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「亡き少女の身体を借りて」―少女の魂を取り戻すまで―  作者: 島ながぁ
第二章「協力者と小さな戦い」

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第10話「ロックス商会」

 執務室のランプが、静かに燃えていた。


 夜も更けた頃。屋敷の中は静まり返っている。


 机の前に、白銀の令嬢が座っていた。


 金色の目の下に、薄くクマが出来ていた。


 (……致し方ないな)


 大地は報告書に視線を落としながら、内心でそう呟いた。


 ここ一週間、アメリアの教育が続いていた。朝から夕方まで、表情の作り方、声の抑揚、立ち居振る舞い、お茶の飲み方、挨拶の所作——令嬢として必要な全てを、一から叩き込まれている。昨日は実技として近隣貴族のお茶会に参列させられた。二時間、笑顔を維持し続けた。


 三十四年間、そんな訓練を受けたことは一度もない大地にとって、拷問の様な時間だった。


 (身体が五歳だからか、消耗が著しいな)


 言い訳だとわかっていても、そう思わずにはいられない。しかし確認しない訳にはいかない。積み上げた駒の状態を把握しておかなければ、次が動けない。


 大地は報告書に目を戻した。


 フィストの捕縛、関連した密輸業者の摘発——アドリアンが処理してくれた結果がここに記されている。


 捜査中に回収された書類と、尋問のやり取りを記載した報告書に、順番に目を通していく。


 (密輸品は輸入だけでなく、輸出される品物もあるか)


 当たり前といえば当たり前だ。流通の要所を押さえているなら、両方向に使う。


 大地は机の上に広げた地図へ視線を移した。


 エルフィア領。ランガル王国の東側を縦断する広大な領地。元々は東側防衛のために整備された戦略的な土地だった。和平協定が結ばれた今は、複数の街道が横断し、農業と物流でランガル王国にとって欠かせない拠点となっている。


「狙われるには十分すぎる理由だ」


 誰もいない執務室で、大地は呟いた。


「やはりアドリアンだけでは駒として不足しているな」


 アドリアンが無能というわけではない。オパリアの両親へ領主の座を譲り辞退したとはいえ、貴族としての政治的立ち回りと堅実な領地運営には目を見張るものがある。


 足りないのは情報源だ。


 アドリアン夫妻からは貴族社会の情報が集まる。欲しいのは物流の動き——商人として使い回せる情報源。足で動き、銭の匂いを嗅ぎ分けられる人間が必要だ。


大地には、もう一つ懸念があったアメリアの体質、魔法の素養を持つ人間に極稀に現れる特殊体質。国に一人か二人居ればいい方と言っていたが。――もし敵側に同様、もしくは暗示、魅了。他者を支配をする体質者が居ないとは限らない。可能性は消えない。


書庫の記録にはそれらしい記載が確認できた。


情報収集に動かす為に、それなりの組織化する必要があった。


 (違法商人を恩赦で釣るか)


 一瞬考えて、却下した。


 (信用できない。脅しと恩赦で動く人間は、より強い脅しが現れた瞬間に簡単に寝返る)


 では何か——


 書類の山をめくっていた指が、一枚に引っかかった。


 【地方の寂れた商会の権利書】


「……ロックス商会か」


 大地は権利書を手に取った。続いて、摘発の際に作成された関係者の記録書類を引き出した。


 行商を主とした商会。親子三代、エルフィア領内で続いてきた中堅どころ。報告書によれば、権利書を盾に取られ密輸に加担させられていたが、情状酌量の余地ありとして摘発を逃れた人物がいる。


 三代目会長、レイン・ロックス。二十歳。


 担当した役人が書いた補足記録に目が止まった。


「報告書に個人的な意見を書くな」


 思わず呟いてしまった。


 しかし目は文字を追い続けていた。実直な仕事ぶり。商会の規模に不相応なほど広い取引先のネットワーク。祖父の代に築いた人脈を、父の代で権利を失った状態でも地道に維持し続けている。


 (……確認してみるか)


 駒として使えるかどうかを。


 あくびが出た。


 (今日のところはこれ以上は無理だな。身体が持たん)


 大地は書類をそのままにして椅子から降りた。目をこすりながら、ふらふらと執務室を後にした。





 翌朝、大地はアドリアンに一つだけ聞いた。


「レイン・ロックスの居場所はどこだ」


 アドリアンが眉を上げた。


「……摘発後の関係者は、領主館近くの宿場区画に一時滞在させている。なぜそんな事を?」


「わかった」


 それだけ言って、大地は踵を返した。


 アドリアンが何かを言いかけたが、大地はもう廊下を歩いていた。


 宿場区画は、屋敷から歩いて十数分の距離にあった。


 大地は一人だった。


 使用人も護衛も連れていない。懐には権利書が一枚。それだけだ。


 (アドリアンが気づく前に終わらせる)


