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「亡き少女の身体を借りて」―少女の魂を取り戻すまで―  作者: 島ながぁ
第3章「陰謀と証拠」

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第14話「経済という剣」

 秋が深まり、冬の気配が近づいてきた頃。


 大地は茶会に出ていた。


 アメリアが仲介した近隣貴族との非公式な集まりだ。庭園のテラスに、婦人たちが数人。子供が混じっているのは珍しいことだが、ヴァルテール家の令嬢ということで誰も気にしない。


 大地は微笑んでいた。会話用の、柔らかな微笑みを。


 「——それにしても、最近は塩の値段が上がって」


 向かいの婦人が言った。五十代、貴族の夫人だ。夫は商人ギルドと繋がりがある——レインからの報告書に名前が出ていた。


「聞いたのですが、輸送経路が変わったとかで」


 大地は首を傾けた。無邪気な子供の仕草で。


「どの経路が変わったのでしょう?私には難しくてよくわかりませんが——」


 婦人が少し表情を変えた。ほんの僅かに、目が動いた。


「……そこまでは私も存じませんけれど」


「そうですか。そういえば南部で新しい作物が──」


 微笑んだまま、大地は次の話題へ移った。


 (この夫人の話していた情報の出所は、商人ギルドの北側のルートだな)


 塩の価格変動の情報を、数名の婦人から断片的に集めると——不正な流通の迂回ルートが浮かんでくる。誰も意図して教えているわけではない。しかし会話の断片を繋ぎ合わせると、輪郭が見えてくる。



 帰路の馬車の中で、大地はアドリアンに話した。


「北側の中継点を使っている商人が三名いる。」


「その情報はどこから」


「茶会だ」


 アドリアンが少し間を置いた。


「……茶会でそこまでわかったのか」


「子供が質問すると、婦人たちは警戒せずによく話す」


「…………」


「何か言いたそうだな」


「いや」アドリアンが窓の外を向いた。「なんでもない」


 (呆れているのか感心しているのかどちらだ)


 大地は報告書の走り書きに戻った。



 数日後、レインから報告が届いた。


 北側の中継点を使っている商人——三名のうち二名は既に把握済みだ。残り一名についての情報が記載されていた。この商人は表向きは穀物商だが、実際には塩の密輸に加担している可能性が高い。


 (口座を調べれば出てくるな)


 大地はレインへの指示書を書いた。


 内容は簡潔だ。この商人の取引先を何箇所か、静かに押さえる。直接手を出さない。ロックス商会を通して商人たちとの取引を断るよう周囲に軽く圧力をかける。やることはそういうことだ。


 一週間後、その穀物商の名前がレインの報告から消えた。



 月が変わった。


 別の商人が、領地への出入りを自主的に控え始めた。


 その次の月には、もう一人。


 直接証拠を掴まなくても、情報と流通を押さえれば商人は動けなくなる——それが大地の判断だった。バルトゥスへの正面攻撃がまだできない今、その周辺から削っていく。


 (干上がらせれば、焦って動く)


 焦りから出た動きには、必ず証拠が残る。


 アドリアンはその間、表向きの処理を淡々と続けていた。苦情が来れば対応し、問い合わせが来れば丁寧に答える。商人たちは「エルフィア領と取引しにくくなった」と感じているだろうが、誰が何をしているのかはわからない。


