第十五話 構築
イータがグレンと作業員に抱えられてモーテルへ運び込まれる六日前。
イータは、サウザー・ホスピタリティ・サプライの流れを組み替えようとしていた。しかし、その計算の中に自分の体のキャパシティだけは入っていなかった。
真夏の倉庫はトタン屋根が熱を溜め込み、日が高くなるほど、空気が重くなった。
事務所の壁面パネルに、注文が次々に入る。
サンパーム・インからの補充品の追加。
リバーサイド食堂からの急配依頼。
営業端末で入力した、口頭で受けた追加発注。
「割り込みばっか」
端末の前で女が舌打ちした。
倉庫はさらにカオスだった。
朝一に入荷したペーパーのパレットと、業務用洗剤の重いドラムが、所定の棚へ運ばれないまま、仮置き場に並んでいる。通路の脇には、ホテル向けの段ボールが無造作に積まれ、さらにホテルから回収したリネンの袋はスペースに収まりきらず、通路にはみ出していた。
入ってきた物と、出ていく物。回収された物と、洗われて戻る物。本来は置き場も流れる向きも違うはずのものが、荷捌き場の床の上で境界を失っていた。
イータは、事務所と倉庫を行き来して、それらを観察していた。
端末の電子音と、トラックの排気音、台車の軋み、作業員の声。複数の拍の流れが、入り乱れてぶつかっては消える。
「何見てる」
グレンが言った。
イータは事務所のパネルから視線を外さずに答える。
「入口から出口まで、情報が分断されています」
グレンが眉をひそめた。
「は?」
「入庫予定と、今ある在庫と、出庫の指示がどこも繋がっていません。しかも現場は、客ごとのルールを作業員の頭の中で回している」
グレンが黙った。
イータは壁面パネルの注文一覧を見た。
一覧にあるのは、客先名、品目、数量だけだった。
「リバーサイド食堂は午後しか裏口が開かない。サンパーム・インは箱の角が少しでも潰れていれば受け取りを拒否する。注文一覧には、そういう客先のルールも、在庫の置き場も、配送順も書かれていない。それを全部、作業員の記憶と勘だけでトラックに詰め込んでいる。急配が一本入るたびに、分からなくなって破綻しています」
グレンが鼻で笑った。
「これまでそれでやってきた」
「場当たり処理で誤魔化してきただけです」
グレンは苛立って言い返そうとしたが、事故を起こした手前、それ以上は何も言えなかった。
「注文は、次に何をするかだけ分かれば良い。荷物は、流すか、確認するか、一度止めるか。それだけ分かれば良いです」
その声に、グレンは端末と話しているような気分になった。イータは、最初に見た気弱な少年とは別の人物のように見えた。
夕方までに、イータは事務所の端の机を一つ空けさせ、仮の作業台にした。
古いサーバーの管理画面を開き、別々に管理されていた受注、在庫、納品データをつなぎ合わせた。そこへ、新しく客先ごとの注意事項、棚番号、荷姿、重量を紐づけるための項目を足していく。
イータは、現場が次に何をすればいいのかが見える仕組みを作った。
倉庫の奥に眠っていたラベルプリンタも引っ張り出し、ロールコンテナやパレットに貼る便札と、流れから外す保留札を吐き出させた。
サンパーム・イン午前便。積込順1。積込可。
リバーサイド食堂、急配。確認待ち。
ランドリー行き回収リネン。数量確認。
便札のQRコードを端末で読めば、中身、積み込み順と状態が表示される。
保留には赤い札を使った。数量違い、破損、返品待ち。そういうものは外して保留棚へ回す。赤は止めるための色ではなかった。流れから一度外すための色だった。
翌日、グレンに作業員を呼び集めさせ、簡単な手順を説明した。端末で自分の便名を開き、指示に従うこと。便札を印刷してロールコンテナに貼ること。確認が必要な荷物は、赤い保留札を貼って流れから外すこと。
「いちいちめんどくせぇよ」
中年の作業員は反発した。
イータは無表情で印刷物を一枚、作業台に置いた。現在の誤配率、遅延率、それに伴う残業時間と損失額。そしてそれらの改善率の試算。
グレンは言った。
「一度やってみろ。問題があればその時考えりゃいい」
変化はすぐに起きた。
作業員が端末で自分の便を開くと、画面に指示が表示される。
『サンパーム・イン行き、
洗剤5ケース、B3棚、下段。
ペーパー1ケース、A1棚、上段。
箱潰れ厳禁』
これまでベテランが頭の中で処理していた棚番号、積み込み順やローカルルールを、端末が短い指示に置き換えていた。
文句を言っていた作業員が、拍子抜けしたように呟いた。
「……積み込みの手順に悩まされなくていいのか」
三日目には、成果が見え始めた。
誤配が減った。積み直しも減った。怒鳴る回数も減った。
それでも、まだ回り切ってはいなかった。
情報は通ったが、人の動き、物の動きはまだそれに追いつかなかった。
イータは、一つずつ足りない情報をつぶしていった。
初期在庫の棚卸し。品目ごとの重量と容積のデータベース化。現場の怒鳴り声や伝票の走り書きから拾った、客先ごとのルールの入力。
表側をシンプルに流すために、裏側では膨大なデータの投入が必要だった。
昼には一度モーテルに戻ってセオットの世話をしてから、自分はクラッカーと水をなんとか胃袋に押し込んだ。セオットの前ではいつもと変わらぬそぶりを見せた。
夜はモーテルでラップトップを開き、日中気になったデータのズレを詰める。
セオットがオタク談義を持ち出して呼び戻さなければ、そのまま朝まで打ち込み続けそうだった。
日中はほとんど飲むことも忘れ、脱水状態だった。
顔色だけが悪くなっていった。
その一方で、思考だけはむしろ冴えていった。
五日目、グレンはイータが事務所から出荷口へ向かう途中で、一瞬よろけたのを見た。
「戻れ」
「問題ありません」
「顔色がおかしい」
イータは返事をせずに出て行った。無表情で血の色を失っていく顔を見て、グレンは気味が悪いと思った。
六日目の午前。
イータは出荷口の前で立ち止まり、そのまま壁に手をついた。視界が白く飛ぶ。膝の力が抜けそうになる。
「おい」
グレンの声がした。
イータは顔を向けようとしたが、うまく動かなかった。
「少し休め」
「まだデータの整合が……」
言いかけて膝から崩れ落ちた。
そのままイータは倒れ、グレンと作業員に抱えられてモーテルへ運び込まれた。
その光景を見た時、セオットはようやく理解した。
「アホが……」
イータはまた、制御が切れて暴走していたのだ。
「お前ら、無茶は大概にしてくれ」
グレンは苦虫を噛み潰したような顔をして言った。
セオットに頼まれて、グレンは大量のスポーツドリンクとパン、缶詰とラジオの替え電池を買い込み、部屋に置いて行った。
イータの組んだシステムで、情報は通るようになっていた。
けれど、床の上の物と人の動きは、まだ整っていなかった。
イータ自身を止める仕組みも、どこにも入っていなかった。




