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「亡き少女の身体を借りて」―少女の魂を取り戻すまで―  作者: 島ながぁ
第3章「陰謀と証拠」

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第16話「ルミナという変数」

 沈黙は、三秒ほど続いた。


 ルミナが微笑んだまま待っている。大地は令嬢の表情を保ったまま、頭の中で選択肢を並べた。


 (否定する。肯定する。話題を変える。逆に問い返す)


 どれが最も多くの情報を引き出せるか。


 大地は微笑んだ。


「面白いことをおっしゃいますね」


 答えでも否定でもない。ルミナの目が、わずかに動いた。


「そうですか?」


「ええ。……続けてください」


 ルミナが少し目を瞬かせた。それから、楽しそうに笑った。


「そういう返し方をするんですね、オパリア様は」


「何のことでしょう」


「——わかりました。では私から話します」



 ルミナが話し始めた。


 声は穏やかで、周囲には聞こえない音量を保っている。場慣れしている。


「私はずっと、この物語が好きでした。原作の——レオン様のことも、オパリア様のことも、全部知っています」


 レオンが隣で微かに動いた。大地は気づいたが、視線をルミナから外さなかった。


「ただ——今のお二人は、私が知っているお二人とは違う」


「どう違うのですか」


「特に目が、違います」


 ルミナが大地を見た。


「オパリア様の目は——物語の中のオパリア様はこの場にはいない。それに、あなたの目は、何か目的を感じる目です」


 (なるほど、原作知識と織り交ぜた観察眼がある)


 大地は微笑みを崩さなかった。


「それは褒めているのですか」


「はい。とても」


 ルミナが今度はレオンを見た。


「レオン様も——原作のレオン様より、少し疲れた目をしています。何かを抱えているような」


 レオンが口を開こうとした。大地が先に言った。


「ルミナさんは、この物語をよくご存知なのですね」


「ええ、大好きなので」


「作者のことも?」


 ルミナの目が、一瞬だけ強くなった。


「——雫先生のことは、誰よりも知っています」


 (書いた本人が目の前にいる。ということには、まだ気づいていないようだな)


 大地は確認した。ルミナの視線はレオンを憧れの俳優として見ている目だ。恋愛対象として見ている目ではない。


 (使える。原作の情報を持ち、行動力もある。しかも自分から話したがっている)


「雫先生の作品——もっと教えていただけますか。私は本を読む機会が少なくて」


 ルミナの顔が、ぱっと明るくなった。



 それからしばらく、ルミナが話した。


 大地は聞いた。


 原作の登場人物の詳細、物語の流れ、腐敗貴族たちの動き——レオンから聞いていた情報と、細部が少しずつ違う箇所がある。考察や補完が含まれてはいるだろうが、読者としての視点から見た情報は、原作者の視点とは異なる部分がある。


 (これは使える)


 レオンが時折、微妙な顔をしているのがわかった。自分の書いた話を「大好きです」と語られている状況が、どういう気持ちなのかは大地には想像もできなかった。


 パーティーが終わりに近づいた頃、ルミナが言った。


「——またお話しできますか? お二人と」


 大地はレオンを見た。レオンが何か言いかけた。


「ええ」


 大地が先に答えた。


 レオンが大地を見た。「なぜ」と目が言っている。


 (有益な情報源は多いに越したことはない)


 大地は微笑んだままレオンから視線を外した。


「またいつでも」


 ルミナが嬉しそうに頭を下げた。



 数日後の午後。


 大地が執務室で書類を確認していると、ノックがあった。


「入れ」


 扉を開けたのは、アドリアンだった。


 珍しく、少し申し訳なさそうな顔をしていた。


「……客が来ている」


「誰だ」


「ルミナ嬢だ」


 大地は書類から目を上げた。


「いつ連絡が来た」


「……三日前に、手紙が」


「俺には話が来ていないが」


 アドリアンが視線を少し逸らした。


「……受け入れた方がいいと判断した」


「俺の判断より先に動くのか」


「お前なら断るだろうと思って」


「当然だ」


 沈黙。


「……近い歳の子供と接するのも良いかと思ってだな——すまない」


 大地はしばらく黙っていた。


 (アドリアンなりの配慮か。だが、ルミナだと?アドリアンへの制裁は後だな。先ずは確認しなければ)


