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「亡き少女の身体を借りて」―少女の魂を取り戻すまで―  作者: 島ながぁ
第3章「陰謀と証拠」

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第15話「剣を学ぶ理由」

 冬が終わり、春の気配が戻ってきた頃。


 ヴァルテール家の訓練場に、見慣れない男がいた。


 四十代半ば。がっしりとした体格。腰に剣を帯びているが、騎士団の制服ではなく、動きやすい稽古着を着ている。顔には古い傷跡が一本。それでも表情は穏やかで、アドリアンと並んで立っている姿は、旧友同士の気安さがあった。


 大地は訓練場の端から、その男を見ていた。


 (アドリアンの知人か)


「——ヴィル、紹介する。こちらが姪のオパリアだ」


 アドリアンが言った。


 男——ヴィルトが、大地を見た。


 一瞬、表情が微妙に動いた。五歳……いや、もう七歳になる令嬢が訓練場に立っている。それだけで、内心では何かを思っているだろうと大地にはわかった。


「ヴィルト・ザンと申します、令嬢」


 丁寧な一礼だった。騎士団幹部らしい、無駄のない所作だ。


「よろしくお願いします」


 大地も礼を返した。



「アドリアンから聞いておりません。令嬢が剣を——」


「聞かせていない」


 アドリアンが答えた。「オパリアが望んでいる。それだけだ」


 ヴィルトが大地を見た。値踏みではない。困惑の色だった。


「令嬢、剣を学ぶ理由を聞かせていただいてもよろしいですか」


 大地は少し間を置いた。


「守りたいものがあるからです」


 ヴィルトがまた黙った。


 七歳の令嬢が、訓練場に立って、「守りたいものがあるから剣を学びたい」と言っている。その言葉の重さと、目の前の小さな身体のアンバランスさが、この男を戸惑わせているのだろう、と大地は思った。


 (貴族の令嬢の気まぐれだと思っているな。半分は正しい判断だ)


「……わかりました。では、まず構えてみてください——」



 ヴィルトが木剣を渡した。


 大地はそれを受け取り、前世の記憶にある学生時代の部活で学んだ、中段の構え――切っ先を相手の喉元へ向けた構えを取った。


 ヴィルトの目が、少し変わった。


「……もう一度、同じ構えを」


 大地は繰り返した。


 ヴィルトは何も言わずに、自身の剣を持ち上段から振って見せた。大地はそれを正面から観察してから、同じように上段から振った。木剣で風を斬り裂き、振り下ろさずに止める。


(案外、思うように動けるものだな)


「……」


 ヴィルトの額から汗が流れ出す。アドリアンへ振り返る。


「この子、本当に今日が初めてなのか!?」


「ああ」


「……」


 視線が大地に戻った。


 (何かを感じ取っている)


 大地には、自分が何をしているかがわかっていた。剣術の才能があるわけではない。ただ、覚えている動きを正確に再現しただけ——昔取った杵柄というやつだ。無意識に習慣とした構えが、そのまま出ていた。


 しかしヴィルトには、そうは見えないらしい。


「令嬢」


 ヴィルトが言った。声の質が、少し変わっていた。


「もう一度、最初の構えを」


 大地は素直に従った。



 稽古が終わった後、ヴィルトはアドリアンのところへ行った。


 大地には聞こえないくらいの距離で、二人が話している。


 アドリアンの表情が、途中から少し複雑になった。


 稽古場から戻る帰り道、大地がアドリアンに聞いた。


「ヴィルトは何を言っていた」


「……この子は天才だ、と」


 大地は少し黙った。


「誤解だ」


「わかってる」アドリアンが言った。「でもヴィルトはそう見たらしい」


「訂正しなかったのか」


「した。したんだが」


 アドリアンが言いにくそうに続けた。


「あいつは昔から思い込むと人の話を聞かない所があってな…」


 大地はしばらく沈黙した。


「……それは」


「来週から週三回、みっちりやると言っていたぞ」


「……」


「怪我はするなよ?アメリアに何を言われるかわからんからな」


 アドリアンが前を向いた。


 窓の外に、春の風が吹いていた。



 貴族の社交パーティーというものは、情報の宝庫だ。


 大地はそう思いながら、広間の端で立っていた。


 アドリアンが主催ではない。近隣の伯爵家が催した春の集まりだ。エルフィア領のヴァルテール家からは、アドリアンとオパリアが招かれていた。レオンも同席している。


 大地は令嬢の顔を作りながら、広間を観察していた。


 (レオンから聞いていた特徴——孤児から貴族の養子になった少女。)


