第一章『ラシュティエート強襲』 Ⅵ
第十一話 『顕現』
ラシュティエート・ツェルムの連合軍三千と、混種混生軍二万六千。
ラムザ達の予想を遥かに上回る大軍勢を平原で迎え撃つ。
とてもでは無いが勝ち目があるとはいえない。そんな所に僅かな兵数で配置するシェジェには一つ、
策はあった。彼、ノブナガの投じた石。それは良くも悪くも広がるという事だ。
そして、それが間に合うかどうか、勝敗の鍵はそこにある…と。
白と青の衣服と、黒の衣服。共に鎧を着けてはいるが、誰が味方かは一目瞭然。
西と東に分かたれた両軍が、ついに激突する距離まで狭まろうとしたその瞬間。
西から、黒煙と激しく燃える炎を広げた翼が空へと飛び上がる。
そんな様を東側は見上げた瞬間、広がった炎の翼が左翼が彼等に向かい、
地面へと届くと大爆発を引き起こした。彼等の多くは大きく後方に吹き飛ばされ、
一体何があったのか…と、一瞬だが呆気にとられる。
「まーだまだいくよー!!」
と、この戦場の中において、気の抜けるような陽気な掛け声とともに、もう一発。
大爆発が二発、立て続けに起こる最中、彼女は地に降り立つと、間髪いれず敵軍に飛び込む。
両腕に再び燃え盛る炎が、大きな爪と化し、同胞とも言える混血種達を次から次へと焼き払う。
無慈悲。という他なく、そもそも彼女に命を奪う事に対する罪悪感というものが無いのか?
と、思われるが、戦好きの火の民の血が滾るのか、それともエステシアがそう教え込んでいるのか。
ただ一片の戸惑いも無く、数多くの敵兵の中で暴れに暴れるアーネ。
いくら特異な力を持つといえど、つい先日まで街の片隅で震えていた者達だ。
こんな力を叩き付けられては、戦う意思も容易くへし折れる。
そこに後から慌ててやってきたブルーは、アーネの隣に行き、止めようとする。
「アーネ!? 無茶をしないでくれ…というか」
既に数多くが、焼かれ、引き裂かれている。そんな惨状。キョトンとした顔で、ブルーを見た
アーネに戦慄を覚えない筈も無い。
「アーネ…君は」
「んぇ? ティーシェが戦場では…あり?」
何か言われたのだろう、想像に容易いが、それを忠実に行っているだけ。
だけであるが、自分達の求める所は其処にあるのだろうか? と、酷く悩むブルー。
そんなブルーに空から一つの影が落ち、土煙をあげて着地したと思った矢先、槍とも思える鋭い
前蹴りがブルーの腹部に命中した。
「なっ…」
蹴りを放った姿勢のまま、彼を睨めつけているのは、スレイトだった。
そんな彼がふと、アーネを見ると驚いた顔で、姿勢を正す。
然し、ここは戦場、語らずに視線をブルーに戻し、追撃。
一気に距離を縮めての大降りな左の拳が彼を襲う。流石に大降り過ぎのソレをブルーは交わしたが
それはフェイントであり、間髪居れず襲い来る右の拳を、彼もまた流水疾風にて交わし、懐に素早く
潜り込んだ。
「また、貴方ですか」
「よぉ、元気してたか?」
と、まるで街中で挨拶でも交わすかの如くのスレイトが、
懐に潜り込んできたブルーと一瞬だけ視線を合わすや否や、天を衝くかのような右足での蹴り。
更にそれを容易くよけられ、左脇腹に回りこまれる。…なんだこいつ。
まるでこちらの攻撃が止まって見えるかのように…。それがテメェの力か。
なら見せてやるよ。俺の力を。
そういうと、渾身の一撃を見舞おうと、左脇に居るブルーへと、全身を捻るように腰を落とし、
その勢いのまま、ブルーめがけて右の拳を打った。当然、避けられる筈だったブルーが
何かに押し飛ばされるかのように、弾き飛ばされたが、直後に怒ったのだろう、
アーネの炎の爪がスレイトを襲う。
「なにするのだー!!」
「ちぃっ! 何でこんな所に火の民の混血がいやがる!?」
避けそこなった、スレイトは左腕に大きな火傷を負い、一度大きく後方へ跳ねのいた。
俺っちと同じ、禁忌の民、それでありながら…西と東の戦闘種族の混血かよ!?
