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「亡き少女の身体を借りて」―少女の魂を取り戻すまで―  作者: 島ながぁ
第4章「葛藤と真実」

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第20話「魂繋ぎ」

 書庫の奥の棚は、めったに誰も手を触れない。


 大地はその前に立っていた。埃のついた背表紙が並んでいる。魔術に関する古い書物——普段は読む必要がないと判断していた棚だ。


 今日は違う。


 (禁忌魔法について、ここにある情報だけでも確認しておくか)


 書類を一冊引き抜いた。古い羊皮紙の装丁だ。表紙に、古代文字で何かが書かれている。大地はそれを解読しながら、机の上に広げた。



 一時間後、大地は三冊の書物を並べていた。


 情報は断片的だった。しかし、いくつかの事実が浮かんできた。


 「魂繋ぎ」——古代の魔術師が作り出した術だ。魂を他者の身体へ移し、奪い取ること。延命のために他者の身体を簒奪する、極めて邪悪な術だ。


 (アドリアンの話では、母親はこれを使った痕跡があったと言っていたな)


一般に流通している知識ではない。国でも王家と一部の貴族にしか存在を知られていないはずだった。母親がこの術を知っていたことは意外だが。ヴァルテール家は王家に連なる貴族だ、知っていてもおかしくはない、だが――


 (記載されている効果とは違う。構築式を組み替えたのか?)


 大地はそこで一度、思考を止めた。


 母親の死の直前の言葉——「縁の繋がる異界の魂よ、どうかこの子を守って」。


 (ただの蘇生魔法では無い。なぜ他者の魂を、それも異界からわざわざ呼び寄せたんだ?禁忌魔法を改変してまで使用する理由があるのか?)


 書物をめくった。


 ある頁に、小さな記述があった。


 「術は改変の余地を持つ。術者が魂繋ぎの本質を理解した上で、特定の条件を付加することができる」


 (改変、特定の条件?)


 大地は手を止めた。


 母親は——術を改変していた。独自の改変だった。


 (機械のプログラムコートを入れ替えるようなものか。だが、正確な知識が無ければ無理だな。プログラムが複雑すぎる。改変内容が不明だな。条件の有無もわからん)


 疑問は増えた。答えは出なかった。



 書庫の窓から、午後の光が差し込んでいた。


 大地は書物を閉じた。


 今日得られた情報を整理した。


 魂繋ぎの本来の効果は「魂の簒奪・延命」。母親が改変して「異界の魂の引き寄せ。魂の定着」に変えた可能性がある。解除するには——術を改変して「魂を肉体から引き離す効果のみ」に絞り、もう一度発動させる必要がある。


 (引き離した後、魂がどうなるかは不明だが、現状手元にある禁忌魔法の資料の中では、これが有効手段だな)


 大地はそこで少し間を置いた。


 (俺の魂が引き離されて、どこへ行く)


 既に死んでいる俺は何処へ?帰る世界はない。消えるのか。それとも別の場所へ行くのか。


 (考えても答えが出ない。今は、方法を見つけることだけを考えろ)


 大地は書物を棚に戻した。


 次の目的地は決まっていた。



 アメリアを訪ねたのは、翌日の午後だった。


 庭園の端、木陰にある白いベンチ。アメリアはそこに座っていた。大地が来るのを待っていたような顔をしていた。


「話があるのね?」


「ある」


 大地は向かいに座った。


「体質のことだ」



 話した。


 バルトゥスの屋敷での出来事——暗い部屋、光った目、バルトゥスの錯乱。事後に鏡で気づいたこと。発動条件も効果も不明なこと。


 アメリアは黙って聞いていた。


 大地が話し終えると、アメリアは少し間を置いてから言った。


「……見てもいい?」


「何を」


「目を」


 大地はアメリアを見た。アメリアの瞳が、仄かに光を帯びた。


 しばらく、アメリアは大地の目を「視て」いた。


 やがて、目の光が消えた。


「ある」


「体質が?」


「ええ。私の『視える目』と同じ種類のもの——ただ、方向が違う」



「私の体質は人の心を『視る』」


 アメリアが続けた。


「あなたの体質は——見た人間の内側にあるものを『映し出す』ような働きをしている。恐怖、後悔、罪悪感——そういうものを、増幅させて表に出す」


「増幅させる?」


「元々その人間の中にあるものよ。ただ、それが圧縮されて一気に溢れ出す——バルトゥスが錯乱したのはそういうことだと思う。罪悪感と恐怖が一気に溢れて、耐えられなかったんじゃないかしら」