 レインからの事前情報もある。最近、この地域の貴族の社交場に、新しい顔が現れているという。貴族の養子として社交界に入ったばかりの、年若い令嬢だ。


 (いるとすれば、今夜か)



 見つけたのは、パーティーが始まって間もなくだった。


 広間の向こう、テーブルの傍に、一人の少女がいた。


 褐色の肌。淡い赤色の髪。年のころ、同じくらいか少し上か。令嬢らしい流行を取り入れた格好をしている。


だが——立ち振る舞いが、他の令嬢たちと違う。


 (年相応の落ち着きでは無いな)


 貴族の社交場に慣れていない、ということではない。むしろ逆だ。場の空気を読みすぎている。会話の相手を選ぶ目が、子供のそれではない。


 (前世の記憶、または原作の知識を持っている可能性があるな)


 大地は視線を逸らした。接触するにはまだ早い——情報が足りない。もう少し観察してから判断する。


 距離を置こう、と思った。


 その瞬間。


 少女と目が合った。



 少女が、真っ直ぐにこちらへ歩いてきた。


 迷いがない。目的地が決まっている人間の歩き方だ。しかし——大地ではなく、隣にいるレオンを見ている。


 (レオンが目当てか、原作知識を持っていることは確定的だな)


 少女が立ち止まった。大地とレオンの前で、丁寧に礼をした。


「はじめまして。ルミナと申します。ヴァルテール家のオパリア様とレオン様でいらっしゃいますか」


 声が明るい。警戒心がないように見える。しかし大地の目には、その視線の細かい動きが見えていた。観察している。こちらを。


「はじめまして、ルミナさん」


 レオンが答えた。礼儀正しい、しかし少し硬い声だった。


「こちらがオパリア姉様です」


 大地は微笑んだ。令嬢の微笑みを。


「はじめまして」


 ルミナが大地を見た。


 一瞬だけ——ほんの一瞬だけ、その目が変わった。


 (流石に気付いたか、だが声に出さない。状況がわかっているな)


 しかしすぐに元の柔らかい表情に戻った。



 しばらく、三人で当たり障りのない会話をした。


 パーティーの話、季節の話、近隣の話。ルミナは社交の場の会話が上手かった。自然に話題を広げ、相手を不快にさせない。


 (使える人間だ。問題は、どこまで信用できるかだ。原作知識で何をするつもりなのか)


 大地はルミナを観察しながら、内心で値踏みを続けていた。


 レオンは——大地の横で、少し固くなっていた。表情は普通だが、声の抑揚がわずかにいつもと違う。


 (レオンも気づいているのか。あるいは、単純に緊張しているのか)


 会話が一区切りついた。


 ルミナが、少しだけ笑みの質を変えた。


 柔らかな、社交的な笑みではない。もう少し、別の何かが混じった笑みだった。


「……一つだけ、確認してもいいですか」


 声が、少し変わった。


 周囲には聞こえないくらいの、低い声だった。


「お二人とも——原作と、中身が違うでしょ?」



 三人の間に、沈黙が落ちた。


 大地はルミナを見た。


 笑顔だった。穏やかで、温かみのある笑顔だった。しかしその目は、答えを知った上で確認している目だった。


 (——先手を打たれたな。王妃とは違う、生きる為の立ち回りを意識した動きだ。だが、それはもう慣れた)


 レオンが隣で固まっているのがわかった。


 大地は令嬢の微笑みを保ったまま、ルミナを見返した。


(さて、お遊戯に付き合ってやるか)


 次の言葉を選んでいた。




【第16話へ続く】

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