第二十二話 ドローン便
その夜、二人はダーガスの州道沿いのモーテルに部屋をとった。壁は薄く、トラックの走行音が外をたびたび通り過ぎた。それでもイータの耳には、時々あの低い駆動音が微かに聞こえてきた。
セオットに言っても、空調の音やトラックの音に紛れてよく聞こえなかったようだった。
イータは中継機とラップトップをバックパックからベッドの上へ引っ張りだし、モーテルのWi-Fiにつないで何度か迂回させた。電源を入れたばかりのエアコンが、唸りを上げながら湿った冷気を吐く。
やがて、画面に接続表示が出た。
セオットが、買ってきたミートローフとポテトを小さなデスクに並べながら、画面を見た。
「何すんだ」
「ドローン便のルートを調べたい」
「あまり覗きすぎるなよ」
「分かってる」
「その分かってるが何度……」
セオットは言いかけて頭をかいた。
ダーガス発のドローン便を検索すると、ライリバー運輸の名前が上がった。物流大手の一社で、ベルサでは度々そのロゴの入ったトラックを見かけた。
ホームページには、ライリバーの拠点と、ドローン便の紹介が別々のページに置かれていた。イータは、画面を眺め、紹介ページの裏側で流れている通信に目を止めた。表示用に引き出されている運行データの断片が、そのまま外に出ている。
「……ここから辿れる」
「おい、踏み込みすぎだ」
セオットがため息をつきながら、眉を寄せる。
イータは気にせず、断片をつなぎ合わせて、流れを読んだ。
「ドローンはテンセプタールへも繋がっている。ダーガスからは、まず北西のガーヌチャーへ入る」
「中継か」
「うん。整備と積み替え。ガーヌチャーの拠点は大きい」
イータは振り返っていたずらっぽく笑って、運行予定の横に出ている小さな欄を指さした。
外部補助:ベルクロフト・ワークス。
セオットの目つきが変わる。
「委託会社が噛むのか」
「本体じゃない」
「……照会が甘い可能性があるな」
イータはセオットの返答を聞くなり、接続を切ってラップトップを閉じた。
二人は冷めかけた夕飯を食べた。
セオットは食べながら、ベルサで買ってあった新しい地図を広げた。
「ベルサで稼いだから、しばらくは持つ。ガーヌチャーに入るなら、次はナタリを通過だな」
「……ベルサより遠いね」
「まあ、ナタリまで三日。そこからガーヌチャーまで、また三日ってとこかな」
イータはフォークの刺さったミートローフに目を落として、しばらく黙り込んでいた。
*
翌朝、先に支度を終えたセオットが、モーテルのドアを開けて振り返る。
「行くぞ」
イータは小さく頷き、帽子を被った。
二人はモーテルを出ると、川沿いの倉庫帯へ向かう広い通りを自転車で流した。
朝だというのに、空気はもうぬるかった。だだっ広い道路脇には配送バンや中型トラックが何台も並び、低い倉庫の前ではフォークリフトが忙しなく行き来している。
イータはキョロキョロしながら言う。
「このあたりから上がったような気がするんだけど」
二人はそのまま通りを横切り、倉庫群の前を並んで進んだ。
トラックの側面、積み上がったコンテナ、工場の看板。どこを見ても、同じREIRIVERのロゴが入っている。
倉庫の奥には、高い防音壁で囲まれている場所があり、壁の上には赤色灯が点滅していた。
セオットは、搬入口脇の自販機のそばで、壁にもたれて缶コーヒーを飲んでいる男へ寄って行った。
「なあ。この辺から、ドローン便って上がってる?」
男は缶を口から離し、倉庫の向こうを見た。
「ああ、ライリバーのやつだ」
「人も乗るのか?」
「物だけだよ、普通は」
セオットは少し食いついた。
「普通は、ってことは例外はあるんだ」
男は口の端を上げて言った。
「便付きが乗ることもある。高い荷の時とか、現地で対応が必要な時とかな。ま、外から見てる分には全部同じだ」
その時、イータが倉庫の奥を振り返った。セオットの耳にも、何かが引っかかった。ほんの一瞬、甲高い音が聞こえたと思ったら、途端に空気が潰れた。
イータが耳を塞ぎ、セオットが叫んだ。
「うぉっ!?」
重低音が腹に響き、地面がわずかに揺れた。
防音壁の向こうから、マットシルバーの機体がぬるりと浮かび上がった。
風が流れ、イータは帽子を押さえた。セオットは、反射的に自転車のサドルを押さえた。
男が顎をしゃくって何か言ったが、掻き消されてよく聞こえない。
胴体には、深いインディゴで記されたライリバーのロゴがあった。丸みを帯びた貨物胴体の前寄りと後ろ寄りから、短い翼が左右へ一対ずつ張り出し、それぞれの翼端で計四基の巨大なダクテッドファンが、低い唸りを上げていた。
機体は上空まで上がって静止したかと思うと、四つのファンが、翼端の回転軸を中心に揃って斜め前方へ傾き、北西へ滑り出した。ぐんぐん速度を上げて、見えないレールに乗ったかのように空へ吸い込まれて行った。
イータが小さく呟く。
「……速い」
作業員の男は、缶コーヒーを飲み干して言った。
「まあ、毎日見てりゃあんなもんだ。あんたらには面白かろうが、こっちは騒音の苦情対応で苦労してる」
セオットは片手を上げて礼をし、再び自転車に跨った。
倉庫帯を離れてからもしばらく、二人とも黙っていた。
セオットは前を向いたまま言う。
「便付き」
「うん」
「ガーヌチャーだな」
「うん」
通りを抜けた先の雑貨店とトラック用品店で、二人は必要なものを買い込んだ。
スポーツドリンクの粉末、クラッカー、ビーフジャーキー、缶詰、軍手、絆創膏、薄手のタオル。セオットは虫除けも追加した。
店を出るときには、昼近くになっていた。道路の向こうのダイナーに入り、二人分のフライドチキンとワッフルとコーヒーを頼んだ。
チキンのスパイスが効いていたので、イータは半分セオットの皿に移した。
「おい」
「辛いから無理」
「タンパク質も摂れ」
イータはセオットの突っ込みを流し、甘くてふわふわのワッフルをかじりながら、少しノルテのパンケーキを思い出していた。
会計を済ませ、店を出る。
強い日差しの中で、二人は自転車に跨った。州道へ出る前に、イータが一度だけ足を止めて振り返る。倉庫帯の向こうの、見えないはずの発着パッドの位置を、なんとなく目で探していた。
セオットが声をかける。
「行くぞ」
「うん」
イータは前を向き、機体の消えた空へ向かって、再び漕ぎ出した。




