第二十四話 追手の影
雨上がりの道路を、濡れた靴でペダルを漕いで進んだ。赤茶けた土が雨水で流れ、道路に広がっている。
空を横切る飛行機の数が増えていく。その向こうには虹がかかっていた。いつの間にか車線は増え、トラックや自動車が列をなすようになった。
低い高度で飛行機が上がっていくのが見えるようになり、飛行場が近いことが分かった。物流倉庫や工業地帯がまず現れ、新しい住宅の造成地も見えた。
イータは空を見上げて言った。
「飛行機乗ったら、どんな感じなんだろう」
「俺も乗ってみたい」
「ドローンとどっちが速いかな」
「飛行機だろ。乗れればな」
イータは、虹の向こうへ消えていく機体を、しばらく目で追った。
ナタリに入ると、セオットは、これまでと同じように、照会が薄そうな裏路地の古いモーテルを当たった。
1軒目は、ID無しでは門前払いだった。
2軒目は、キャッシュレス決済のみで、プリペイドカードも断られた。
3軒目は満室。
4軒目は防犯カメラが見えたため、セオットは避けた。
5軒目で、ようやく鍵を受け取ることができた。
カウンターの男がカタコトで話した。
「今、一部屋だけ。ベッド一台」
セオットは、イータを振り返る。
「テントより百倍マシ……」
と、イータはうなだれて呟いた。
部屋は2階の突き当たりだった。唐草模様のシーツがかかった大きなベッドが一台と、丸いテーブルが置いてあった。
シャワーを浴びて、セオットが近くのガススタ併設の店舗で買ってきたブリトーを食べた。肉の旨みと酸味の効いたクリーム、尖ったスパイスで、お腹が重くなった。ちょうど夕日が、カーテンの隙間から差し込んでいた。
明日からまた三日間は、宿で休めるか分からない。イータは、気を紛らわせようとベッドに寝そべってラップトップを開き、Wi-Fiにつないで中継機でいくつも迂回させた。
セオットのため息が聞こえたので、イータは先に宣言した。
「サウザーのシステムがあれからうまく動いてるか、確認するだけだから」
セオットは洗面台に歯を磨きに行った。
うがいを終えて戻ってくると、イータの顔が青ざめているのが分かった。セオットは画面に走り寄る。イータは呟いた。
「イニファイのサーバーのログがおかしい。ブラックボックステスト……?違う……僕の癖を見ている」
「切れ!」
セオットが叫ぶと、イータは小さく声を上げた。
「あっ」
イータは接続を落としてから、セオットの顔を見る。
「トリップワイヤーに触れたかも知れない……」
「トリップワイヤー?」
「僕が見ていたことが、相手に知られる」
「お前は迂回してるから、場所もPCも割れないんだろう?」
「うん……でも、お互いアクセスしたことが見える」
「何を見られてた?」
「動かし方。多分、作った人間」
「役所はわざわざそんなことしない。……ウルスか……?」
イータは、ベッドに顔を埋めた。セオットはベッドに腰を下ろして、低い声で言った。
「ベルサまで足がついてるんじゃないか……」
その夜、寝静まったイータの横で、セオットは天井を見つめていた。
ナタリでさえ、泊まる場所を見つけるだけで手間取った。テンセプタールに辿り着いても、記録外の人間が入り込める余白はあるのだろうか。ウルスは、今も追いかけてきていた。どこまで逃げ切れるのか。
今まで見ないようにしていた不安が、浮き上がってきた。
翌朝、セオットは一人で、近くの店舗に徒歩で食料を買いに出た。商品を手に取ったところで、棚の間から作業着の男が店員にスマホ画面を見せているのが目についた。
「二人組の若者」
「銀色っぽい髪」
「自転車で」
断片が聞こえてきた。
男の作業着は汚れておらず、店員への距離の詰め方も手慣れているようだった。店員は駐輪場に目をやりながら、首を振っていた。
セオットは商品を棚に戻して店を出た。追手かもしれない。
別のガススタ併設店へ行き、食料と髪染めを買った。部屋に戻ると、イータに告げる。
「お前の髪色で嗅ぎ回っているやつがいた。追手が近い。染めるぞ」
「帽子でいいじゃん」
「完全には隠れてないだろ」
セオットは床にゴミ袋を裂いて敷き、イータの肩に、買ってきた安いタオルをかけた。薬剤の匂いが古い浴室にこもった。肩まで伸びた髪に暗い茶色を塗り込み、しばらく置いて洗い流すと、鏡の中のイータは見知らぬ人間のように見えた。けれど、光が当たると内側には、少しだけ銀色が残った。
「テアみたいな色だ」
イータは少し目を輝かせていた。
「喜んでる場合じゃねぇ」
濡れた髪をタオルで押さえる程度にして、すぐに荷物を片付けてモーテルを出た。
セオットは、大通りを避けて裏道を進んで行った。人影を見るたび、汗が冷えるのを感じた。
遠くの角で、スマホを耳に当てた男が、こちらを見たような気がした。




