深くわかるのだろう。


「……ありがとう、ルミナ」


 レオンが言った。静かな声だった。


 ルミナが少し驚いた顔をした。それから、いつもの明るい笑顔になった。


「どういたしまして!先生の作品の結末を変えるためですから」


 レオンが何かを言いかけた。


 しかし言葉が出なかった。


 ルミナは気づかずに、大地に向き直った。


「これで足りますか」


「足りる」


 大地は書類をまとめた。


「よくやった」


 ルミナが少し照れた様子で笑った。



 ルミナが帰った後、書庫にレオンが残った。


「……ルミナが危険を冒した」


 レオンが言った。


「わかっている」


「私の書いた話を変えるために」


「そうだ」


 レオンが黙った。


「……私は、何をしていたんだろうな」


「動いていた。それだけだ」


「でも——ルミナの方が、よほど」


「比べるな」


 大地が言った。


「それぞれがやれることをやっている。それだけだ」


 レオンがしばらく黙っていた。


「……そうだな」


 窓の外に、夜が来ていた。



 証拠を提出したのは、翌朝だった。


 アドリアンが王国の司法機関へ書類を持ち込んだ。大地が整理し、レオンが原作知識で照合し、ルミナが命がけで集めた証拠が——全て揃っていた。


 問題なく受理された。



 数日が過ぎた。


 エルフィア領は、静かだった。


 大地は普段通りの日々を送っていた。アメリアの訓練、ヴィルトの稽古、書庫での調査。レオンとの夜の会話。


 表向きは、何も変わっていない。


 しかし——大地の頭の中では、常に計算が動いていた。


 (司法機関が動くのにどれくらいかかる。ヴァルク侯爵が逃げる可能性はあるか。証拠の照合に何日必要か)



 三週間後の朝。


 執務室に、一通の書状が届いた。


 王国司法機関からの正式な通知だ。


 アドリアンが開封した。読んで——顔が少し変わった。


「……来たぞ」


 大地に渡した。


 大地は書状を読んだ。


 ヴァルク侯爵、および関連する腐敗貴族三名に対して——王都の司法法廷での審問が決定した旨が記されていた。日付と場所が書いてある。


 (裁判は来年の春か)


 大地はしばらく書状を見ていた。


「アドリアン」


「ああ」


「ルミナに連絡してくれ。証人として協力を依頼する」


「わかった」


 大地は書状を閉じた。


 (これで大凡のシナリオは終わった)


 そう思いかけて、止まった。


 (いや——まだある)


 黒幕。ヴィクトル。禁忌魔法の解除。オパリアの魂。


 終わっていない。


 (終わりではない。次の段階だ)


 大地は立ち上がった。



 書庫でレオンが待っていた。


「……書状、来たんだね」


「ああ」


「どうだった」


「法廷での裁判が決まった」


 レオンが少し間を置いた。


「……原作のシナリオに、少し近づいたな」


「そうだ。ただし——オパリアが断罪される側ではなく、断罪する側としてだ」


 レオンが大地を見た。


 それから、静かに笑った。声を立てない笑いだった。


「……そうだな」


「後詰の証拠を集める」


「うん」


 書庫のランプが、揺れた。



【第22話へ続く】

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