化物、その言葉が彼の脳裏に過ぎると同時に、その後ろから皮肉めいた声が聞こえた。
「あら、スレイト? 随分と手を焼いているようね?…と言うか、本当に焼けてるわね」
「るせぇ! あんな化物が居るなんて聞いてねぇんだよ!! テスカてめぇも手伝え!!」
「仕方無いわね。じゃ。こちらの子は私が貰うわね?」
そう言うと、スレイトの後ろから陽炎でも纏うかのように現れたのは、水色の長い髪を持つ女だった。
一見すると、水の民と何かの混血だろうか。それは判らないが、その力はすぐに理解出来た。
彼女が右手に持つのは、装飾の無い短剣だった。女性ならば飾り気の一つも、と思えるが、
理由はすぐに判った。何気なくテスカが振った短剣が砕け散り、ソコから氷の柱がいくつも生え、
アーネに向かい、奔る。
「うにゃぁっ!?」
初めて見る氷の力に、アーネは面食らったのか、まともに喰らい、厚手の衣服の所々か切裂かれた。
うー…。と、低く唸りながら、テスカを見た。自身より年上であり、黒の毛皮のコートが足元まで
覆われている。そこから覗く右手には、また新たな短剣が一つ握られていた。
おそらく、コートの下には数多くの短剣があるのだろう。 何よりあの氷の力は短剣があって使える
ようなものなのだ。と、理解した。
「うぬー…やるのだな!おねーさん」
「あら、ありがと。アナタこそ、顕現系なんて…それもその力に耐えられる…とても、素敵」
顕現系、始めて口にしたその意味は恐らく、自然現象を使える者を指す言葉だろう。
だが、一つテスカは勘違いをしている。アレは火の民の力であり、混血の力のソレとはまた別。
そうとは知らず、彼女はスレイトにさっさと行きなさい、そう促す。
「ああ、当然。 つかテメェ等揃いも揃って化物みたいな力使いやがって…」
「あら、アナタも十二分に素敵よ? 空間を殴れるなんて…、とても、素敵」
嫌味か! そう思い、舌打ちを一つした彼は、アーネを飛び越え、ブルーのすぐ傍へと。
「化物は化物同士、凡骨は凡骨同士、仲良くやろうや、なぁおい」
「貴方も、十分に化物ですよ…」
「へ、そりゃつまり自分も化物っていいたいのか」
そう、言い捨てると、またも素手による連撃をブルーへと。
ブルーもまたそれを交わし続けるが、時折混ぜてくる謎の衝撃がブルーを吹き飛ばした。
「くっ…また、それですか」
「どうした事か、俺っちの打撃が一つもあたんねぇ。 仕方ネェだろ」
そう言うと、一度、距離を置いた彼が、深く腰を落とし、ミドルレンジからの正拳突き。
本来ならば当たる筈も無いそれが、スレイトの拳の先で破裂した何かが波を打ち、その先にいる
ブルーへと。 避ける術もなく、ただ見えないソレをまともに喰らうしかない。
「おらおらおら! どうしたよ!!」
「あんな距離からどうやって…」
それが幾度繰り返されただろうか、流石に疲れたのか、肩で息をするスレイト。
あんだけぶん殴ってまだ立ってやがる。ふと、自分の右拳を見ると皮が破け、血が大量に流れている。
よく見れば、白い骨のようなものまで見えている気がしなくも無い。
「ちぃ、女みてぇに細い癖に、しぶてぇな」
エステシアから頂いた火の民の合戦着、その衝撃吸収率の高さに救われたのだろう。
だが、ブルーも辛うじて立っているに等しい状態ではあるが、スレイトの右拳から確かにダメージは
伺える。なにより先程のアーネの一撃が彼の左腕を奪っている。…結局、あの母子に助けられている。
そう、ブルーは思いつつも、決死の覚悟でまだ見られていない、父の技を仕掛けるべく、
スレイトへと駆けた。同時に、命を賭けた一撃で来るか! 自分の拳も精々あと一発。それが限度。
互いが一気に距離を詰めあい、制空権へと達する瞬間、足元から予想外の現象が起こる。
「テスカ…てめぇっ!!」
「これは…氷!? こんな広範囲に…」
黒のコートを大きく広げた女性は、露出の高いほぼ下着か?
