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「亡き少女の身体を借りて」―少女の魂を取り戻すまで―  作者: 島ながぁ
第3章「陰謀と証拠」

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第18話「バルトゥスとの邂逅」

 書庫に書類が広がっていた。


 ルミナが持ってきたものだ。三種類ある。


 一つ目は証言記録。ルミナが社交場で接触した複数の貴族夫人や使用人から聞き出した、バルトゥスの違法取引に関わる発言の記録だ。証言者の名前と日付が丁寧に記されている。


 二つ目は取引記録の写し。バルトゥスと腐敗貴族を直接結ぶ取引の記録で、ルミナが養子先の屋敷の書庫で見つけてきたものだった。原本ではないが、照合できれば証拠になる。


 三つ目は財務記録の断片。バルトゥスが管理する口座と、奴隷売買に関わる商人の口座の間で動いた資金の痕跡だ。


 大地はそれらを一枚ずつ確認していた。



「よくこれだけ集めた」


 大地が言った。


 ルミナが少し照れくさそうに笑った。


「社交場は情報の宝庫ですから。あと——養子先のお父様が、バルトゥス様のことをあまり好きじゃないみたいで、色々教えてくれました」


「養父が?」


「はい。詳しくは聞いていませんでしたが——バルトゥス様に昔、何かされたみたいで」


 (没落貴族の候補に入れておくか)


 大地は内心でそう記録しながら、書類に戻った。


「これと、アドリアンが持っている隠し財産の記録、ロックス商会の流通記録を合わせれば——」


「動けるのか?」


 レオンが聞いた。


 大地は書類を一枚、机の上に置いた。


「動ける」



 三人で整理を進めた。


 大地が分析し、レオンが原作の知識と照合し、ルミナが社交場での情報を補足する。三者の情報が合わさることで、バルトゥスの不正の全体像が初めて完全な形になった。


 (これだけ揃えば、王国の第三者機関に持ち込んでも動く)


 大地は書類をまとめながら、次の段階を考えていた。


 アドリアンに渡して正式な手続きを踏む——それが本来の流れだ。


 しかし。


 (それだけでは、足りない)


 バルトゥスは証拠を見せられても、言い逃れをするだろう。名義を分けた財産、間に挟んだ人物、複数の迂回路——この男はそういう準備をしている。


 正式な手続きで動く前に、一度だけ——直接話をする必要がある。


 (確認しておかなければならないことがある)


 大地は書類を閉じた。


「今日はここまでだ。アドリアンに報告する」


「わかりました」


 ルミナが立ち上がった。


「……あの、大地さん」


 大地が振り返った。


 ルミナが少し心配そうな顔をしていた。


「無茶なことはしないでくださいね」


 (なぜそれを)


 大地は一瞬だけ間を置いた。


「する気はない」


「……はい」


 ルミナが頷いた。しかしその目が——何かを言いたそうだった。



 翌朝、執務室の机の上に書き置きがあった。


 アドリアンが発見したのは、朝の報告に来た時だった。


 便箋一枚。短い文章。


 『バルトゥスのところへ行く。夕方には戻る。書類は机の引き出しの中。——オパリア』


 アドリアンは書き置きを持ったまま、しばらく動けなかった。



 バルトゥスの屋敷は、エルフィア領の外れにあった。


 王都にも邸宅を持っているが、この時期は領地の屋敷にいると把握していた。ロックス商会からの情報だ。


 大地は馬車を一台借り、一人で向かった。


 令嬢として訪問する形だ。アポイントはない。それでも——ヴァルテール家の令嬢が訪ねてくれば、バルトゥスは追い返せない。


 (この男は、まだオパリアを利用できると思っている)


 それが使える。



 応接室に通された。


 バルトゥスが来るまで、少し時間があった。大地は椅子に座り、部屋を観察した。調度品、書類の類、窓の位置。夕方の光が、西の窓から差し込んでいた。


 (日が落ちるまで、あと二時間ほどか)


