表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無名の風鈴剣 ~消えかけの少年に、天才魔導技師と皇女が激重感情を向けてくる~  作者: 風紋
第一章 忘れられる少年と、忘れない二人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/31

第18話 欠落の足跡と、暗がりで流す言い訳

 帝都の区画の中心近くに位置する大図書館。

 普段なら、軍の目や面倒な人間関係を避けて絶対に近づかない場所だが、背に腹は代えられなかった。「記憶から消える」という不可解な現象について、少しでも文献の情報が欲しかったのだ。


「あらあら〜。珍しいわね、ジルちゃんがこっちまで足を伸ばすなんて」


 受付のカウンターでふんわりと微笑んだのは、司書のメリアだ。おっとりとした性格で面倒見が良いのだが、最近は「三十路」という単語に異常なまでの防衛反応を示す、少しばかり結婚に焦り始めているお姉さんである。


「こんにちは、メリアさん。ちょっと調べ物をしたくて」

「ええ、いいわよ。……それにしても、ジルちゃん。見ないうちに随分と大人っぽくなったんじゃない? 若くてピチピチの17歳……はぁ、羨ましいわぁ。私なんて最近、お見合いの釣書すら――」


 どんよりと暗いオーラを放ち始めたメリアをスルーしつつ、私はふと自分の胸元に視線を落とした。


「あー、たしかに。最近、作業着の胸のあたりがピチピチになってきて――って、ああっ!?」


 図書館の中だというのに、思わず大きな声を上げてしまった。


「ど、どうしたの?」

「服っ! 忘れてた、……クロードも最近背が伸びて、服が寸足らずのピチピチになってきてたんだわ! 買ってあげなきゃって思ってたのに!」


 私は頭を抱え、そしてハッと息を吐いた。


(……あっ、でも今『思い出した』ってことは、記憶が無くなるギリギリ手前だったってことよね!?

 セーフ! 危なっ、超セーフ!!)


 ルークの一件で極度に張り詰めていた緊張が、あまりにも日常的でアホらしい理由で少しだけほぐれる。


「もう、びっくりさせないでよ。で、今日は何を探しに来たの?」

「ええと、マナを吸収する特異体質の話と、それから……存在が消えるような現象とか、そういう魔法や文献、ありますか?」


 私の問いに、メリアはぽわんとした表情で小首を傾げた。


「マナを吸収するお話は、いくつか禁書や歴史書にあるわね。でも『存在が消える』……? うーん、おとぎ話か古い魔導書で似たような記述を見た気がするけれど……。ごめんなさい、すぐには出てこないわ」

「……そう。ありがとう、メリアさん」

「書庫の奥を探しておくから、また後日来てちょうだい。それと――普段からもう少し可愛い服を着なさい。想いは、ちゃんと形にしないと伝わらないわよ?」

「……そんな相手、いませんってば」


 背中越しに飛んできたお節介なエールに苦笑しながら、私は図書館を後にした。

 そのまま市場へ寄り、いつもの数日分の食料を買い込む。荷物はずっしりと重かったけれど、あの二人が待っていると思うと、自然と足取りは軽くなった。


(次は、クロードの服もちゃんと見ておかないとね……)


 そんなことを考えながら、私は帝都の喧騒を抜け、ひっそりとした奈落谷へと続く道を急いだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 冷たい風が吹き抜ける奈落谷の底。

 隠れ家にしている廃棄ボイラーが近づいてきた、その時。


 ――カンッ! カンッ……!