 大地は少し黙った。


「訓練で制御できるか」


 アメリアが首を振った。


「難しいと思う。私の体質も訓練で身につけたものじゃないから——感覚的なものよ。意識して、知覚して、慣れていくしかないわ。発動させるにも、止めるにも。言葉で説明するのは難しいわね」


「では」


「ただ」


 アメリアが続けた。


「魔法の素養を持つ体質者には共通することがある。自分の中の『魔法的な感覚』を知覚できるようになると、ある程度コントロールが利くようになる。完全ではないけれど」


「魔法的な感覚を知覚をする事が起点になる。ということか?」


「そう。まずそこから始める。専門的な魔法の訓練とは違う——もっと内側の、自分の中にある流れを感じることから」



 その日から、中庭での訓練が始まった。


 内容は地味だった。


 静かに座って、自分の中の何かを感じようとする。息を整える。意識を向ける。——そういうことだけだ。


「何も感じない」


「最初はそうよ」


「これに意味があるのか」


「あなた、せっかちすぎ」


 アメリアが言った。


「剣術と同じよ。構えを作るのが最初でしょ」


 大地は黙った。


 (確かに、ヴィルトの最初の稽古も同じだったな)


「……そうだな。続けるよ」


「頑張りなさい」


 アメリアが少し微笑んだ。


「ただの悪ガキよりはマシになったわね」


「どういう意味だ」


「人に頼ることを覚えてきた、ということよ」


 大地は答えなかった。


 木漏れ日が、中庭に落ちていた。



 夜、執務室に三人が集まった。


 大地、レオン、アドリアン。


 机の上に書類が広がっている。アドリアンが持ち込んだものだ。



「情報を整理する」


 大地が言った。


「バルトゥスの背後にいる人間について、それぞれの情報を出せ。レオンから」


「……うん」


 レオンが少し間を置いてから、話し始めた。


「原作では、黒幕の人物については名前だけ出てくる。ヴィクトルという名の貴族——王妃リンナの親族だ。具体的に何をしたか、どういう犯罪に関わっているかは、原作の設定にはなかった」


「なぜ原作に出てこなかった」


「……雫として書いていた時、その人物はあくまで背景の存在だったから。ヒーロー役たちが断罪する腐敗貴族の一人、という位置づけで、詳しく描かなかった」


「そのヴィクトルと、王妃リンナとの関係は」


「親族だけど——リンナとは対立している。王家内の派閥争いで敵対している側だ」


 大地は頷いた。


 (王妃に会った時、「対立勢力への防波堤としてエルフィア領を取り込みたい」と言っていた。その対立勢力の一角がヴィクトルか)


「アドリアン」


「ああ」


 アドリアンが書類を机の上に開いた。


「バルトゥスが失脚してから出てきた書類の中に、資金の流れがあった。バルトゥスは単独で動いていたのではなく——王都から資金の提供を受けていた。その出所を追うと、ヴィクトルという名の貴族に行き着く可能性が高い」


「証拠として使えるか」


「まだ状況証拠だ。直接的な書類はない」


「両親の死との繋がりは」


 アドリアンが少し間を置いた。


「……オパリアの両親はリンナ王妃派だった。両親亡き後にバルトゥスを通してオパリアの後見人としてエルフィア領を掌握する事。それが動機になったとすれば——」


「繋がる」


 大地は書類を見た。


「証拠を集める方向は」


「王都の不動産と資金の流れを追う。お前の秘密の部下を使えば、商人の側からも情報が取れるんだろ?」


「そういえば、言ってなかったな。」


「今度、その部下と話をさせろ。これほど優秀なら、主要取引先にしたい」


「断る、自力で調べろ」



 話が一段落した頃、レオンが言った。


「……ヴィクトルが、リンナと対立している人間だとすれば——リンナに話を持っていくことはできないのか」


「今はまだ早い。証拠がなければ、リンナも動きにくい」


「そう、だよね」


 大地は窓の外を見た。


 夜が深い。



 アドリアンとレオンが帰った後。


 大地は一人、執務室に残った。


 書類を片付けながら、ふと——感じた。


 何かが、近い。


 窓の外ではない。部屋の中でもない。もっと近い——自分の中、あるいは傍らに。


 大地は手を止めた。


 (また、か)


 振り返っても、誰もいない。


 鏡を見た。自分の姿だけが映っている。目は光っていない。


 しかし——鏡の中の自分の傍らに、一瞬だけ。


 白い何かが、揺れた気がした。


 (……)


 大地はしばらく鏡を見ていた。


 白い何かは、もうなかった。


 ただ、自分だけが映っていた。


 (気のせいではない、な)


 大地は鏡から目を離した。


 書類の片付けを続けた。


 ランプの火が、静かに揺れていた。



【第21話へ続く】

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