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無名の風鈴剣 ~消えかけの少年に、天才魔導技師と皇女が激重感情を向けてくる~  作者: 風紋
第一章 忘れられる少年と、忘れない二人

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12/12

第12話 箱庭の夜と、初めての信頼

 軽い鍛錬を終えるころには、クロードの体から透明感は消え、確かな存在感が戻っていた。

 彼は剣を置くと、今度は部屋の隅にある自転車のペダルのような装置にまたがり、規則正しいペースで漕ぐと、密閉された室内に新鮮な風が流れ込む。


 「これもジルが作ったの?」

 「うん。換気装置だよ。完全に密閉しちゃうと、今度息ができなくなるからって」


 ペダルをこぎながら、クロードはこともなげに言う。


 「俺、10歳くらいのころから3年間ここに住んでたんだけどさ。その頃は鉄の扉なんてなくて、ただ入り口に瓦礫を積んで風をしのいでただけだったんだ」


 彼とジルが出会ったのは約1年前のことだという。

 ある日、谷底に極寒の黒煙(クリオ・フォール)が降り注いだ。普段なら街などに逃げる彼も、その日の夜はどうしても動けず、瓦礫の隙間から入り込む黒煙を吸いながら死を覚悟したらしい。


 翌朝。


 彼を見つけて泣き崩れたジルは、ものすごい剣幕で「この廃棄ボイラーを絶対に安心できる『家』にする!」と宣言し、谷底の廃材をかき集めてマナの熱で繋ぎ、この分厚い鉄扉と密閉空間を作り上げたのだという。


 ペダルと連動して回る羽の音を聞きながら、私は室内を見渡した。

 かつて帝都のゴミとしてこの谷底に突き落とされた、巨大で分厚い鉄の残骸。

 それが今は、社会から見捨てられた彼を、そして私を、こんなにも温かく安全に包み込んでくれている。

 30分間の換気が終わる頃、重い鉄扉が開いた。


 「……ただいま」


 帰ってきたジルは、ひどく青ざめた顔をしていた。


 「色々回ったんだけど…マナ探査機は、新品も中古も、壊れたジャンクすら一つもなかったわ」


 テーブルにどさりと荷物を置き、ジルは忌々しそうに吐き捨てる。


 「元々戦争で品薄だったところに、買占めが起こってるってことで、噂が噂を呼んだみたい。今日の朝、すごい数の問い合わせがあったって。噂を聞きつけた情報屋とか、冒険者とか、あとは、軍、とか」


 ちらりと、ジルがこちらに目を向ける。

 

 (私を探すため…血眼になってるんだ――!)


 あわよくば、川に沈んだと信じてくれたら良いなと思っていたけど、死体がなければ見つかるまで探し続けるしかない。

 ――そうやって、永遠にどこまでも、私を探し続けるんだ……!

 

 背中に冷たい何かが這い回るような、ぞくりとした感覚が走った。


 ――しかし。


 「リン」


 ジルがこっちをじっと見る。

 

 「あなたは、守る。奈落谷のジャミングと、人を寄せ付けないパワー、舐めないでよね!」


 クロードも、うぐっ、先に言われた!となりつつ、負けじと言う。


 「守るって約束した!何があっても、どうなっても、リンは守る!」


 美しい剣術を使う、まっすぐな少年と。


 「てことで、マナ探知機は、私が作ることにしたの!マナ反応の理論はわかってるから、問題は、モニターに表示させる部分だけ。核になりそうな部品は何となく買ってきたから、きっと作れる!」


