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動揺

 「よかったのですか、このような使い捨て同然の人事」

 海軍参謀本部作戦課長カール・アドルフ・ツー・ホリト少将は目前の老将軍に問うた。

 「野放しにはできん。マグデブルク家の人間が二五歳の若さで中将だぞ」

 海軍卿は重々しく答える。

 「ですが、このまま奴を利用すればオルレアーンス・ドライの制宙権は完全に握ることができたはずです」

 「取引した、ホルツバウアーと」

 平然とアルニムは応じた。

 「取引ですと」

 「奴の子飼いのエッカートを第七師団長に押し込む代わりに、マティアス殿下を第四軍司令官に推した」

 「それは——宜しいことかと思われますが」

 「殿下の存在は彼らへの抑えともなる。これで満足するべきだろう」

 これでいいのだろうか。ホリトは思う。

 確かに二五歳の若さで戦時階級とは言え中将にまで昇進するような男は軍組織の秩序からすれば危険この上ない。経験の浅い者、そして特殊な出自を持つ者に莫大な権力を与える危険性、そうでなくても周囲の反発を招くことを考えればこれ以上成果を挙げる前に更迭する選択は正しい。

 だがこれは将来に禍根を残すことになりはしないか。活躍の結果が更迭ではクロネッカーも浮かばれないだろうし、恨みは相当のものになるに違いない。それにオルレアーンス・ドライで一勝を収めたところでそれがそのまま帝国軍の戦略的な優勢を意味するわけでなく、全戦線では変わらず苦しい状況が続いている。若く有能な将帥をティッシュペーパーのように使い捨てられるほど帝国の人的資源は無尽蔵ではないはずだが。

 だがホリトがアルニム子飼いの一将校という立場に甘んじている限り、彼にそのような決定を覆すほどの力は持ちえない。何よりクロネッカー更迭は海軍卿と参謀総長の“協定”の結果であって、皇帝以外の誰も覆せないだろう。

 アウグスタ・シューラーが何かを求めてくるか。だがホリトとて何か手が打てるわけではない。彼もまた帝国海軍という巨大な官僚組織の末端に過ぎないのだから。


 軍内部の情報を収集し、皇族の判断に資するものを提供するのは侍従武官の役割の一つであり、それはシャルロッテ・ツー・ヴィッツレーヴェン海軍少佐にしても同じことであった。

