第12話「駒と盤面」
祝いの席が終わり、使用人たちが片付けを始めた頃。
大地とレオンは書庫にいた。
棚と棚の間の床に、二人が向かい合っている。ランプの火が小さく揺れている。廊下の向こうからは、使用人たちの靴音が聞こえていた。
「話すよ」
レオンが先に言った。
大地は何も言わずに待った。
レオンは膝を抱えて、しばらく黙っていた。それから、静かに口を開いた。
「ヒーロー役の詳細を……全部話す。名前も、立場も、原作での動きも」
「ああ」
「ただ——一つだけ、言いにくいことがある」
大地はレオンを見た。
金の髪が、ランプの光を受けて揺れている。少し顔色が悪い気がした。
「わかった」
◇
「原作で登場するヒーロー役は、全部で四人だ」
レオンが話し始めた。
「今日の祝いの席にいた二人——赤みがかった髪の令息がヴィクトル。茶色の髪がエルテ。どちらも地方の中堅貴族の嫡男だ。原作では主人公ルミナと関わりながら成長していく」
「二人の性格は」
「ヴィクトルは正義感が強い。悪いことが嫌いな人間だ。だから腐敗貴族に利用されやすい——正しいと信じたことに一直線に動く」
(扱いやすい種類だな)
「エルテは慎重派。情報を集めてから動く。ルミナに惹かれていく過程で、少しずつ大胆になっていく」
「残りの二人は」
レオンが少し間を置いた。
「一人は……グレン王子だ」
「今日いた子供か」
「うん。原作では今から数年後、少年から青年になった頃に本格的に登場する。ルミナと出会って、腐敗した宮廷の中で真実を追っていく役割だ」
大地は王妃の顔を思い出した。息子に自分を見せたかった——そう言っていた。
(長期的な投資、か。母親もそれを見越していたのか)
「四人目は」
また、間があった。
今度はさっきより長かった。
「……私だ」
レオンが言った。
声が、わずかに低くなった。
「レオン・イルス・ヴァルテール。原作では、ヒーロー役の一人として登場する」
大地は黙っていた。
「そして——原作では、断罪の場面で、私はオパリアを糾弾する側に立つ事になる」
◇
書庫が静かになった。
大地はレオンを見た。
俯いた顔。金の髪が影になっている。
(……隠していたことの一つはそれか)
場所を変えようと話を打ち切った理由が、今になってわかった。ヒーロー役の詳細を話す流れになった時、視線を逸らした理由も。
自分の話だったからだ。
「だから言わなかったのか」
大地が言った。
「……うん」
「いつ話すつもりだった」
「……タイミングを探していた。ずっと」
また沈黙。
大地は少し考えた。——情報の隠蔽として問題かどうかを考えると、今の段階では大きな支障はなかった。ただ、把握しておく必要はある。
「原作でレオンがオパリアを糾弾したのは、腐敗貴族に利用されたからか」
「……そうだ。操られていた。それでも——」
「お前が書いた話の中で、お前自身がその役になったのか、皮肉だな」
「……うん」
レオンの声が、小さくなった。
「自分が書いた加害者を、今の自分が演じているなんて——最悪な気分だよ」
(似ているな…確認しておくか)
「一つ聞く」
大地は短く言った。
「オパリアは実在の人物がモデルか?」
「何故そう思うんだ?」
レオンの表情が一瞬だけ変わったのを確認した大地。
「ただの確認だ」
「モデルは、居ない。」
大地は少し間を置いた。
「ならいい」
「……それだけか」
「それだけだ」
レオンが顔を上げた。何かを言いたそうな目だった。しかし大地はもう視線を別のところへ向けていた。
「続きを話せ。残りの詳細を」
◇
一通り聞き終えた後、大地はランプの傍に置いていた紙を手に取った。
レインから受け取った報告書だ。
折り畳んだそれを広げる。細かい字で、ぎっしりと情報が書かれていた。
(……想定より速い動きだな)
報告書には、この半年でロックス商会が把握した領地内外の流通情報が記されていた。密輸品の迂回ルート、使われている宿場と倉庫の場所、関係する商人の名前——想定の三倍の密度で情報が並んでいた。
さらに二枚、別の紙が挟まれていた。
商会として独自に入手した、エルフィア領内の貴族の動向が簡潔に書かれていた。
(自主的に動いた、ということか)
最後の一枚に目を通す。
(トウキビ類の苗の搬入と農家の確保——来年には収穫か)
大地が指定したトウキビ類の苗や稲、楓の苗木の搬入と栽培する農家の確保が完了している旨が記されていた。早ければ来年には南部を中心に安定した収穫と流通が可能だという。
大地は報告書を読み終えて、折り畳んだ。
(指示する前に農家と流通販路の確保までするか、貴族の動向の報告についても簡潔でわかりやすい、思っていたより使えるな)
◇
レオンはいつの間にか眠っていた。
壁にもたれて、静かな寝息を立てている。
大地は膝の上に報告書を置いたまま、ランプの火を見ていた。
(一度整理する必要があるな)
今日一日で得た情報を、頭の中で並べた。
ヒーロー役の詳細。レインの報告書。バルトゥスの確認行動。リンナ王妃との会話。
そして、リンナとの会話で痛感したこと。
(貴族社会の腹の探り合いは、俺には素人分野だ)
商談とは違う。法律や経済の知識があれば動けるというものでもない。貴族が相手の場合、言葉の裏を読む、表情から意図を読む、間合いを計る——そういう技術が必要だ。
今の自分には、その技術も専用の駒もない。
(人頼みか、この際背に腹はかえられん)
大地は今後の予定を思案する。
一つ。アメリアとリンナから吸収する。自分自身が動けるようになるのが最も確実だ。ただし時間がかかる。
二つ。腐敗貴族に没落させられた貴族を探す。ロックス商会と同じ構造——恩義で動く人間を確保する。復讐心があるなら、それは使える燃料になる。こちらはアドリアンの情報網を使えば早い。
三つ。ルミナとヒーロー役を使う。ただしこれは変数が多い。利用できるかどうかは、実際に会ってみなければわからない。
(優先順位は――)
まずアメリアとリンナから吸収する——これが軸だ。自分が動けるようにならなければ、駒を持っていても意味がない。
並行して、没落貴族の情報をアドリアンに調べさせる。復讐心の有無、現在の立場、使える人間かどうかを見極める。
ルミナとヒーロー役は——使えると判断したら、その時に考える。
(こんな所か)
大地はレオンを一瞥した。
(原作の加害者役を自分で書いた人間が、今その修正をしようとしている。だが、オパリアについてまだ何か隠している)
大地には、それが何を意味するかまではよくわからなかった。小説というものを読んだことがないから。しかし——それが重いことだとはわかった。
ランプの火が、揺れた。
大地は報告書をもう一度広げた。
読むべき情報は、まだある。
【第13話へ続く】