ともいえる衣服を露にし、両手を広げていた。恐らく短剣を一度に使ったのだろう。
敵、味方諸共に、地面を氷漬けにしてしまっていたのだ。 その中にアーネも捉えられていた。
「お遊びは、お わ り。 そろそろ死んで欲しいワケ」
「テスカ邪魔すんじゃねぇ!!」
足元から腰あたりまで凍結させられたスレイトは、味方である彼女に怒りの声を発していた。
そんな彼を一筋の光が横切り、足を封じられたブルーの腹部へと深く突き刺さる。
「な…これは、しまった」
「はい、おしまい。 失血死確定。 スレイト、アナタも少し頭を冷やしてなさい…。
まぁ、冷えるのは足でしょうけれど」
「テスカぁぁぁぁぁ…」
「ブルー? いや、いやぁぁぁっ!!」
余りの出来事に、アーネは泣いてしまう。いや、泣くしかなかった。
特に念入りに彼女は肩まで凍結させられていた。 火の力を顕現させられると厄介極まる故に。
そんな泣き声がブルーの耳に入るが、腹部に焼けるような痛みと、足を凍らされて身動きすらできない。
短剣を引き抜く事も可能ではあるが、そんな事をすれば死期を早めるのみ。
…ここまでか。完全に手の打ちようが無い。
周囲を見回すが、氷の壁に覆われ、助けを望めるべくもない。
ただ、彼は夜も深けてきた夜空を見上げ、一つの星座の瞬きが目に入った。
まだ手は残されている。けど…水瓶座の…クリアベルさんの力は…。
彼は知っていた。彼女の、水瓶座の力のソレが滅世の涙、そのものであると。
あの時、彼女は助けてくれる。そう言っていたが…同時にこうも言っていた。次は無い、と。
たまたま彼が見上げたのは、双子座だった。それは偶然なのか、はたまた招かれたのか、
藁をもすがる思いで、あの場所へと意識を飛ばした彼は、水瓶座では無く、双子座の元へ。
**異空間 夜空**
双子座を現す星々が、一際輝いている。まるで彼を招くかのように。
ソコへと彼は近づくと、視界が白く弾けた。
直後、彼の目に入ったのは、木造の民家…いや、鍛冶場だろうか。
そこに一人、長い黒髪を右側に結った、妙齢の女性が居た。
茶色の厚手の服に、分厚い手袋をつけたまま、腕を組んで椅子に腰掛けている。
「認めなくは…無いかな。 この剣で竜種を追い返したんだし」
まるでブルーを見てきたかのように、ヴォイドとの戦いを思い起こしているようだ。
「けどね。認めたくない部分も確かに在る」
この剣を振るったのに、ヴォイドに傷一ついかせられなかった未熟さ。
恐らくはソコだろう。ただそこに現れたブルーを見据え、肯定と否定を繰り返す。
「あ、あの…貴方は?」
「生かすべきか、生かさざるべきか…。あん? そういうアンタは誰よ?」
「あ、すみません。私はハーミット・ブルーと申します」
そう、頭を下げつつ言うが、知っている…と。
「アタシは、ユゼ・エステラーダ」
「ユゼ…さん、とは、まさか」
「ああ、アンタが無駄に振り回してる剣を打ったもんだよ」
そういうと、腰を上げて、ブルーに歩み寄ると、その身長の高さたるや…長身であるブルーより
尚高い。そんな彼女が、ブルーの瞳を至近距離で覗き込み、考える。
素材は悪くない。悪くないが、修羅に落ちる気配も無い。さりとて、修羅に落ちた者と互角に