 「エルヴィン・フォン・クロネッカー中将が第七師団長の職位を更迭されたとのことです」

 ある朝餉の折に告げると、栗色の髪の少女は手に持ったパンを白磁器の皿の上に取り落とした。

 「エルが?どういうこと?説明して」

 「人事官報に記載がありました。今の時点で分かることはそれだけです」

 「何があったの、まさかエルが敗けたってこと?」

 「いえ、仄聞するところではオルレアーンス・ドライの戦いで勝利を収めたと聞いていますが」

 皇女は首を横に振った。

 「どうしてエルが勝ったのにそんな扱いを受けているの?ちゃんと調べて、ロッテ!」

 「畏まりました。エリザヴェート様」

 綺麗に整えられた長く黒い髪に彩られた頭をシャルロッテは下げた。


 帝都ケーニヒスシュタット近郊、短い夏を迎え青々と草木が地表を覆う広大なマグデブルク家の荘園に佇む宮殿そのものの豪邸の一室。

 「エルヴィンがな、左遷されるそうだ」

 マグデブルク公爵令息ヨーゼフは今や一人だけの兄妹に向けて言った。

 「そうなのですか」

 兄にとって意外なほどに、ヴィルヘルミナ・ツー・マグデブルクは何ら反応を示さなかった。

 「あいつも馬鹿だな。この家と縁を切っていなければ、そんな憂き目に遭わずとも済んだのに」

 「家門よりもっと大きなものを追い求めたのでしょう」

 山の深奥の清流のような淀みなき声で、ヴィルヘルミナは放言した。

 「お前がどれだけ嫌がろうが、あの坊やの妻になるのは変わらないし、その先皇后として帝室に列することも決まっている」

 「兄上が外戚として権力を握るためにね」

 声調に感情を乗せない話し方は、ヴィルヘルミナの先天的な才か後天的に身に着けた技術か、兄には見当もつかないし斟酌するようなところでもない。

 「コンラートだって顔は悪くないんだから別にいいじゃないか」

 「私が嫁いだところで、ジギスムント殿下がいつまでも皇帝になれなければどうするのですか。ただ単に大公家との絆を深めるだけ?」

 ヨーゼフは鼻で笑う。

 「なるさ。国民も軍もそれを求める」

 「長子相続の帝国でどうなさるの」

 「覚えの悪い奴だな」

 蔑視を隠そうともせず長兄は吐き捨てた。

 「皇太子に相続放棄をさせればいい。やりようはいくらでもある」

 「それを皇太子殿下が拒否なされば」

 「どうだろうな。軍が勝手に蜂起するかもしれない」

 クーデター、と言う言葉をヨーゼフは用いなかったが、ジギスムント派が武力による権力奪取を可能性の一つとして考慮に入れていることは疑いなかった。

 「じゃあ大逆罪になるかもしれないってことだ」

 刺突するような一言を軽々と投げつけ、ヴィルヘルミナは椅子を立った。兄の言い訳など興味はなく、単にその認識一つがあればいい。

 普段誰にも見せることのない、蝶の羽ばたきを思わせるステップで階段を駆け上がる。自室の扉を閉めると、机に向かってペンと一片の紙を手に取った。

 兄様に教えてあげなくちゃ。大公たちはクーデターを目論んでるって。


 銀河連邦元老院(Senate)議長ジェームズ・ウィリアムソンはいくつかの呼び出しを行った。

 連邦議会議場を見下ろすようにそびえる議長官邸フェデラルパレス。窓の外には首都ニューフィラデルフィアの摩天楼が広がっている。

 「オーリンズⅢの敗北は予想外でした。ショックレー少将には十分な戦力があった」

 統合参謀本部議長ハリー・ハント大将の角ばった顔は、いつも以上に凝り固まって見える。

 「今やオーリンズ星系は帝国軍の制宙権下にあります。当然帝国軍は地上支援の物資や増援を搬入し続けるでしょう」

 「そうか」

 ウィリアムソンは決して周波数の乱調を感じさせない声で答えた。きびきびと動き回るリーダーというよりも、泰然と構えて周囲の人間の意見の調整役に徹する議事進行役に見える。

 「現在航海中の全艦隊を投入すれば奪還はできます。しかしそれは帝国軍主力艦隊との決戦を避けられないものにしますし、勝っても負けてもその後全戦線における兵力不足は避けられません」

 「敵の指揮官は倍するショックレーの分艦隊に勝利した。まぐれだと思いたいが」

 七人の国防参議の一人、リゲル州選出のマリオ・ヴェネッティ下院(代議院)議員の懸念に、議長は即時に彼の視界内に広がるように座る者たちの一人に顔を向けた。

 「ボビー、敵の指揮官は分かったのか」

 ロバート・ホプキンス連邦情報庁長官が手元のデータパッドを操作した。

 「オーリンズ侵攻を担当した帝国軍第七師団の指揮官はアーウィン・フォン・クローネカー中将、二五歳の司令官です」

 「二五歳ですって?」

 シリウス州出身の国防参議アケミ・カノウ下院議員が席から腰を浮かしかけた。

 「それだけの若さの人間を登用するなんて、帝国の人事制度はどれだけ柔軟に運用されているの?」

 「どうせ皇族か公爵の子息ではないのか」

 軽口を叩いたのはソル州選出のアンリ・ド・ダルラン下院議員である。

 「彼自身の身分は無爵位貴族ですが、生まれはマグデブルク家です」

 ホプキンス長官が黒縁の眼鏡をつまみながら答えた。

 「やはり高級貴族か。私などより遥かに優秀らしい」

 諧謔的な言い草に周囲から低い笑いが漏れたのはこのベテルギウス八区選出の若い国防参議ネヴィル・イーデン下院議員が父の選挙地盤を受け継いだ典型的な世襲議員であることを皆が承知しているからである。

