オルレアーンスの戦い・Ⅴ
一瞬の間を置いて参謀たちが機械的に動き始めた。
「レーザー回線接続!」
「取舵一杯!」
アウグスタがエルヴィンを一瞥した。
「輸送艦は?」
「何隻かは沈むかもな」
それ以上は語らず、エルヴィンは戦術テーブルの一点を指した。
「左舷方向の敵艦隊に突撃。奴らを粉砕しろ!」
そう言われて初めて、参謀たちは司令官の意図を理解した。
速力差が、ここで連邦軍に牙を剥いた。
連邦軍の戦艦部隊は置き去りにされ、巡洋艦と駆逐艦も互いに離れている。今この瞬間だけ、エルヴィンは左舷から回り込む駆逐艦部隊に対して局所的優勢を得ていた。
左三点回頭であればほぼ最大速力を出している帝国軍は減速せず迅速に回頭できる。帝国軍の主砲はエネルギーの再装填、砲身内の強制冷却の速度を高め、装填時間を短縮するために威力を縮小し、敵小型艦を相手にするのに向いている。敵駆逐艦に対しては強力な打撃力となる。
エルヴィンは命令違反で突出した第五戦列竜騎兵旅団に敵が誘引されたことを逆用し、敵の兵力を可能な限り分散させた上で各個撃破戦法に出た。彼の至上目的は輸送作戦の成功ではなく、敵艦隊撃破であった。
「全艦全火器使用自由!三十分で敵を壊滅させろ!」
エルヴィンの叱咤はやや非現実的だったが、長きに渡る鬱屈を強いられてきた帝国軍将兵にとって、またとない反撃の機会には十二分な追い風だった。
「師団各艦へ伝達。全砲門開け!」
参謀長が即時に命令として伝達させる。
「本艦も砲撃してよろしいですか」
艦長ミュラー少佐がエルヴィンを見て問うた。小さく頷いてエルヴィンは許可を示す。敬礼して艦長は砲術長に向き直った。
「主砲、全門射撃戦用意!」
「了解!主砲全門開け」
「試し撃ち方用意!」
「測距儀よりデータリンク」
「重力スタビライザー起動」
「方位一八一-〇一」
「距離六〇。測的よし」
「射撃準備よし」
「試し撃ち方始め!」
「撃て!」
無音のままに中性粒子砲が発射された。撃ち出された粒子ビームが虚空を飛翔し、緑色の光弾となって連邦軍の主力艦隊に襲い掛かる。そのほとんどは虚空に吸い込まれていったが、数発が命中して数隻が爆発炎上した。
「初弾命中確認できず。修正目標〇〇-マイナス〇・二」
「戦列槍騎兵旅団、全艦突撃!」
帝国軍は持てる全ての兵装を動員して反攻に転じた。連邦軍の駆逐艦部隊は単独で後方から敵に撃たれまくる格好となった。宇宙海戦において強力な主砲を備えた宇宙戦艦の火力は絶対的な戦場の支配者である。数において劣る敵駆逐艦部隊に帝国軍は戦列艦の主砲火力全てを叩きつけた。
連邦軍駆逐艦部隊は反転をしようにも角度的に急激な減速を要し、巡洋艦部隊もすぐには救援に駆け付けられない。速力を保ったままに態勢を整えるために、後背を敵に晒しながら遁走する他なかった。
「何というざまだ!」
ショックレーは戦況を呪ったが、彼の率いる戦艦部隊は戦場まで時間がかかる。巡洋艦部隊も未だ敵を射程に収めていない。戦艦、巡洋艦の艦砲の支援なしに単独で迂回した快速艦は帝国軍の総反撃を前に一隻また一隻と撃沈されていった。敵を後方から一方的に射撃する帝国軍の損害は少ない。
速力差で分断され、火力差によって破砕される。連邦軍はエルヴィンの即興の罠に嵌まった。部下の抗命という想定外の事態を、エルヴィンは逆に利用したのである。
ショックレーは不利を悟った。彼に限らず幕僚たち皆が帝国軍に主導権が渡ったことを認めざるを得なかっただろう。連邦軍は敵の目的を見抜けなかった。輸送作戦を阻止することに意識が向き、兵力劣勢の帝国軍を相手に兵力を分散して自ら数的劣勢を作り出していた。
「迂回部隊、損耗率五〇パーセントを超えました」
単純な隻数で倍近い帝国軍の局所的優位を前に連邦軍の駆逐艦部隊は瞬く間に瓦解した。熱源デコイで欺瞞しようにも光学観測可能距離内に入った帝国軍の射撃精度は高く、七面鳥撃ちのように駆逐艦が刈り取られていく。
「敵駆逐艦は組織的戦闘力を喪失したな」
エルヴィンの見立ては参謀の誰にも諮らず彼一人の勘に等しい。だが彼自身の皮膚感覚においては直接は見えていない戦場の空気感を体感することができるようだった。それが彼の精神と宇宙戦争との親和性の高さであろうが、エルヴィン以外の余人がそれを悟ることはできない。