 そういう設計だった。



 ある朝、アドリアンが執務室に来た。


 珍しく、少し疲れた顔をしていた。


「また苦情か」


「三件だ。いずれも『最近エルフィア領の商取引が滞っている』という内容」


「答え方は」


「『調査中です』と言っておいた」


「結構だ」


 大地は書類に目を戻した。


「……お前、楽しんでいるな?」


 アドリアンが言った。


「何がだ」


「商人たちに圧力をかけているのはお前だろ——大地」


 大地は少し考えた。


「確かに、少し楽しんでいる。何か問題があるか?」


 アドリアンが何か言いかけて、止まった。それから小さく笑った。声を立てない、疲れたような笑いだった。


「いや、問題ない…それより、茶会だけでは無いのだろう?誰なんだ?」


「教えない」


 大地は書類をめくりながらニヤリと笑った。


 窓の外で、枯れ葉が一枚、風に舞った。



 冬に入った夜、書庫に二人がいた。


 オパリアとレオンが居る。ランプの火が揺れている。窓の外に、風の音が聞こえる。


 大地は地図を広げていた。レインの最新報告と照らし合わせながら、流通の変化を確認している。レオンは向かいで本を読んでいた。詩集だ。


 しばらく、静かな時間が流れた。



「一つ聞いていいか」


 レオンが本を置いた。


「何だ」


「前の世界のこと——どこまで覚えてる?」


 大地は地図から目を上げた。


「どういう意味だ」


「ここに来る前の話。向こうでの生活とか……家族とか」


 珍しい問いかけだ、と大地は思った。レオンがこういうことを聞くのは。


「全て記憶している。生前よりも鮮明に、正確に。」


「どんなこと」


 大地は少し間を置いた。


「役立つもの、不要なもの、半々だな。書類の整理の仕方、会議での立ち回り——役に立っている分、会議の時の上司の鼻毛の数まで覚えている。正直、不快な記憶も多いな」


「なんだそれ。家族はいたのか?」


レオンは大地の言葉に少し笑う。


「……あまり関わりが無かったな」


 それだけ言った。レオンはそれ以上聞かなかった。



 しばらくして、レオンが言った。


「私は——雫だった頃の記憶が、最近よく出てくる」


「そうか」


「取材で色んな人に話を聞いていたんだ。小説の素材のために」


大地は続きを待った。


「その中に——忘れられない話がいくつかある」


「書いたのか」


「書いた。全部ではないけれど」


 レオンが窓の外を見た。


「向こうに家族はいたのか?」


 大地が聞いた。


「……両親と、祖母。一人っ子だった」レオンが少し間を置いた。「大地は?」


「妹がいたな」


 さらりと答えた。普通の会話として。


 レオンの動きが、ほんの少し止まった。


 大地は気づいた。しかし何も言わなかった。


「……そうか」


 レオンの声が、わずかに変わった。何かを抑えているような、静かな声だった。


「妹さんは——今もあちらに」


「俺が死んだ時は行方不明だった。それ以上は―わからない」


「行方不明…」


 また沈黙。


 (反応したな)


 大地は地図に目を戻しながら、頭の中で整理していた。


 レオンの動きが止まった。声が変わった。「妹がいた」という言葉への反応としては——少し大きすぎる。


 (何か知っているのか。あるいは——心当たりがあるのか)


 しかし、大地は確かめなかった。


 確かめて、知った時に、自分がどう動けばいいかがわからない。


(知ったところで、元の世界の出来事だ、意味は無い)


大地は頭の中で言い聞かせるように思考を切り替えた。



「妹さんの名前は?」


 しばらくして、レオンが言った。


 静かな声だった。何気ない問いかけのような口調だったが——大地には、それが”何気なくはない”とわかった。


「なぜ聞く」


「……ただの興味だ」


「そうか」


 大地は少し間を置いた。


こうだ」


 レオンが黙った。


 長い沈黙だった。


 大地は地図を見ていた。レオンの表情は確認しなかった。確認する必要はない——今夜、何かが変わったことは、沈黙だけで十分にわかった。


「……そうか」


 レオンがようやく言った。声が、わずかに揺れていた。


「ああ」


 それだけ返した。


 ランプの火が、静かに揺れた。



 その夜、二人はそれ以上その話をしなかった。


 レオンはまた本を開いた。しかし目が動いていないことに、大地は気づいていた。


 大地は地図を折り畳んだ。


 (田中虹)


 妹の名前を口にするのは、久しぶりだった。


 この身体に来てから——前の世界のことを声に出して話したことは、ほとんどない。


 (どこで何をしているのか、あいつは)


 もう知ることができない。


 大地はランプの火を少し絞った。


「今夜はここまでだ」


「……うん」


 レオンの声は、まだどこか遠かった。




【第15話へ続く】




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