第十四話 違和感
三日目の朝、セオットが目を覚ますと、イータは脇の床に転がったまま眠っていた。
「おいイータ。ベッドで寝ろ」
ぐっすり眠りこけていて、返事がない。セオットは、イータのげっそりした顔を見て、眉をひそめた。なんとか動かせる右腕を使って、自分の体の下に押し込まれていた毛布をイータの体の上に落とすのが精一杯だった。不甲斐なくて涙が出そうだった。
昼前に、イータが這い上がるように体を起こした。
「薬の時間」
「お前、飯食ってないだろ……」
イータは、ぱちぱち瞬きした。食事のことは、抜け落ちていたらしい。
セオットに薬を飲ませると、
「ちょっと買いに行ってくる」
とおぼつかない足取りで扉に向かった。
「おい、待て……。そんなんで外に出て大丈夫か……」
イータは振り返った。
「お前よりマシだろ」
さっと扉を開けて出ていってしまった。
しばらくすると、扉の外から、階段で何かをばら撒いたような音が聞こえてきた。セオットは反射的に起き上がりかけて、痛みに呻いた。なかなか痛みが引かず、歯を食いしばっていると、やがて扉が開いた。イータはよろめきながら、袋いっぱいにスポーツドリンク、缶詰、ゼリー、クラッカーを買い込んで帰ってきた。
イータはセオットの体をゆっくり起こし、スポーツドリンクと栄養ゼリーを飲ませ、身の回りの世話をした。セオットは、痛みを悟られまいと顔を強張らせたが、イータはそのたびに動きを止めた。
イータは、自分もクラッカーをかじって手早くシャワーを浴び、着替えを済ませると、
「そろそろ財布がやばい。働いてくる」
と言ってまた部屋を出て行こうとした。
セオットは慌てた。
「いや、一人で行くな。お金がないなら、俺のラップトップや自転車を売ればいい」
イータは引きつった顔でセオットを睨み、
「PCを手放すなんてありえない」
と吐き捨てて、出ていった。
「明るいうちに帰って来い!」
とセオットは閉まる扉に叫んだ。
変なやつに絡まれないか。危険な仕事を押し付けられないか。追手に見つかったらどうする。止めることも追うこともできないまま、セオットは不安に押しつぶされそうだった。
昼過ぎにイータは、グレンの前に顔を出した。
「セオットが動けるようになるまで、ここで働かせてください」
グレンはしばらく黙ってイータを見たあと、
「日払いだ」
とだけ答えた。
イータは返事を聞くなり、グレンの指示を待たずに端末を開き、滞っていた発注処理に手をつけた。前回までに受け持っていた業務を一通り片付ける。そのあとで、イータはゆっくりと作業場内を歩き回り、荷物の滞留、作業員の往復、積み替えの順番を眺めていた。作業員が声をかけても、イータは一度視線を向けるだけで、すぐ別の場所へ目を移した。
グレンは、仕事が片付いているので文句をつけることはなかった。
日の入りが近くなり、イータは無表情でグレンに告げた。
「今日はこれで失礼します。本日の給料をお願いします」
グレンは、これまでと様子の違うイータに一瞬怯んだが、半日分の賃金をイータに渡した。
セオットは、イータが暗くなる前に帰ってきたので安心した。
「今日は何の仕事をした?」
「うん、前と同じ。でも、あの倉庫、全体の流れを組み直した方がいい」
「……言われたこと以外、やるなよ……」
イータはセオットに薬を飲ませ、食事をとらせて様子を確かめると、すぐラップトップを開いて作業を始めた。
画面の光を受けたイータの灰色の瞳が妙に透き通って見え、セオットは目を細めた。
「イータ、そろそろ休め」
夜更けになってもイータが打ち込み続けているので、セオットは声をかけたが、イータの耳には届いていなかった。
「ヨクサの配信がはじまる。ラジオをつけてくれ」
イータはやっと動きを止め、セオットを見た。いつものイータの目だった。
ヨクサは、その日のAIニュースとして、アルキブバースの新モデルが、長時間対話の一貫性でイニファイを上回ったと告げた。
イータも隣のベッドで横になり、配信についての談義で盛り上がった。いつも通りのイータだった。
それから数日は同じペースで回った。イータが朝の薬と食事、身の回りの世話を終えてから出勤し、昼に一度戻ってまた世話をする。再び出勤しては、また日の入り前に戻る。薬と食事が済んだらラップトップを開き、セオットがAIの話題を振って呼び戻す流れだった。
イータの顔色だけは、一向によくならなかった。
その翌日。昼前にセオットが聞いていたラジオからは、しつこく熱中症の注意喚起が流れていた。そのとき、部屋に足音が近づいてきた。一瞬イータが早く帰ってきたのかと思ったが、足音が多く騒がしい。
扉が開き、イータがグレンと作業員に抱えられて運び込まれてきた。
「熱にやられた」
グレンが言った。