 宿場の主人に一言告げ、部屋番号を教わった。令嬢の格好をした五歳の子供が一人で現れたことへの戸惑いは感じたが、大地は気にしなかった。


 廊下を進み、扉をノックした。


 少し間があってから、扉が開いた。


 レイン・ロックスは、扉の前に立っていた。


 二十歳。細身で、眼鏡をかけている。知的な印象の顔立ちだが、今は目の下に疲労の色が濃い。摘発後の拘束と尋問を経てきたのだから当然だろう。


 その目が、大地を見て止まった。


「……どちら様でしょうか」


 当惑した声だった。当然だ。身なりの良い子供が一人で立っている。


「お前がロックス商会の三代目だな?」


 大地は確認するように言った。


「は、はい。レイン・ロックスですが——」


「入るぞ」


 返事を待たずに一歩踏み込んだ。レインが反射的に後退する。大地は部屋に入り、扉を閉めた。


 机の前の椅子に、まるで部屋の主かのように腰を下ろした。


「座れ」


 レインはしばらく立ったままだったが、やがて向かいに座った。目が泳いでいる。


「あの……お嬢さん、一人でいらしたんですか。ご家族は——」


「無駄な前置きは好きではない。要件はこれだ――」


 大地は懐から権利書を取り出し、机の上に置いた。


 レインの目が止まった。


 (これが何か、すぐに気づいたな。)


 レインの顔色が変わっていた。権利書を見る目が、別の光を帯びていた。


「……これは」


「ロックス商会の権利書だ。密輸業者の荷の中から回収された」


 レインが権利書に手を伸ばしかけて、止まった。


「なぜ、君、いやあなたが——」


「返してやる」


 大地は言った。


「ただし、」


 レインが顔を上げた。その目に、警戒と希望が混ざっていた。


「……条件、ですね」


「そうだ、お前の情報網と流通ルートを利用したい。代わりに権利書を返し、商会の再建を支援する。」


 窓の外では子供の笑い声が通り過ぎて行った。


 レインはしばらく権利書を見ていた。それから大地を見た。


「……失礼ですが、お嬢さん、ご年齢は——」


「必要ない」


「でも、一人でいらしているということは、ご家族には内緒で——」


「話をそらすな。今、ここで決断しろ」


 大地は淡々と言った。レインが口を閉じた。


「断るか?」


 レインはもう一度、権利書を見た。


 (この子は何者だ。五歳か六歳か。だが、この目は——)


 あの大規模摘発。一夜にして領地の密輸網が壊滅した。その中心にいたのは誰か——宿場の主人から聞いた噂が、頭の中で繋がっていく。


 レインは目の前の少女を見た。


 子供の顔だ。白銀の髪、金の瞳。しかし——


 (この目は、子供の目じゃない)


「……あなたが、今回の摘発の——」


「黙れ」


 一言で封じられた。


「断るか、受けるか。どちらかだ」


 断れば何が起こるか分からない。選択肢は無い。レインは震えを堪えながら、権利書に手を置いた。


「受けます」


 声が、微かに揺れていた。


「賢明だな」


 大地は立ち上がり際。懐から小さな紙を取り出し、机の上に置いた。


「当面の指示と連絡先だ。その紙の指定した物品。それを用意しろ」


 扉へ向かう。


「あ、あの——」


 レインが声をかけた。大地は振り返らずに止まった。


「……商会を、取り戻してくれるんですね」


 確認するような声だった。


「結果次第だ、取り戻したければお前の持つ力を奮え」


 扉を開け、廊下に出た。


少女が去った後、紙を広げ確認する。指示の内容を目にしたレインは、目を見開いて愕然とした。


「ははっ、まるで悪魔との契約だな」


部屋の中にレインの乾いた笑い声が零れ落ちた。


 屋敷への帰り道。


 大地が路地を曲がったところで、路地の奥から聞き慣れた大きな足音が近づいてくる。


 アドリアンだった。息を切らして走ってきた様子で、大地を見つけた瞬間に目を見開いた。


「お前……やはりそうか!一人で出て行ったのか!」


「用事は終わった。今から戻る」


「終わったじゃない! 護衛もなしに——子供が一人で宿場区画に——」


「問題はなかった」


「問題大ありだ!」


 アドリアンが額に手を当てた。深呼吸を一つ。


「……アメリアに知られたらどうなるか」


「言うな」


「隠せるわけがない。妻に何か隠せた試しがない!」


 大地は少し考えた。


(…失念していたな。あの”目”には隠しきれない、思っていた以上に疲労が溜まっているな。暫くの間、夜は休息時間を優先するべきだな)


 それ以上は何も言わず、屋敷へ向けて歩き出した。





 屋敷の門をくぐった瞬間、そこに一人の女性が立っていた。


 朱色の髪。赤みがかった瞳。腕を組んで、アメリアは静かに待っていた。


 アメリアの目が、仄かに光っていた。


「おかえり、悪ガキ」


 温かい笑顔だったが、その瞳には別の感情が見えた。


 大地は足を止めた。


 (……やはり、休息時間を優先するべきだったな)




【第11話へ続く】




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