やりあった…ふむ。と、何をしようと言うのか、厚手の手袋を彼の右頬に添えた。
「よくわかんない奴だね。 けどま…アレはアンタの事認めたみたいだし…」
と言うと、ブルーの視線を沿えた右手で無理矢理に窓の外へと。
家の窓の夜空には、牡牛座が一際強く輝いていた。
「ふん。牡牛座へ行くといいね。其処で古の闘技場、その覇者とやりあってきな」
「え? …あの、私は貴方に聴きたい事が…」
「アタシはまだやはり認めない。だからあの剣の名はまだ教えない。
さ、早く出ていきな」
呼ばれたようにも覚えた正座の輝きは失われ、彼が居た場所は突如として消え去った。
一体何の為に…、と思ったが、少なくとも先は示してくれたようだ。
ブルーは示された牡牛座の輝きを次に目指した。
そして、また白く視界が弾けると、耳を劈く大声援が聞こえ、余りの事に驚き、耳を塞いだ。
少しすれば、その大声にも慣れ、周囲を見回す。石造りの円形だろう建造物。
天井は無く、ただ星々が輝いている。その下に多くの人々が熱狂し、拳を振り上げていた。
そんな中、一際大きく、妙に軽い。紹介染みたソレが聞こえる。
「現れたるは、星に認められるも将に認められずの若者! ハーミット・ブルー!!!」
「な…ななな」
「対するは、牡牛座六代目、当闘技場の覇者! グラニウス・ヴェルザー!!!」
意味が判らない。何なんだこの盛り上がりは、変な紹介が終わると、一際声援が大きくなる。
一体何が起こったのか、理解出来ないブルーの前、頑強極まる筋骨隆々の巨漢が立ち塞がっていた。
短く切った金髪の、青き瞳がブルーを見下ろす。ちなみに服は一切、着ていない丸裸。
「ちょっ…」
余りに堂々と、余りに雄々しく立つその姿に、どう突っ込みいれていいのやら。
武器も持たず裸一貫まさにそれである。
「貴様が、ブルーか…我はグラニウス」
「え…あ、はい。私はハーミット・ブルーで――」
自己紹介も終わる前に、槌とも思える巨大な右拳が、彼の頭上に振り下ろされた。
地へと辿り着く直前でそれは止められたが、余りの力からか、土煙が舞う。
だが、不意を突かれたとはいえ、停滞持ちのブルーは避け、彼の右脇へと移動していた。
「ぬぅ…やりおるわ」
「あの、何故…」
「問答無用、いざ勝負!!」
恐らく、いや確実に頭の中まで筋肉で出来ているのだろう、グラニウスは更に右足で彼を蹴り飛ばそう
としたが、やはり大降りにして、やや動きが遅い。ブルーが避けるには十分だった。
だが、次の一撃はそうはいかなかった。 彼の目を見た瞬間、体が竦み、自由を奪われた気がした。
「な…これは」
威圧。ただそれのみであるが、彼の目から確かな圧力がブルーを捉え、大きく地面を蹴り体当り。
単純な、技ともいえないソレではあるが、一撃必砕の威力が秘められた重撃に他ならない。
彼の目を見てはいけない、そう悟ったが既に術中にはまっているのか、動かない。
そのまま、ブルーに当り、彼を打ち砕くのかと思われたが…。
「ふ、はははははははっ!!! 未熟!!」
寸での所で止まり、彼は笑い声をあげて、姿勢を正した。
「あ、あの…」
「少なくとも竜との戦いぶり、俺は認めた。ならば我が力を授けるのも道理!