 木剣の打ち合う音が響いていた。


 私は思わず足を止めた。

 通路を抜けた先の開けた広場で、クロードとリンが剣の特訓をしている。


「リン、もっと肩の力を抜いて。風みたいに、あるいは水みたいに」

「こ、こう……? うう、力を入れないのって難しいです……」


 リンの動きはまだ帝式剣術特有の力みがみられる。

 クロードは後ろに回り込み、腕や腰の位置をそっと直しながら教えている。


 二人とも真剣で、私には全く気づいていない。


(……邪魔しない方がいいかな)


 私は通路の陰に立ったまま、少しだけ様子を見ていた。

 汗を流しながら何度も剣を振る二人。言葉以上の部分で、確実に絆を深めているのが分かった。


(……なんか、羨ましいな)


 やがて休憩に入ったらしく、二人は地面に腰を下ろした。

 そのとき、クロードが少し言いよどむように口を開いた。


「あのさ、リン」

「……はい?」


「その……夜、寝る時なんだけど。もしリンが嫌じゃなかったら……俺と、添い寝してくれないかな」


 ビクッ、と。

 思わず私の肩が跳ねた。


「あ、いや! 変な意味じゃなくて!」


 クロードは慌てて両手を振る。


「俺、5歳の頃からずっと一人だったから。誰かの体温というか……安心できる、優しいお母さんみたいな記憶が、すごく恋しくなる時があって。……リンとなら、それができる気がして」


 それは、彼が抱え続けてきた、切実で純粋な「孤独」の吐露だった。


 胸の奥が、ギリッと痛んだ。

 私とクロードは、この一年間、家族みたいに一緒に過ごしてきた。


(……私には、言ってくれなかったのに)


 一言「一緒に寝てほしい」と言ってくれれば、添い寝ならしてあげたのに。本当は、私だって一緒に……。


 でも、彼は私には言わなかった。


(私が普通だから……? ずっと一緒にいるとどうしても寒くなっちゃうから?)


 一つだけ明らかなことは。

 彼は――私ではなく、リンを選んだ、ということだ。


 (先にいたのは……私なのに)



 ――沈黙。


「……いいよ」


 (……え?)

 

「私……家族にはずっと『異質』扱いされて、冷たくされてたから。私も五歳の頃から、誰かと一緒に寝た記憶なんて、ないんです。……だから、私も、誰かの体温を感じてみたい」

「リン……」


クロードの声が、少し震えていた。


 ――沈黙。


 二人は、しばらく何も言わなかった。


 ――ああ、そっか。

 ……私、お邪魔虫だ。


(……いない方が、よかったのかな)


 ――ダメだ。

 ここで、壊すわけにはいかない……。


 一歩、踏み出す。


「……やっほー。あー……ちょっとだけ聞こえちゃったんだけど。まぁ 、二人がいいならいいんじゃない? 週に一回くらいならさ!」


 私は無理やり明るい声を作って、通路の陰から飛び出した。


「ほら、食料ここに置いていくね! 私、まだ仕事の依頼が溜まっちゃってて、色々あるからもう帰るね!」


 焦って、添い寝への忠告がごちゃ混ぜになってしまったが、もう二人の顔なんて真っ直ぐ見れない。


「えっ、ジル!?」


 リンが咄嗟に声をかけてくれるが、すぐに打ち切る。


「じゃあ、特訓頑張ってね!」


 食料をその場に置き、私は逃げるように背を向けて走り出した。

 絶対に気づかれてはいけない。私のこの、みっともない嫉妬や、胸の奥のぐちゃぐちゃした感情を。


 クロードとリン。不遇な二人。

 この世界でようやく見つけた二人の純粋な想いと安らぎを、私のちっぽけな感情で潰すのだけは、絶対に嫌だ。


 ずっと我慢していたものが、ポロポロと頬を伝って零れ落ちた。

 思い浮かんだのは、優しかったお父さんの顔。もう二度と触れることのできない、大きな手のひらの記憶。


 でも――。

 胸の痛みは、それだけじゃない気がした。


「……っ、うう……」


声が漏れないように、両手で口を強く塞ぐ。


「……今日の奈落谷のマナは、きついな……」


 二人からは見えない暗い通路で。

 私は、止まらない涙と頭痛の理由を、ひどく濃いマナのせいにして、ただ静かに泣き続けた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


それぞれが選んだものと、選ばれなかったもの。

ジルの想いが少しでも伝わっていたら嬉しいです。


よければブクマなどで応援していただけると励みになります。


次回更新は5/3(日)となります。

引き続きのジル視点です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