 「問題は我々の脅威となり得る指揮官が二五歳の若さで中将の地位にあり、さらに実力さえあれば門閥に関わりなく抜擢する風土が帝国に醸成されていることです」

 カノウ議員が鉱物的な口調で言い放つ。

 「対抗して我々はフォン・ブラウン(宇宙軍兵学校)の首席卒業生を少将に任官させるようにしようか」

 ダルラン議員の過ぎた軽口を咎める声が上がり、ダルランは唇を結んで肩をすくめた。

 「彼を失脚させる、ないし暗殺することはできないのか」

 「それを準備するコストと労力で千ダースの戦艦が建造できるでしょうね」

 ヴェネッティ議員の言にホプキンス長官が言い返す。

 「一昨年の斬首作戦の失敗のために帝国内に張り巡らせた諜報網は壊滅的損害を受けました。一朝一夕に回復させられるものではありません」

 「我々にできるのは彼が出現した戦いにより多数の兵力を集中することだけです」

 ハント大将の返答は厳格な軍人の物言いである。

 「議長閣下はどのようにお考えですか」

 カノウ議員が問うた。

 「二五歳の若さというのは脅威だが、帝国では彼を英雄視する者と反発する者で二極化すると考えるのが筋ではないかな」

 ウィリアムソン元老院議長が口を開くのは実に二分ぶりである。

 「要注意標的として気を配る必要はあるが、時として国家に必要なのは生きた英雄よりも死んだ英雄ということもある」

 「FIA(連邦情報庁)に命じて情報収集に努めます」

 ホプキンス長官が話の結論を促すかのように言う。

 「ですが、世論は敗北に敏感です。今朝のホロニュースをご覧になったでしょう」

 「世論とは着火剤のようなものだ。短くよく燃えて、あっという間に消える」

 カノウの詰問はウィリアムソンにはさほど響かなかったようだ。

 「プレスへの対応はピエールに」

 議長首席補佐官のセルゲイ・ウラジーミロヴィチ・ナボコフが横槍を入れた。

 「そうしてくれ。さて——」

 ウィリアムソンはおもむろに席を立った。

 「エリウス国王が待っている」

 一座の人間が一斉に立ち上がり、左程早くもない足取りで退出する元老院議長を見送る。その動作において精力的とは言い難い後ろ姿の議長をスライド式の扉が隠すと、室内では会話の泡がはじけ始めた。

 カノウ議員はそそくさと荷物を纏め始めた制服組最高位の軍人へと近寄った。

 「オーリンズⅢの処置について、結論は出なかったわね」

 「いつものことだ。慣れている」

 宇宙軍将校の黒色の正装に身を包み、ハント大将はややぶっきらぼうに言い放った。

 「でも国家元首も国防参議会も軍事命令を下せないとなると、統合参謀本部としても処置に困るんじゃないの」

 ハントは鞄を手に歩き出し、カノウがその後に続く。

 「我々の職務は政府首脳に助言し、その命令を遂行するのみだ」

 「現在の元老院議長の指導力に疑問を感じるのなら、今日の場でもそれを言えばいい。私だって国防参議会の一員なのだから、サポートできる」

 大将は蒼い瞳で自分より二十歳年少の議員を一瞥したが、すぐに視線を真正面に戻した。

 「申し上げた通りだ。私は政治に携わるつもりはない」

 「そう、軍人さんってお(かた)いのね」

 つんとした口調でカノウは言い放ち、ハントがエレベーターホールへと消えていくのを見守った。


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