「次は後背の敵を叩く。全艦反転、一斉転舵!」
艦種が異なる艦隊を一斉に転舵させるというのは並大抵の容易さではない。だがこの時は帝国軍もまた速力によって各部隊の距離が空き、左程の混乱なく回頭を開始した。
「これで後方の敵巡洋艦に背後を襲われます」
回頭すれば自然と敵に追いつかれる。回頭中というのは最も艦隊が敵の攻撃に対し弱体化する瞬間であり、敵前回頭というのは兵法の愚策中の愚策として扱われていた。
だがエルヴィンの策は既存の戦術に当てはまるものではない。彼の感覚においてはこの敵前回頭は敗北でなく勝利への道筋を啓くはずだった。
「背後に構うな。速力を落とさず回頭を続けろ」
反転が終わるまでに百隻以上が戦列から脱落した。それでも命令は撤回されなかった。そして帝国軍艦隊が大回りの回頭を終えた時、連邦軍の戦艦部隊が単独で彼らの正面にいた。まるで示し合わせたかのように敵戦艦群は主砲の射程圏内に入った。それがエルヴィンの即席の方程式の解であった。
「敵艦隊が反転、加速!我が隊に向かってきます!」
「どうしてこうも都合よく反転してきた!」
帝国軍の主力が一斉転舵してきた。この時ショックレーが掌握している駆逐艦は一隻もいない。駆逐艦部隊は駆けつける途上にあった。一個任務部隊が離れた今、その数的優勢は失われていた。敵魚雷の攻撃に対して対空防御や近接戦闘の要となる駆逐艦なしに連邦軍は帝国軍主力との決戦を強要された。
「目標敵戦艦!全艦全速、突撃!」
「第五戦列竜騎兵旅団の仇討だ!」
経緯を考えれば倒錯した扇動ではあったが、帝国軍にとって友軍の復仇戦であることに違いはない。
戦列艦が主砲を撃ちまくりながら旗艦ケーニヒに続いて連邦軍艦隊に突っ込んでいく。戦列艦より快速の海防艦は帝国軍の前衛に立ち、全ての亜光速魚雷を惜しみなく発射し始めた。
連邦軍は各部隊の距離が明らかに開きすぎていた。巡洋艦に追われながら反転した帝国軍は位置関係的に連邦軍戦艦群に向けて間に邪魔するものなく突撃できる態勢にあった。
帝国軍の主力の突撃を真正面から受けた連邦軍戦艦群は、今や数刻前の帝国軍第五戦列竜騎兵旅団の悲劇を、被害規模を数倍して被ることとなった。
宇宙戦艦は少々の被弾をものともしない重厚な装甲で防御している。だが繰り返し被弾すれば艦が機能不全に陥ることは当然で、放熱フィンは剝き出しの状態で露出しており、帝国軍の攻撃を前に損害が積み重なっていった。
「”ミナスジェライス”被弾!戦列を離れる!」
「“ヒュウガ”通信途絶!」
「第一三四戦艦戦隊全滅!」
連邦軍の数的優位はもはやなく、作戦でも負け、主導権は明らかに帝国軍の側にある。まことに非論理的ながら戦場を覆う“気”というものは戦艦の数とか主砲の口径などというデータの外側にあり、勢いというものが一度片方の手に渡れば、それを取り戻すのは容易ではない。それは戦場に立った者なら肌で感じ取るものであり、戦場に出ない参謀本部の将校たちが計算できない要素であった。
ショックレーは撤退すら考え始めていた。旗艦ネヴァダも敵の射程圏内にあり、このまま帝国軍の突破を真正面から受け止めていては被弾し轟沈の恐れもある。それ以上に自分の持ち駒である艦隊をここで擦り減らす選択も採りたくはなかった。
「接近砲戦となれば速力と速射性に優れた敵艦の方が優位です!直ちに反転して退避すべきでは」
「駆逐艦部隊を呼び戻して対処すべきだ!」
「敵の軽艦艇部隊に動きを止められています!引き抜けません!」
ショックレーに限らず司令部全体が恐慌状態に陥っている。
「“カントン”轟沈!」
眩い閃光が艦橋スクリーンに一瞬だけ差し込んだ。ネヴァダのすぐ近傍を続航していた戦艦が爆沈したのである。帝国軍の火箭は旗艦にも迫っていた。
「このまま接近を許せば不利だ!取舵を取って敵と距離を取れ!」
ショックレーはそう命じたが、明らかに遅きに失していた。
既に実体弾の有効射程圏まで帝国軍艦艇に接近された状態で、相対的に低速のフォレスタル級が単体で逃げ出すことができるわけがない。