力足りぬなら、この俺が与えようでは無いか」
一見して無口に見えるが、饒舌な彼は豪快に笑い飛ばし、困惑するブルーの背を強く叩いた。
「彼の地へ戻り、我が名を呼べい!!」
そう、言い残し、全ては白き粒子へと帰り、それがブルーの右手の甲へと集まっていく。
集まった手の甲には、牡羊座の紋様が現れ、再び夜空へと。
「今の人は…?」
余りな勢いと出で立ちに困惑するしか無いブルーだが、右手を見るとふと思い出す。
「十二…星将、星巡り…そうか。そういう意味だったのですか」
何かを悟ったブルーは、確かに得たそれを使い、あの場を打破せんと、意識を戦の中へと戻らせた。
「ブルー…いやだよ…いやぁぁっ!」
「あーもう、一人死んだぐらいで煩いね。 あーもしかして、彼氏? そりゃ悪いことしたわね」
などと言うも、反省の色も無く、むしろ泣くアーネを見て、心の底から楽しんで見えた。
そんなテスカに、怒りの感情を表すのはアーネでは無く、スレイトだった。
自身の妹も嬲り殺しにされた。それがどうしても今の二人に重なって見えた。
「う…がぁぁぁぁああっ!!」
激烈な気合いと共に、腰まで届く氷を粉砕し、ブルーに向ける筈だった最後の一撃を仲間である
テスカへと、振り下ろしたが、それは氷の壁に阻まれた。
氷か、骨か、判らない。ミシミシと響く音を楽しげに聴くテスカ。
氷の壁越しに見える彼女の顔は、酷く歪んで見えた。いや、心すらも歪んでいる。そう思えた。
だが、余りに分厚い氷の壁。怪我をしていない彼なら砕けたかも知れない。
然し、今はそれが不可能であると言えた。激しい血飛沫と共に砕けたのは、間違いなく彼の拳だった。
「リステア…リステアァァァッ!!」
スレイトの瞳にはアーネが妹に見えているようだ。 既に火傷をおった左拳で更に壁を打つ。
そんな無様とも言える彼を見飽きたのか、視線をブルーへと移した。
「あれは…?」
既に無力。死んだと認識した少年が、静かに眼を閉じ、右腕を胸に当て、静かに何か…。
「十二星将…星巡り『グラニウス』!!!」
その直後、目を見開いた彼の右目は漆黒、左目は澄み切った見事な青。
右手に宿った牡牛座の輝きか、それとも先程のスレイトにも勝るとも劣らない激烈な気合いか。
身を縛る氷を打ち砕き、大きく腰を落とし、剣の柄をテスカに向け、地面を蹴った。
瞬く間に氷の壁へと距離を詰めた閃光が、容易くソレを打ち砕いて尚も止まらない。
「何よそれ…寄るなぁぁっ!!」
慌てて手にしたいくつかの短剣を地に投げつけ、いくつもの氷の壁を造り出すも、それら全てを
打ち砕き、それでも止まる事無く、ついにテスカの腹部へと到達し、自らが作り出した後方の壁へと
大きく叩きつけられた。意識が途絶える最中、白く光り輝き、猛り狂う巨大な雄牛を彼女は見た。
見てしまったが故に、恐怖に飲まれ、冷静な判断を失い、ただその一撃を身に受ける他なかった。
これを見たスレイトが、ただ戦慄を覚え、突撃した後、剣の柄を突き出したまま動かないブルーを
ただ見ているしかなく。ゆっくりと、ブルーは剣をだらりと下げ、アーネを見た。
「ブルー? 今のは…?」
「ようやく、出来たよ。母の…いや、世界にかつて居た、強者達と巡り合う力を」
「ほぇ? 」
と、意味判らずと、首を傾げながらいるアーネの氷が、徐々に溶け出した。
同時に周囲の氷の壁もまた…である。
それはテスカが気絶したのか、絶命したのか、どちらかだろう。
そんな彼女を一瞥し、既に戦闘力が無くなったとも言えるスレイトは、ブルーを見た。
…。
「スレイト…、アーネを助けようとしてくれてましたね。ありが――」
「敵に礼を言うんじゃねぇ、それにまだ戦は続いているだろうが」
「ですが…」
そのまま、彼は何も言わず、地を蹴り、戦場の中へと消えていった。
「あんな酷い傷で…」
「うーん、あの人なーんか、なーんか懐かしい匂いするー」
匂いで判るものか? 彼女と同じ血脈である彼に、不思議と首を傾げるアーネを見て、
ブルーは軽く頭を撫で、またきっと出会えるから…と、
それだけを伝えると、彼もまた意識を閉ざし、その場に倒れ込んだ。
「ブルー? あ、…凄い血が」
腹部に深々と刺さった短剣が、先程の一撃で抜けたのだろう。そこから大量の出血。
既に彼の意識が保てない程の…早く手当てをしないと死んでしまう。
