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お茶会

挿絵(By みてみん)

 銀河西北中縁部(ミッドワールド)、銀河帝国帝都星ブラウメン。

 漆黒の地上車が石畳を叩く非定期的な振動が、エルヴィンの奥歯を不快に震わせた。窓外には、キロ単位の標高のビルの群れを誇る摩天楼ブラウメンブルクとは対照的な、重苦しい石造りの低層建築が並んでいる。伝統という名の澱が沈殿したこの街の空気を吸い込むたび、喉の奥に古びた教会のカビのような、湿った不快感がこびりついた。 

現代社会への適合性というものを微塵も感じさせない、道路脇に雪が邪魔そうに除けられた石畳を十数分走り続けてルイーゼ王宮に隣接するシェーンバウム離宮に辿り着いたとき、低い雲からは白雪がちらつき、車から降り立ったエルヴィンの頬に指先で触れるような冷たさを感じさせた。

 雪もこの街も嫌いだ。

 口にもしない思いを喉の奥の方に収めたまま、白金色の髪が風にたなびく。紺色のフロックコートの裾が持ち上がる横合いから吹き付けた風に長い髪を煽られた青年は思わず腕で顔を覆った。

 十分をかけて侍従に案内されて辿り着いたのは一枚の扉の前であった。金の紋様が施された白塗りの扉の横に立ち、侍従は振り向く。

 「殿下は中でお待ちです」

 無感情な一瞥を近衛兵に投げ、エルヴィンは彼の身長の倍ほどの高さがある扉に触れた。極小の光学センサーが反応し、ひとりでに扉は意図された重厚さによって奥へと開いていく。その向こうからは季節外れの湿度を帯びた暖気が微かに吹き出してきた。

 天井がガラス張りとなり、天然光を取り入れるために設計された温室には薔薇の花が咲き乱れ、完璧に調節された室温と湿度の下で季節を問わず植物の栽培が可能になっている。高い天井の温室の中心部に東屋があり、屋根の下の二人の若い女が同時にエルヴィンに向き直った。

 一人はあどけなさすら残る顔つきで、栗色の髪が春先の陽光のように広がる少女だった。白を基調としたドレスは彼女のための特注品で、春の木漏れ日がちらつく大きな青い瞳、白磁の肌は皇女としての彼女の公的な身分を少しも損ねるものではない。

 今一人は“男勝り”というよりも女としての力強さを前面に押し出すようにも感じる女将校で、均整の取れた肉体を標準的な帝国海軍軍人の勤務服とは全く異なる裾の長い純白の軍装で包んでいる。切れ長で大きなヴァイオレットの瞳と艶やかな長い黒髪がエルヴィンの目に留まった。

 「エル!」

 ドレスのスカートを持ち上げ、素早く立ち上がった皇女は、そのまま東屋を飛び出し青年のところへと駆け寄って手を取る。エルヴィンの手を掴む指先の熱は、彼のそれより幾分か熱かった。

 「昨日帰ったばかりなのに、私に会いに来てくれたのね」

 反射的に手を離すと顔を下げてエルヴィンは人工の草原の上に膝をついた。

 「殿下のお招きを賜り、参上いたしました」

 「また前線で武功を挙げられたんですってね。女官たちの間でも噂になっていたわ」

 「皇宮でも噂になってしまうとは、恐縮です」

 エルヴィンは細めた目で足元の芝生を凝視して応じた。

 「顔をお上げになって、エル」

 顔を持ち上げたエルヴィンの視界の中で、純白の制服と対照的な漆黒の髪の侍従武官が皇女の斜め後ろで彼を見下ろしている。

 「また聞かせて。前線での活躍のこと。エルは話が上手なのだから」

 踵を返しながら皇女は話しかけ、呼応するようにエルヴィンは立ち上がった。

 「面白い話なんて、何もありませんよ」

 舞踊のステップのような歩調で、皇女は東屋の自分の席へと戻った。後から付いてきた二人の将校に手で座るよう示す。

 「軍の中じゃお友達も少ないでしょう」

 皇女の言葉が嫌味でないことは、彼女の表情と口調が証明している。

「私たちくらいじゃないかしら、ねえロッテ」

 水を向けられた侍従武官は、流し目で自身より三つ階級が上の男を見た。

 「少将閣下は不愛想で飽き性でいらっしゃいますから」

 「この年齢でこの階級で、身近な人が中々見つかりません」

 エルヴィンにとってはこれが最大級の愛想のつもりだった。

 侍従武官がポットを手に取る。三回回してから茶を注ぐその癖を青年は漠然とした意識で眺めていた。

 「今日はもうご予定はないの」

 瞬時にエルヴィンの視線は皇女の瑞々しい顔へと戻った。

 「仕事は副官たちに任せました。あとは帰るだけです」

 机の上に両肘をつき、皇女はエルヴィンに顔を近づける。 

 「聞きました。三倍の敵を相手に勝ったのですってね」

 「今回はどうにか逃げおおせただけです」

 皇女は無邪気な素早さで背もたれに身を預けた。

 「やっぱり爺様の慧眼は間違ってない。あなたが全軍を率いたら連邦にルージアだってたちまち打ち滅ぼしてしまうでしょう」

 「足止め程度の成果です。数千隻の敵を撃沈したとあれば大手を振って凱旋できましたが」

 「でも次はそうなさるのでしょう」

 首を傾げて皇女はカップを手に取った。

 三人のささやかな茶会は波風が立つことなく一時間半を閲し、エルヴィンが辞去の旨を告げると皇女は名残惜しそうに問うた。

 「また近いうちに来てくれる?エル」

 胸に手を当てて青年は答えた。

 「殿下のお呼びとあれば、いつでも参上いたします」

 その答えに満足したように頷くと、皇女は傍らの侍従武官に車まで送るよう命じた。

挿絵(By みてみん)

 温室を出て、汚れや錆一つない王宮の中を同期の少将と少佐は並んで歩く。

 「前線はそこまで良い戦況ではないのでしょう」

 先に口を開いたのは黒く長い髪の侍従武官の方だった。

 「敗走する友軍の撤退支援って、それほどに戦況は悪いのですか」

 エルヴィンは二秒の間に周囲三六〇度の人影を伺ってから口を開いた。

 「参謀本部の我欲のツケだ。兵力不足の中で強引に連邦に侵攻などと。これでルージアやアル・ファド相手にも戦力投射が弱体化する」

 「一方この成功で貴方はさらに地歩を固めることとなる。軍部にも宮廷にも敵がさらに増えるでしょう。どう御身を振るおつもりなのですか」

 数瞬して青年は振り返った。

 「それを俺に問うて、君にとって何になる」

 「ご自分が一番お分かりになるでしょう」

 エルヴィンの紅い双眸は遠い天井のモザイク画を仰いだ。

 「皇女殿下を守るのがお前の仕事だろう」

 「私はエリザヴェート様(・・・・・・・・)をお守りするのが使命。あの方にこの重荷を背負わせるべきではない」

 冷たい廊下の空気に溶けることなく、その声はエルヴィンの鼓膜の奥を打ち続けた。過剰なくらいに長く続く直線の空間に二人の軍靴の乾いた音が反響する。

 「本気で思ってるんだな」

 突然に飛び出た言葉は刺すようなするどさに満ちていた。同い年の侍従武官は窓の外の西日に目を向ける。

 「でもそれが多数派でしょう。特に軍部では」

 エルヴィンは沈黙した。黒髪の侍従武官もそれ以上青年に問うことはなかった。

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