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継承問題

 銀河帝国における大公(Erzherzog)とは、長子以外のブラウメン家出身者に与えられる称号である。これでは大公位が無際限に増え続けるので大公位の相続は二世代までと定められる。長子相続を前提とするブラウメン家において直系が断絶した場合は、五選帝侯の推挙により、大公から皇帝を選出する慣例となっている。

 長子相続制を採るブラウメン家直系が皇太子ルートヴィヒとその唯一の後嗣エリザヴェートが共に後嗣を残さず崩御した場合、ブラウメン=レオンハルト家とブラウメン=アンハルト家よりもブラウメン直系により近いブラウメン=ヒンターハーフェン家、すなわちジギスムント大公の家から皇帝が冊立される。

 それを分かってジギスムントが分を弁えていれば帝国の将来に渡る騒擾は杞憂として終わるはずであった。

 「余が皇帝にならずして、一体誰が玉座に腰を落ち着けられるというのか」

 これは放言などではなく、追従者たちを前にして平然と言い放った彼の本音であった。今年四四歳と国家統治に精力的に取り組むには十分に若い。ブラウメン家に生まれ、王家に連なる地位を保証されて来た彼が抱く野心があるとすれば、それは至高の玉座をおいて他になかった。

 「癌患者が玉座に腰を下ろすなど、帝室が癌細胞に侵されるわ。その娘に至っては観葉植物(・・・・)ではないか。そもそもブラウメン家を女に相続したことなどないというのに」

 そのようなことを言って憚らないジギスムントに、実兄に対する敬愛の念など微塵も存在はしていない。皇帝でもないのに“側室”などと称して愛妾を抱え、ブラウメン=ヒンターハーフェン家にはジギスムントの実子が七人もいる。その長男コンラートは帝国最大の有力貴族にして選帝侯マグデブルク公爵の令嬢ヴィルヘルミナとの縁談が纏まっていた。彼の強硬かつ革新主義な思想に賛同する軍部の支持が篤く、政治的地歩は盤石と言ってもいい。

 対する皇太子ルートヴィヒにあっては、そのようなジギスムントの専横に対する危機感を日増しに強めていた。

 「愚弟が権力を握ればどうなるか。想像もしたくない」

 皇太子は横臥した病室のベッドの上で宮宰ビューロウ伯に語った。

 「だが余は弱い。エリザヴェートはまだ幼い。卿たちが守ってやってくれ」

 「御意」

 ビューロウ伯ら文官は通例と法秩序に従ってルートヴィヒが即位し、帝国の支配体制を維持し続けることをこそ望む。連邦との戦争を終結に向かわせて軍事費を縮小し、内政問題の解決に注力するためには、穏健派のルートヴィヒが冠を戴くことこそが最重要であった。

 「しかしそのためにこそ殿下には生きていただかねば。大公殿下に国政を壟断させないためにも、皇太子殿下が皇帝として即位されることが必要なのです」

 「分かっている。病さえなければ……」

 癌の進行自体は遅いが、骨病変、腎機能障害といった症状に悩まされ、万全の状態で政務に臨むことは期待しようもない。だがルートヴィヒが一度でも帝冠を戴けば、自然とその継承権は彼の長女たるエリザヴェートに帰属する。

 エリザヴェート・ツー・ブラウメンが将来の女帝と目されていることは間違いないが、帝室の中にあっても彼女に対する認識は二分化していた。

 彼女が銀河帝国の権力機構の中枢に身を置きながら天使のような天真爛漫ぶりを示し続けるのは、彼女に将来の銀河帝国の統治者としての資質に疑問を抱かせるに十分であった。専制君主が君子たることが不要とは言わないまでも、純真さを超えて年齢に似合わぬ幼さすら感じさせるエリザヴェートの振る舞いは一部宮廷関係者の眉をひそめさせる要素がある。

 侍従武官シャルロッテ・ツー・ヴィッツレーヴェンは本来皇帝に直属する武官の一員でありながら、特別にエリザヴェートの側近たることを許された身だった。その役割の一つに同性の軍人として教育係としての立ち回りが期待されているのは誰の目にも明らかだった、シャルロッテはエリザヴェートの統治者としての素養については誰にも語らない。