そう思い、アーネは慌てて服の裾を破り、止血を…しようとした矢先、ブルーは全身が凍り付く。
「ほにゃっ!?」
慌てて周囲を見た先には、左手が焼け爛れたテスカが、その左手をこちらに差し向けていた。
「冗談じゃない。 こんな化物ども…生かしておくわけには」
既に短剣が底をつきたのか、左手を犠牲にして、氷の力を使ったテスカであるが、
ブルーの延命に繋がる事になり、そして…。
「キミ、ぜっったい燃やすから」
恐らくこの戦場において、最も触れてはいけない逆鱗に触れたのだろう。
ブルーを除いた、その場に居る全員が、逃げ惑うテスカがゆっくりと灰になるのを確かに見た。
時は僅かに遡り、ラムザとセリスの居る場所。
彼女が本気を出す時、必ずやる癖のようなもの。
それは、十字剣を敵に投げつける事だ。そしてこの台詞を吐く。
「私はティセリス・ラシュティエート!! 貴様等の狙う首は、此処に在る!!」
「ぎゃぁぁぁぁっ! ちょっとだからそれ止めてと何度いったら」
同時にその側で、文字通り頭を抱えるラムザが居る。
本当に彼の胃は頑丈に出来ているものだと、そう思わなくも無い。
何千何万と居る敵に、堂々たる名乗りを上げ、敵陣に突っ込むのだ、あの娘は。
いくら防御に優れていても、無茶にも程がある。
「あぁ、おじさんの首が…」
正直、騎士階級を得ているとはいえ、ラムザは老後の安定を考える凡人と言えなくも無い。
然し、剣の腕は相当なモノでもある。泣きそうになるのを我慢しつつ、セリスに続く。
見渡す限りの敵・敵・敵。 素人とはいえ特異な力を持つ者ばかり。
素人くさい動きで、疾風の如く斬りこんで来る者を払い退け、
巨獣の一撃とも思える程の重撃を避け、ひたすらセリスを追う。
そんな中である、何処かで聞いた事のある声とともに、幾人かの混血種が宙を舞った。
…。まさかねー…、このタイミングでおじさん更に困らせにきたのー?
と、嫌な予感が駆け巡る中、それは現れた。
セリスと似たような金糸の如き長い髪を靡かせて、山賊とも思える小汚い衣服を身に纏い、
巨大な戦斧をぶん回す、北の戦斧その娘。
「おらぁぁぁぁああっ!!」
一振りで一体幾人の混血種が宙に舞ったか、数を数えようともせず、ただ二人へと堂々と歩み寄る。
「よーし、いくらだ?」
「…おじさんの老後の蓄え、なけなしの王国金貨五百…で、なんとか頼めないかなー…」
「五百ぅ? いまいち気が乗らないねぇ…」
金額的には十分なのだろうが、この期に及んで足元を見ているようだ。
そこに慌てて戻ってきたセリスが、彼女を見て一言。
「私に払える限りの全て。 それでどうでしょう、カレン殿」
背後からかかったその代価にニヤリと、口元に笑みを零し、大きく戦斧を振り下ろす。
「乗ったぁぁぁあっ! ここの守りはこのアタシが引き受けた。
さっきアッチの方で、結構デケェ戦いがあったみたいだ、そっちに回りな盾姫」
彼女が指差したのは、東北であり、恐らくはブルー達が配置された所だろう。
それに頷くと、セリスはレゼンドを走らせ、ブルー達のいる方角へと。
「ちょっ! そんな代価認められるワケがっ! 姫様っ!!」
言うも空しく彼の差し向けた左腕は既に、もぬけの殻である。
「はっは! ラムザのおっさん相変わらず気苦労が耐えないねぇ?」
「ほんっとに…でも、ちょっとは手加減してよねーカレンちゃん?」
「はぁ? 戦で手加減しろってか? もう歳だなおっさんよ」
「いや、そう言う意味じゃなくてね…」
頼もしき? 援軍は着てくれた。然し、同時にラムザの頭痛の種も増えた。
然し、敵との戦力差は覆らない。
西に陣を構えるラムザ、その東北で六将の内、二人と戦い、倒れたブルー。
正面激突の大乱戦の中、確実に兵力を削られる最中、北部よりの援軍…いや、山賊まがいの傭兵が
あらわれ、北側からも敵を制圧すべく、五千の兵が混種混生軍に雪崩れ込む。
包囲するに今一つ足りない現状であり、劣勢に変わり無い。これを打破するには余りに敵の数が多く、
同時に、時間も無い、ラシュティエート側からの挟撃。
それを死守すべく、子爵自らが迎え撃ち、合流したエステシアが奮戦。
これを一時、押し返す事に成功。 第二波を待ち、兵を癒す。
じわりじわりではあるが、確実にツェルムは圧され始めている。
ノブナガの掌で踊らされている。そうとも知らずただ争い続けていた。




