オーリンズの戦い・Ⅱ
エルヴィンの新戦法は瞬く間に効果を発揮し始めていた。
少数の軽艦艇や輸送艦であたかも隠密の輸送作戦かのようにオーリンズ星系の連邦軍哨戒網へと接近する。敵が接近すると直ちに反転して逃げ出す。
「敵艦、間もなく光学射程内!」
銀河連邦宇宙軍第三艦隊に属す第八六五巡洋艦戦隊に属する五八隻のアタゴ級宇宙巡洋艦は哨戒部隊の報告を受けて真っ先に駆け付けた部隊で、数において圧倒的に劣勢な帝国軍の小部隊を圧倒的火力でねじ伏せようとしている。
「“ブラウメン急行”だな、まるで」
戦隊指揮官の中佐は既に四時間も口内にあるガムを噛み締めた。八六五巡洋艦戦隊はこの二日で三部隊の敵小部隊を補足していたが、その全てに逃げおおせられて乗組員たちは敵艦を撃沈する機会に戦いたくてうずうずしていた。
「敵艦隊、小惑星帯に逃げ込む模様です」
指揮官と同じくカーキ色のシャツを纏った戦隊参謀の大尉が戦術テーブルから顔を上げて報じた。小惑星帯に入れば衝突回避のために嫌でも速度を下げなければならない。
「よし、主砲砲門開け。射撃用意」
「一番から二十番、砲撃戦用意」
二〇門の艦首主砲を覆う前扉が開口する。一五七〇口径Mk.49中性粒子砲の有効射程は七八万キロメートルに及ぶが、この距離ではとても敵艦に命中弾を期待できたものではなく、少数艦同士の艦隊戦で確実な命中を狙うには三〇万キロ以内への接近が求められる。
「解析値よし」
「射撃準備よし」
「撃ち方はじめ!」
アタゴ級の艦首砲口から青色の閃光が放たれ、一瞬にして視界から消失した。
中性粒子砲を連射しながら第八六五巡洋艦戦隊は小惑星帯に突入する。
「皇宮の飾り人形どもを血祭りにあげてやれ」
指揮官は部下をそう鼓舞しながら、逃げ惑う帝国軍艦艇を追撃した。
「左舷方向に敵艦隊!」
その報告を指揮官が受けたとき、既に連邦軍部隊は引き返せないほど深入りしていた。
「駆逐艦多数接近!」
帝国軍の快速艦、カール・レーマン級通報艦が小惑星の陰から飛び出し、至近距離から魚雷と電磁投射砲で攻撃する。生死をかけた鬼ごっこの攻防は瞬時に逆転し、次々と被弾する僚艦に構わず連邦軍艦隊は反転した。救援を呼ぼうにも妨害電波の中で無線通信は不可能、光学通信を可能とする距離に友軍はいない。
「主砲斉射!」
その様にエルヴィンは麾下の戦列艦部隊に攻撃を命じた。
先行した観測艦からのレーザー通信で共有される測距情報を受けて五〇万キロの長距離から第十七装甲旅団のザクセン級戦列艦が一斉に発砲した。緑色の光の束が小惑星帯の中空を薙ぎ、逃げ出す連邦軍艦を殴打する。
僅かな間に連邦軍第八六五巡洋艦戦隊は一隻残らず撃沈された。このような例が短期間に複数回繰り返され、撃沈された連邦軍艦の数は半月で三百隻に上った。
「ネーリングはいい仕事をする」
従卒が持ってきた熱いタオルで顔を拭きながら、エルヴィンは評した。
「参謀長が仕事をしないから、私が代わりに中継器になってあげてるんだからね」
流石に場所を憚って声を落としながら、アウグスタが告げた。
「無能の相手までさせて、負担をかけるな」
返答もまたアウグスタの聴覚にしか届かない程度の声だったが、それはエルヴィンにとっては最大級の賛辞または謝意であることを赤毛の副官は経験で知っていた。
エルヴィンは巧妙にも現場に証拠を残さないため敵艦の脱出を許さず、不利を悟った敵部隊の予想退路上にも先んじて通報艦や機雷を配置しておいていた。これによって連邦軍は電波妨害と部隊の全滅のために敵がどのような戦術を採っているのかすら共有できない。
同地の連邦軍側指揮官は連邦宇宙軍第三艦隊麾下の第三四分艦隊司令官フレデリック・ショックレー少将であり、勇猛果敢な戦いぶりで知られる彼はここ数日の無様な戦いぶりに苛立っていた。
「帝国軍は何がしたいんだ。我が軍の百か二百の巡洋艦を破壊したくらいで戦況がひっくり返ると思っているのか」
「我が軍がオーリンズⅢを完全に封鎖している限り、敵は手も足も出ません」
参謀長マイケル・デンプシー代将が答える。
「それは分かっている。だがまるで幽霊のような敵だ。狙いが分からん」
「ひとまずは哨戒部隊の戦力を増強します」
参謀長の提言にショックレーは曖昧に頷くばかりであった。
数度この戦法を繰り返すと連邦軍は哨戒部隊に火力と装甲に秀でた戦艦を配属し、艦艇数を増やして対応してきた。これによって単純な戦力が増強され、荷電粒子砲を装備せず長距離火力の貧弱な通報艦だけでは容易に対抗できない。
それに対してエルヴィンは今度は事前に構築した機雷原を用い、追撃してきた敵艦隊をそこに誘い込んで自滅させる戦術を採り始めた。さらに自ら率いて来た直率の第十七装甲旅団で機雷原に誘い込まれた敵戦艦を砲撃して確実に撃沈する。
「我々を挑発しているのか、何かの陽動なのか」
ショックレーは参謀たちを集めて提起した。
だが司令官の疑問は参謀たちも同様であり、帝国軍の突然の作戦方針転換の意図を説明できる者はいない。
「惑星オーリンズⅢまでは二重三重の哨戒網が敷かれ、外縁哨戒網が突破されても敵はオーリンズⅢに到達できるわけではない」
「全体の戦況には変化がない。我々は敵地上軍を追い詰めつつある」
「既に敵は弾薬の欠乏著しい。あと二週間もあれば敵は降伏するだろう」
「ならばそれまでに敵は我が封鎖線の打通を図る。図らなければ彼らがここを攻める意味がないのだから」
「ならばどうして敵は我々を小突くような攻撃を繰り返すのだ」
帝国軍の戦術の変化はあくまで戦術レベルでのものであり、全体の戦況に影響を与えるものではない。損耗自体も小さいもので、だからこそ連邦軍首脳部にとっては不可解だった。
結局対症療法として、退避する敵輸送艦を追撃しないよう厳命した。オーリンズⅢの地上戦への帝国軍による補給を断てばよいのだから戦略的には帝国軍艦艇を撃沈する必要性は必ずしもない。
逆に帝国軍にとっては局地的な勝利をいくら積み重ねてもオーリンズⅢへの輸送作戦を成功させねばやがて地上部隊は降伏を余儀なくされる。そのタイムリミットが存在する以上いつまでもいたちごっこ的な戦闘で時間を浪費してはいられなかった。