 扉が開いた。


 バルトゥスが入ってきた。


 四十代半ば。変わらない顔立ち。変わらない、目だけが笑っていない笑顔。


「これはこれは、オパリア様。突然のご訪問とは——」


「座ってください」


 大地が言った。


 令嬢の声だった。しかし口調が——違った。


 バルトゥスの笑顔が、わずかに固まった。



「単刀直入に話します」


 大地は机の上に、書類を一枚置いた。


「これを見てください」


 バルトゥスが書類に目を向けた。


 笑顔が、消えた。


「……これは」


「貴方と腐敗貴族を直接結ぶ取引の記録だ。これと——」


 もう一枚。


「財務記録。奴隷売買に関わる商人との資金の往来。それから——」


 三枚目。


「複数の人物からの、署名入りの証言記録があります」


 バルトゥスが書類から目を上げた。


 笑顔はもうなかった。


「……何が目的だ」


「自供してください」


 静かな声だった。


「領地への不正、奴隷売買——全て。王国の第三者機関に提出する前に、直接聞きたかった」


「……馬鹿なことを言うな。こんなもの——」


「できるのですか?言い逃れが」


 大地はバルトゥスを見た。


「この書類は写しに過ぎません。原本は今頃、アドリアンの手元に渡っている。王国への申請書類と一緒にな。俺がここに来ているのは——確認のためです」


 バルトゥスの顔が、少し蒼くなった。


「……脅しか」


「事実確認です」


 大地は続けた。


「違法孤児院への資金提供は——」


「黙れ」


 バルトゥスが立ち上がった。


 大地は動かなかった。


「七歳の小娘が——何を」


「座ってください。話はまだ終わっていない」


 同じ声だった。揺れていない。


 バルトゥスの手が震えていた。



 部屋が暗くなっていた。


 西の窓から差し込んでいた光が、いつの間にか夕暮れの赤に変わり——今は、それも薄れていた。


 バルトゥスは椅子に座り直していた。言い逃れを試みた。いくつかの反論を試みた。しかし——書類が一枚出るたびに、言葉が詰まった。


 大地は淡々と、証拠を並べ続けた。


 (逃げ場は潰した)


 バルトゥス自身が、それをわかっていた。



「……なぜだ」


 バルトゥスが言った。


 低い声だった。震えを押さえようとしている声だった。


「なぜ、お前が——お前のような子供が——」


「最後に一つだけ聞く」


 大地が言った。


「オパリアの両親の死は、お前の指示か?」


 沈黙。


 バルトゥスの目が、大地を見た。


 その目に——何かが宿った。


 恐怖ではなかった。まだ、そこまでではない。怒りと、追い詰められた獣のような何かだった。


「……ヴァルテールの娘が生きていれば、邪魔になる。それだけだ」


 答えた。


 言い逃れではなく——答えた。


 (自供した)


 大地は書類に目を落とした。


(バルトゥス本人から背後関係を調べれば他の腐敗貴族の情報も出るな)


 立ち上がろうとした。



 その時だった。


 部屋が暗くなった。


 夕暮れの最後の光が消え、室内に闇が満ちていく。


 バルトゥスが大地を見た。


 暗闇の中に、白銀の髪。小さな身体。


 大地自身は気づいていなかった。ただ立っているだけだった。しかし——バルトゥスの目には、それが見えていた。


——目が、光っていた。


 仄かな、金色の光だった。


 闇の中に、光る目。


 子供の姿をした、何か。


「——ッ」


 バルトゥスが声を上げた。椅子から立ち上がった。後退した。壁に背がついた。


「何だ、何だお前は——お前は——」


「バルトゥス?」


 大地が振り返った。


 バルトゥスの顔が、白くなっていた。目が見開かれていた。大地を——大地の目を見て、震えていた。


「あの目——俺は何を——やめろ、来るな来るなッ——」


 バルトゥスが横に走った。


「俺はなんて事を――」


 窓へ向かった。


「待っ——」


 大地が動いた。しかし間に合わなかった。


 バルトゥスが窓を開け放ち、外へ——


(何が起こっている?)


 扉が開いた。


 アドリアンが飛び込んできた。


 しかし遅かった。


 窓の外から、重い音が聞こえた。



 しばらく、大地は動けなかった。


(バルトゥスは何を見た?あの表情――突然感情が溢れたように見えたが)


 窓の外を見る気になれなかった。


 アドリアンが窓に駆け寄り、下を確認した。それから振り返った。顔が蒼かった。


「……生きている。ただ——」


 アドリアンが言葉を切った。


 大地はアドリアンを見た。


「尋問するには時間がかかるな」


 静かな声だった。



 大地は、ふと気づいた。


 部屋の隅の鏡に、自分の姿が映っていた。


 自分の目が——光っているような気がした。


 白銀の髪。暗い部屋の中に立つ、小さな令嬢。


気のせいではなかった。


その目が——仄かに、金色に光っていた。


 (これは……)


 大地は鏡から目を離せなかった。


 光は、少しずつ薄れていった。


 消えた。


 また、普通の金色の目に戻っていた。


 (魔法の体質……?だが一体何の?)


 アドリアンが大地の隣に来た。大地の顔を見て、何かを言いかけた。しかし黙った。


 二人は、しばらく暗い部屋に立っていた。


(見た本人があれでは、確認が出来ないな)



【第19話へ続く】

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