連邦軍司令部が判断に逡巡する間にも帝国軍艦隊は勝利を目指して邁進している。ショックレーの本隊に猛火を浴びせかけ、連邦軍艦は次々と戦列から落伍していった。
この状況に鑑みショックレーは決断を下す。
「全艦隊を呼び戻し、現宙域より撤退しろ」
「しかし、敵にオーリンズⅢへの補給を許すことになりますが」
デンプシー代将の言にショックレーは目を細めた。
「このまま戦っていても損失が増すだけだ。敵の補給を阻止することもできはしない」
二人の間で数秒の沈黙が流れた後、参謀長は首肯した。
「艦隊に撤退を命じます」
連邦軍は撤退を開始する。帝国軍も数的劣勢の中での攻撃はここが限界であり、敵の後退に合わせて追撃を切り上げた。
こうして第七次オルレアーンス海戦は終結する。
双方共に敵艦隊の撃破を目指した海戦で、損失は膨大であった。特に勝利した帝国軍にあって重戦列艦の半数を撃沈されたというのは並の損害ではない。エルヴィンは落伍艦を見捨てる命令を下しており、護衛を付けて撤退させていれば助かっただろう貴重な戦列艦を二〇〇隻以上その命令ひとつのために損失している。また第五戦列竜騎兵旅団は連邦軍の大軍を誘引する功績を挙げたものの、一隻残らず撃沈され全滅した。
「勝ったからよかったがこのような戦い方がいつまでもできるはずがない」
旅団長の一人、ネーリング少将は参謀長を相手に言った。
「彼らが率いる限り、このような戦いを続けていくのか」
ネーリングは参謀長が示したホログラムに映し出された被害状況を見て目を細めた。
戦闘は帝国軍の逆転勝利という形で幕を閉じ、連邦軍艦隊の一八七五隻が撃沈し、二〇一三隻を修理のために戦線から外す他ない。後送を含めて四割の損害を与えたことになる。また連邦軍が撤退したことで帝国軍はオルレアーンス・ドライへの補給という戦略目標も達成し、数に勝る敵艦隊から制宙権を奪取して輸送作戦を成功させる戦略的な勝利を挙げた。
「参謀本部と彼らと、正しいのはどちらなのだろうな」
「成功させると言った。この一勝の価値は大きい」
オルレアーンス・ドライへの針路を取る旗艦ケーニヒの艦橋で瞬く星々に背を向けてエルヴィンは両手を広げた。
「信じてた——っていうのは嘘になるね。でも多くの犠牲を出した」
アウグスタはデータパッドを差し出した。損失艦と損傷のため後送すべき艦のリストが表示されている。帝国軍もまた一七八四隻が撃沈、一二三五隻が損傷した。一個戦列竜騎兵旅団がその司令部を含めて消滅した。戦線離脱艦の内轟沈によるものは六割に上り、この割合は尋常なものではない。落伍艦を敵の追跡部隊の砲火に委ねるエルヴィンの冷酷極まりない指令は、友軍の血を以て贖われた。二人の背後では参謀たちが損害の集計と、友軍の生存者救出のための指示を下している。
「損傷艦は残置させる。準備が整い次第隣の星系まで敵を追撃するぞ」
参謀たちに向き直り、エルヴィンは声をかけた。参謀たちの応答は鈍い。アウグスタは側に寄って耳元に語り掛けた。
「ねぇ、今それを言う?」
エルヴィンは答えなかった。やっぱり後ろとか足元とかを見る気はないのかな。
それゆえに、軍上層部は彼を危険と判断したのだろうか。それともマグデブルク家の一員だから?とにかくエルヴィンが地歩を固めることを望まない勢力が帝国の中に存在することは疑いようもない事実だった。それをエルヴィンは自覚しているのか。
「あの命令違反、レネンカンプ少将が単独でやったことだと思う?」
「違うな」
一言でエルヴィンは否定し、アウグスタの口が小さく開いた。
「間諜だか裏切りだか知らないが、いきなり俺を中将に昇進させ、指揮権を与えてきた。俺を排除したい勢力の存在くらいは想像できる」
だから作戦計画を自分一人の脳裏に留め置いていたのか、それとも単に話すのが面倒だったのか。もしかしたら両方かもしれない。
エルヴィンはさらに傷ついた敵を追撃し、二度とオルレアーンス・ドライの軌道上に足を踏み入れさせないための計画を練り始めていた。だがそれはあまりに想定外の一撃によって破綻することとなる。
更迭だった。