 ほとんどの侍従や女官、宮廷に出入りする人々たちにとって、エリザヴェートは温室栽培の美麗な観葉植物(・・・・)でしかなかった。


 「政官界も軍部も混迷を極めております」

 内務卿伯爵フリードリヒ・ツー・マルクスの言に帝国宮宰伯爵アドルフ・フォン・ビューロウはあからさまな不快感と共に口を開いた。

 「陛下の不予が伝わり、左翼が力を増しておる。だが大公が皇位を継ぎ、革新官僚が権力を握れば必ずや国政は未曽有の混乱に陥るぞ」

 「軍部は参謀総長以下の革新派が半ば支配し、他省庁にも広く根を張っております。ヴァイス卿は動向が読めません」

 ビューロウは咥えた葉巻を灰皿に移し、机の上の書類を手に取った。

 「“水の間の変”でゼンメルスハウゼンやシュトライヒを失っていなければ……」

 前国家保安卿ゼンメルスハウゼン侯、前海軍参謀総長シュトライヒ上級大将の名を内務卿は挙げた。

 「今や崩御に備えるかのような鵜の目鷹の目の者達ばかりだ。要注意人物の監視を強化し、必要ならば治安法を適用して拘束できるように」

 内務卿の白い眉がわずかに持ち上がった。

 「予備拘禁までお考えですか」

 「陛下が仮に崩御されたのちだ。恒久的な措置ではない」

 宮宰は強情さを誇示するかのように葉巻を灰皿に押し付けた。

 「御意」

 マルクスは一礼した。禿げ上がった頭頂部と対照的に胸の辺りまで伸びた白髭がユーモラスな対称性を感じさせるこの男は、長らく内務省官僚として地方行政に携わった練達の閣僚であり、ビューロウ内閣の事実上の次席の地位を保持している。

 二人が派閥の看板を打ち立てて政治抗争に勤しんでいるわけではないが、“貴族派”“保守派”“右派”と称される人的結合関係の中枢近くに位置することは間違いない。貴族界や財界、書記官僚を主な支持基盤とし、国家秩序の安寧のためルートヴィヒ皇太子への継承を望む彼らは、中下級貴族や平民らを出身母体とする軍人のような技術官僚(テクノクラート)らが強力な国家指導者としてジギスムント大公を即位させることを求める“革新派”“左派”と非公然の対立関係にあった。


 海軍卿アルニム侯爵コルネリアス上級大将が軍事的な問題において皇帝の下問を受けるということは決して珍しいことではないが、皇太子ルートヴィヒから声がかかるというのはあまり例のあることではない。

 シェーンバウム離宮の一室で文字通り病的な瘦身を安楽椅子に置き、今年五一歳の皇太子は佇立する海軍卿を横目に捉えた。

 「我が娘がどうしてもと言うから、我儘を聞いてやってほしい」

 法治国家においてあり得べからざる公私混同が、専制国家では法を超越する世襲権力の存在により肯定される。アルニムとて絶対君主制の国の水を五十余年に渡って飲み続けてきたから、今更皇太子の言に疑問を抱くこともない。

 「エルヴィン・フォン・クロネッカーを帝都の部隊に転属させてやれないか」

 最近その名前に触れることが多くなったな、とアルニムは思った。

 「殿下のお言葉ながら、かの者は既にイェーガーシュタットの第五海軍高射師団長への転属が決定しております」

 「それを卿の力で止められないか、と聞いている」

 アルニムは躊躇した。エルヴィン・フォン・クロネッカーが中将として百余万の生命を預かる資質を持つには到底値しないと彼は確信している。たとえ勝利を収めたとて、友軍に無用の損害を与えた指揮官を放任すれば、将兵の士気に関わる。

 「“水の間の変”以来陛下や殿下がかの者を重用されていることは存じ上げておりますが、帝都の守りにはより適任の者が他にもおります」

 「ジギスムントの蠢動に対処できるほどの者がか」

 詰問した、と言う口調のものでもなかったが、その一言が内包する意味はアルニムに次発する言葉を慎重に選ばせるのに十分なものだった。

 「クロネッカーが、殿下が信を置くに値するとお考えなのですか」

 皇太子は座る椅子の質素さに不釣り合いな高い天井を仰いだ。

 「長い戦争で軍の権威は必要以上に高まってしまった。軍を抑えるのに武力による抑止力が必要なのなら、それを手にする者は軍隊の水を長く飲みすぎた者であってはならない。そうは思わないか、侯爵」

 「毒を以て毒を制す、と言うことでございますか」

 アルニムにとって既存秩序への挑戦者と言う意味においてはジギスムントの威を借るホルツバウアー参謀総長も、エルヴィン・フォン・クロネッカーも等しく敵対者であった。

 「ことさら露悪的に言えばそうなるのかな」

 「危険と思いますが」

 「それで、聞いてくれるのか、くれないのか」

 アルニムは唇を結んだまま息を吐き、再び口を開いた。

 「……可能です。しかし海軍省として発出した人事を、自ら正当な由なく撤回することは難しく、陛下の勅命を賜りたく」

 「それは私から掛け合おう。勅命なら動くと言うのなら」

 皇帝の命で撤回すると言う正当性を付与しようとするアルニムの発想は、きわめて銀河帝国の高級官僚らしいものである。アルニムは間違いなく、秩序と前例を重視する貴族官僚の典型例(ステレオタイプ)だった。


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