表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「亡き少女の身体を借りて」―少女の魂を取り戻すまで―  作者: 島ながぁ
第4章「葛藤と真実」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/26

第19話「静かな戦場」

 バルトゥスの件から、数日が過ぎた。


 執務室のランプが、静かに燃えていた。


 大地は机の前に座っていた。書類が何枚か並んでいる。アドリアンからの報告書だ。読んでいた。しかし途中から、目だけが文字を追っていた。



 (一通り確認は終わったな)


 大地は書類から目を上げた。


 バルトゥスは失脚した。王国の第三者機関への申請書類は既に提出されている。あとはアドリアンが処理を進める。大地がやることは——今のところ、ない。


 それは珍しいことだった。


 (バルトゥスから情報を聞き出すべきだったな)


 ここ二年近く、常に次の手を考えながら動いてきた。証拠を集め、人を動かし、情報を整理する。その連続だった。


 今は、止まっている。


 (敵はわかっている。だが、繋がる情報が途切れた)


 報告書に目を戻した。


 バルトゥスの失脚によって、エルフィア領から不正な資金の流れが一本断ち切られた。商人ギルドとの関係も変化しつつある。ロックス商会からの報告によれば、領地内の流通が少し正常化し始めているという。


 (思っていたより早い)


 人間というものは、圧力の源がなくなると、思いのほか素早く動く。それだけのことだ。



 ふと、手が止まった。


 机の端に置いてある小さな鏡が、目に入った。


 (あの目のことだ)


 バルトゥスの屋敷での出来事が、頭に戻ってくる。


 暗闇の中で光った自分の目。バルトゥスの錯乱。窓から外へ飛び出した男の姿。


 (体質だとは思う)


 アメリアが以前言っていた——魔法の素養を持つ者に、極稀に現れる特殊な体質があると。国に一人か二人いれば多い方だと。アメリアの「視える目」と同じ種類のものだとすれば、説明はつく。


 (だが効果が分からない。発動条件も分からない)


 バルトゥスは何を見たのか。何を感じて錯乱したのか。


 恐怖か。後悔か。あるいはその両方か。


 (発動したのは意図していなかった。つまり無意識だ。無意識に発動する体質は——制御できるのか?)


 大地は鏡を見た。


 普通の金色の目が映っていた。光ってはいない。


 (今は出ていない。何が引き金だったのか)


 暗い部屋だった。感情は——大地は少し考えた。感情、というほどのものがあったかどうかも、よくわからない。


 (厄介だな)


 自分でも理解できていないものは、対策が立てられない。


 今後同じことが起きれば——対象が誰であれ、錯乱させる可能性がある。


 (アメリアに相談するか)


 そう思いかけて、止まった。


 (また、人に頼るのか)


 少し間を置いた。


 (……今回は、頼るべきだな)


 珍しい結論だった。自分でそれを認めたことが、また珍しかった。



 書類を一枚取り出した。


 アドリアンの報告書の最後のページ。領地の民の様子について書かれた部分だ。


 使用人の一人が、日用品の価格が下がったと喜んでいたとある。


 商店街の通りが、少し賑わっているとある。


 (……)


 大地は報告書を閉じた。


 バルトゥスを失脚させることで、何かが動いた。数字には出てこない何かが。


 (まだ途中だ。ただ——少し進んだ)


 ランプの火が、揺れた。


 大地はしばらく、その火を見ていた。



 数週間が過ぎた。


 書庫に、二人がいた。


 いつもの場所だ。しかし——以前と少し違う空気があった。


 レオンが向かいに座っている。本を読んでいる。大地は報告書に目を通している。二人とも、何も言っていない。


 (以前の書庫の空気に近づいてきた)


 大地は内心でそう思った。



「……ヴィルトの稽古、まだ続いてるのか」


 レオンが本を置かずに言った。


「続いている」


「きつそうだな」


「問題ない」


「問題なさそうには見えないけど」


 大地はレオンを見た。


 レオンが少し笑った。声には出さない、小さな笑いだった。


「顔色が悪い日がある」


「稽古の翌日は多少な」


「無理するなよ」


「心配するな」


「してるよ」


 短い沈黙。


 大地は報告書に目を戻した。


 (言い訳にならないような言葉を探したが、見つからなかった)


「……ありがとう」


 静かに言った。


 レオンが少し驚いたような間があった。それから、また本を開いた。


「どういたしまして」



 もう少ししてから、レオンが言った。


「ルミナが、またバルトゥスの件で情報を持ってくるかもしれないって言ってた」


「聞いている」


「……あいつのこと、どう思う」


「使える」


「それだけか」


「今は、それだけだ」


 レオンが少し間を置いた。


「……ルミナは、嬉しそうだったよ。役に立てたって。それが本物かどうかは——わからないけど」


「わからないなら、まだ判断しない」


「うん」


 窓の外から、風の音がした。


「……俺は」


 レオンが言いかけて、止まった。


「何だ」


「——いや。また今度でいい」


 大地は少し間を置いた。


「言いたい時に言え」


「うん」



 夜が深くなった頃、扉がノックされた。


 アドリアンだった。


「まだいたか」


「何だ、この時間に」


「報告したいことがある」


 アドリアンの声が、いつもと少し違った。


 大地は書類から目を上げた。レオンも本を閉じた。


 アドリアンが部屋に入ってきた。椅子を引いて、座った。


 机の上に、一枚の書類を置いた。


「妹夫妻の件——両親の死について、少し調べていた」


 大地は黙って聞いた。


「バルトゥスが失脚して、いくつかの書類が出てきた。その中に——」


 アドリアンが書類を指で示した。


「両親の死は、事故ではなかった」


 (やっと手がかりを掴んだか)


「しかし——バルトゥスの単独の判断でもなかった」


 大地の目が、少し動いた。


「背後に、別の人間がいる」


 書庫が静かになった。


「まだ詳細は掴めていない。しかし——エルフィア領を狙う理由が、土地や金だけではない可能性がある」


 アドリアンが大地を見た。


「……禁忌魔法については、王宮からの返答待ちだ」


 大地はアドリアンを見た。


 (バルトゥスの背後に、隠れていた敵。オパリアの両親の仇)


「そちらは任せる」


 それだけ言った。


 アドリアンが頷いた。書類を折り畳んで、懐に戻した。


 立ち上がり、扉へ向かった。


 扉が閉まった。


 書庫に、大地とレオンが残された。


 しばらく、誰も言わなかった。


「…原作の黒幕に繋がる情報だ」


 レオンが言った。


「そうだな。これで動ける」


 大地は窓の外を見た。


 夜が続いていた。



【第20話へ続く】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