第十三話 沈降
セオットのそばにバンが寄せられ、グレンと作業員がセオットを慎重に後部の荷室へ載せた。セオットは、低く唸り、顔を激しく歪めた。イータも膝をつき、荷台に滑り込んだ。
「セオット……。セオ…………」
イータの涙は止まらなかった。苦しむセオットに触れることもできず、心臓を掴まれるような心地になった。道路の振動や段差で荷台が揺れるたび、セオットの顔が歪み、微かに息が漏れた。イータはそれを見るだけで、呼吸を忘れた。
セオットは、薄目でイータの顔を見た。何か言おうとしたが、声にならなかった。
外来クリニックにバンをつけ、グレンと作業員がまたゆっくりとセオットの体を支えながら、中へ運び込んだ。
イータは受付に駆け込み、震える声で叫んだ。
「体を挟まれた!助けてください!」
受付の女性はメガネを持ち上げて答えた。
「お静かに。保険証はお持ちですか」
「ありません」
「身分証明書は?」
一瞬、イータは詰まってから答えた。
「……ありません」
受付の女性は、グレンやセオットに目をやってから、ため息をついて再びイータに目を戻した。
「先払いです」
そう言って、受診票への記入を促した。
セオット・ローヴェル。生年月日、血液型。既往症なし。住居は宿泊中のモーテルにした。
「まずは、診察料とレントゲン代でこちらになります」
イータが財布を取り出そうとしている間に、グレンがすかさず金をトレイに置いた。イータの耳元に顔を寄せ、小さく言った。
「口外はするな」
受付の女性は聞こえないふりをして、札を数えた。
セオットが呼ばれ、作業員に肩から支えられながら、診察室へ連れて行かれる。イータは続こうとして、看護師に止められた。
待合室で待っている間は、時が止まっているように感じられた。
看護師に肩を支えられるようにして、セオットが戻ってくる。左腕はアームスリングで吊られていた。胸元をかばうように浅く息をしている。顔色はまだ悪いが、さっきよりは呼吸が整っているように見えた。
医師がパッドを手に出てきて、症状を伝えた。
「鎖骨の骨折があります。肋骨も一本、折れています。今のところ明らかな気胸所見はありません」
イータは、深く息を吐いた。医師は更に続けた。
「しばらくは安静にしてください。数日はかなり痛むはずです。痛みで呼吸が浅くなりやすいので、できる範囲で深く息をしてください」
残りの会計もグレンが済ませ、処方薬を受け取った。再びグレンと作業員がセオットをバンに乗せ、モーテルのベッドまで連れて行った。
ベッドに横たえられたセオットは、痛みと疲労でそのまま意識が落ちた。イータは、看護師に教えられたように、セオットの首や肩の下に恐る恐る枕を二つ差し込んで、少し上体を起こした。
イータはベッド脇の床に座り込んで、一晩中セオットを見守った。セオットは時々目を覚ましては、痛みに耐えるように浅く息を止めた。その度に薄目を開けてイータの姿を確認し、
「悪い……」
「もういいから寝ろ……」
などと声を絞り出していた。
イータは一度だけ、
「ばかやろう……。なんで助けたんだよ……」
と返した。
汗をひどくかいていたので、水のボトルから水を飲ませようとしたが、うまく行かない。ボトルキャップからようやく数滴垂らしたところで、セオットがむせてまた顔を歪めた。
それでも薬の時間には飲ませなければならない。イータは畳んだ毛布をセオットの下に差し込み、上体を更に起こして、薬を飲ませた。
夜更けにはセオットの熱が上がり、呼吸も浅くなってきた。処方された頓用の薬を追加する。
朝が来ても、熱は下がらなかった。セオットは宿にいた頃は、朝晩シャワーを浴びるほど清潔さにこだわる男だった。モーテルの部屋は、エアコンのカビ臭さとセオットの汗の臭いが混じり、異様な空気だった。イータはタオルを濡らして、額や手、腕など、ケガから遠いところを、恐る恐る拭き取っていった。
二日目も、夜まで熱っぽさが続き、セオットの顔色が悪くなっていった。イータはひたすら、水、薬、汗の世話を繰り返した。イータ自身も、開けたゼリーをいつ口にしたのか覚えていなかった。トイレへ連れて行くだけでも、大仕事だった。
時折テアの冷たくなった手や、血の気を失った顔が脳裏を過ぎった。刻々と、自分の意識が深い闇に沈み込んでいくような感覚に囚われた。
一方で、思考だけが冴えていった。
なぜこうなった?
どこで破綻した?
何が原因か?
三日目まで、食事らしい食事は取らせられなかった。水と薬を入れるので精一杯で、スポーツドリンクやゼリーを数口飲ませるのが限界だった。
三日目の朝には、セオットの熱は落ち着いた。イータは床に座ったままベッドにもたれた状態で、ようやく眠りについた。