「今、どこにいる」


「客間だ。レオンも呼んでいる」


「レオンが?」


「……それも、私が」


 大地はため息をつくかわりに、書類を閉じた。


「わかった……覚悟しておけよ?」



 客間の扉を開けると、ルミナとレオンがいた。


 ルミナは嬉しそうに話していた。レオンは——正面を向いたまま、どこか遠い目をしていた。


 大地が入ってきた瞬間、レオンの目に「助けてくれ」という光が宿った。


 (なるほど)


「ルミナさん、よくいらっしゃいました」


 大地は微笑みながら椅子に座った。


「オパリア様!お会いできて嬉しいです」


 ルミナが明るく言った。それからレオンを見て、また嬉しそうな顔になった。


「レオン様と二人でお話しできて——本当に夢みたいで」


 レオンが微かに引いた。大地は見なかったふりをした。



「ルミナさんは、原作の話をよくご存知でしたね」


 大地が言った。


「はい!雫先生の作品はデビュー前の作品から!124作全部読んでいます。この物語も——」


 ルミナが話し始めた。


 大地は聞きながら、観察を続けた。


 レオンへの態度。視線の向け方。話す内容の優先順位。ルミナが「雫のキャラクター・レオン」に何を求めているか——少しずつ輪郭が見えてくる。


 (身に付けた芸を披露するようだな。ただし一方的ではない。相手の反応を確認しながら動いている)


「ところで」


 大地が話の区切りで言った。


「ルミナさんはなぜ私たちを訪ねてきたのですか。理由を聞かせてもらえますか」


 ルミナが少し考えてから、答えた。


「……お二人が、原作と違うから」


「それで?」


「それが——とても気になって。原作と変わっている、〝あの結末〟を変えようとしているなら。私にも何かできることがあるかもしれないと思って」


 (自分から動く気がある。それも主体的に)


「何かできること、というのは」


「情報収集とか、人に会うこととか。私は養子になったばかりで、貴族の中では立場が弱い。でもその分、動きやすいところはあります」


 (それは本当のことだ。身分が低い分、目立たずに動ける)


 大地はルミナを見た。


 燥色の瞳が、まっすぐこちらを見ていた。



 話が一段落した頃、ルミナがレオンに向き直った。


「レオン様——」


「は、はい」


 レオンの返事が少し上擦った。


「雫先生の作品で、一番好きな場面はどこですか」


 レオンが固まった。


 (自分が書いた作品の「好きな場面」を自分が書いた本人として答える場面——これは難しい問いだな)


 大地は内心でそう思いながら、表情には出さなかった。


「……あの、それは——」


「もしかして、あの場面ですか?デビュー作『違法アウトな魔法の喫茶店』第三章の——」


 ルミナが話し始めた。レオンは何も言えないまま、話を聞かされている。


 (レオンは今、自分が書いた物語の一場面を「熱烈なファン」から解説されている)


 大地はひそかに、それを観察した。


 珍しい状況だった。



 ルミナが帰った後。


 客間に大地とレオンが残った。


 レオンが深く息を吐いた。


「……疲れた」


「そうか」


「大地、なんであの場で『またいつでも』なんて言ったんだ」


「情報源だ」


「わかってるけど——」


 レオンが額に手を当てた。


「自分が書いたキャラクターのファンに、そのキャラクターとして話しかけられる状況、わかるか」


「知らん」


「そうだよね」


 しばらく沈黙。


「……でも、ルミナは使えると思う」


 レオンが言った。


「ああ」


「情報はある。動く気もある。ただ——」


「制御できない」


「うん。それが問題だ」


 大地は窓の外を見た。


 (管理コストゼロ、制御不能——それでも使う価値はある。——あの感じなら雫を餌にすればある程度、制御も出来そうだな)


「アドリアンに話す。次の訪問の前には事前に連絡を寄越すよう、条件をつける」


「それだけでいいのか」


「今はそれだけでいい」


 レオンがまた息を吐いた。


「……ルミナは、私が雫だとは気づいていないんだよな」


「今は気づいていないようだな」


「いつか気づくと思う?」


 大地は少し考えた。


「いずれ気づく。その時のことは——その時に考える」


 レオンが黙った。大地の目線に気付いたようだった。顔が引きつっているレオン。


「……その時のことって、まさか——」


 廊下の向こうから、アドリアンの足音が近づいてきた。




【第17話へ続く】


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