 天才魔導技師の、とても頼もしいお姉さんは。


 「……ッ!! うぇぇぇえぇぇん!」


 私の本当の家族よりも……。


 ――いえ。この世で一番信頼できる人達かもしれない。


♢♢♢♢♢♢♢♢


 すっかり日も暮れ、今日の夕食はジルが買ってきた『おにぎり』と『鳥串』だった。

 お米を塩で握っただけのものと、甘辛いタレが焦げた肉。皇宮の食卓には絶対に並ばない、手掴みで食べる庶民の味。

 手や口を周りを汚しながら3人で食べるその温かい食事は、今まで食べたどんな高級料理よりもおいしく感じられた。


 食後、部屋の奥に張られた布のカーテンの向こう側で、私はお湯で絞ったタオルを受け取った。


 「ほら、しっかり拭きなさいよ。クロードがこっちを見ないように、私がしっかり見張ってるから」


 腕組みをして、仁王立ちするジルの背中を見ながら、私は服を脱ぐ。


 侍女にやってもらわず、自分自身の手で身体の汚れを拭き取るのは初めての経験だった。 でも、温かいタオルの感触と、ジルの鉄壁のガードのおかげで、不思議と惨めさは感じなかった。むしろ、自分の手でさっぱりできたことが少しだけ誇らしい気すらする。


 身体を拭き終えると、いよいよ就寝の時間だ。


 ジルは机に、買ってきたパーツを広げ、さっそく魔導具作りの徹夜作業に入ってしまった。そのため、今日は私一人で奥のスペースに横になる。


 毛布にくるまり、そっと目を閉じる。


 クロードの意識は戻り、美しい剣の軌跡を見せてくれた。ジルは頼もしくて、優しくて、とても温かい。

 国を敵に回しているのに、不思議なほど心は穏やかだった。


 壁に生えたヒカリゴケの淡い明かり。

 ジルがパーツをいじる微かな金属音と、彼女から漏れ出る静かなエーテルの気配。

 世界でここしかない、この分厚い鉄の箱庭の安らぎに包まれながら、私は深い眠りに落ちていった。



 翌朝。

 起きたとき、ジルが横でスヤスヤと眠っていた。


 ちょっとがさごそするとジルが目を開けたので、進み具合を聞いてみたら、

 「明らかに足りない部品がわかってきたから、出来上がらないのに無理してやるよりも、2時間とかでも寝とこかなと」とのことだった。

 無理する無理しないの判断すら、合理的と言った感じで、すごい。


 朝ご飯は黒パンと干し肉だ。クロードの基本の朝ごはんらしい。1週間分のストックが今日で3日分なくなることに焦りを感じているらしい。何だかかわいい。もちろん私のせいで申し訳ないが、ほっこりした。


 あれ、食料ってこれからどうやって調達するんだろ?お水って、どっから持ってくるのかな?私はクロードがいないと、ここの暴れ狂ったようなマナで、頭がどうにかなってしまう。さらに私は、谷から出ると、確実に追手に見つかってしまう。


 ていうことは、外との繋がりは、ジルに頼るしかないってこと……?


 朝ごはん後、すぐにクロードの安全圏(頭が痛くならない範囲)にぴったりとくっつきながら、3人で谷底のゴミ山へ不足パーツを漁りに行った。ジルは「夕方にはできるかも」と言っていたが、夕方、試しで起動させても、マナ探知機は動かなかった。


 ジルはそこから、さらに血走った眼で「徹夜だぁ!」と宣言していたが、その目には絶望なんか微塵も無く。

 ただただ、自分の力を信じて『作れるはずだから作るのだ』という感じで。それは…泥臭いというと、失礼にあたる。

 地に足の着いた、自分の信じ方。これは私に、圧倒的に足りないものだ。


 今日こそはその雄姿を目に焼き付けようとするも…昨日と同じく、パーツをいじる微かな金属音と、彼女から漏れ出る静かなエーテルの気配に、とても心地良くなって30分と持たなかった気がしました。ごめんなさい……。



 ――そして早朝。


「……で、できたぁ……」


 机の上に不格好な機械をドンと置き、ジルが力尽きたように突っ伏した。


 ――こうして、簡易マナ検知機が完成したのだった。


次回更新は4/21(火)予定です。

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