オルレアーンスの戦い・Ⅳ
「狂犬め、我らを見捨てるつもりか!」
レネンカンプ少将は驚愕した。彼の独断専行を参謀本部は救ってくれると確約してくれたが、彼が今恐れないといけないのは銃殺隊の小銃ではなく連邦軍の中性粒子砲の砲列であった。
「敵艦発砲!」
第五戦列竜騎兵旅団単体から見れば五倍近い数の敵戦艦が一斉に砲門を開いた。右舷前方から光の矢の嵐が殺到する。
「撃ち返せ!取舵一杯!」
圧力を避けるため第五戦列竜騎兵旅団は左に変針する。わずか千隻程度の第五戦列竜騎兵旅団を三二〇〇隻の連邦軍第三四一任務部隊が攻撃する格好となった。その他の連邦軍は変針し逃避する帝国軍本隊を追跡する。
「閣下、意図をご説明ください」
作戦主任参謀ケッセルリンク中佐がエルヴィンに問うた。今や第五戦列竜騎兵旅団は敵中にあり、帝国軍はみすみす貴重な重戦列艦を捨てて撤退しつつある。加えて補給物資を積載した高速輸送艦はザクセン級よりも低速で、敵が巡洋艦や駆逐艦を分離させてくれば追撃を受けて艦隊より先に船団が壊滅することは疑いない。
例え第五戦列竜騎兵旅団を犠牲にしても敵本隊が追撃してくる中では追撃から逃れられる見込みもない。
「敵は兵力を分散した。それでいい」
先程と異なり動揺を欠片ほども感じさせず、エルヴィンは鷹揚と言い放った。
「しかしこれでは第五戦列竜騎兵旅団を無為に犠牲にしたのみですが——」
「ここから先は機動戦になる。放熱機構の破損その他の理由で減速した船は例え嚮導艦でも見捨てて速力を保ち続けろ」
ケッセルリンクの問いを無視して淡々と発された非情な命令に、数人の口が半開きになった。
「しかし、それでは——」
「一隻の犠牲に全軍が構うのは無駄だ。損傷艦は各個の判断で離脱させろ。鹵獲の恐れがある場合は自沈も許可する」
反論の声が方々から噴出したが、エルヴィンは傲然とそれを打ち返した。
「命令を伝達しろ!」
下した命令の壮烈さすら薄れるほどに強い意志をエルヴィンの真紅の瞳が光として放っていた。その一喝に、反論の声が途切れた。
積極的に命令を受容した者は皆無であったが、ともかく通信参謀の手で書き起こされた電文で司令官の指示はレーザー光通信を通じて師団各艦へと通達された。
「損傷艦を見捨てろだと」
驚愕した麾下旅団長や艦長がほぼ全員だった。損傷、落伍した船を見捨てれば、本来なら救えた艦を失うばかりか乗員の救助すら行えない。先ほどからエルヴィンが出す指令は全て友軍を無為に犠牲にするようなものばかりだった。
「全艦左二点回頭。嚮導艦より順次転舵」
それはエルヴィンの作戦が単に逃げるに留まらないことを示すものだった。遁走するだけならばオルレアーンス・ドライへと向かう航路を設定する必要はない。彼はあくまで輸送作戦を成功させる腹づもりだった。
第五戦列竜騎兵旅団を置いて帝国軍本隊は輸送艦の速力に合わせて進撃する。その推力において帝国軍は連邦軍のフォレスタル級宇宙戦艦に勝り、連邦軍は帝国軍を射程に収められないまま距離を離されていった。そして彼らが向かう先には惑星|オルレアーンス・ドライ《オーリンズⅢ》がある。
「どう考える、参謀長」
司令官に問われた第三四分艦隊参謀長デンプシー代将は戦術テーブルを示した。
「敵本隊は突出した友軍を見捨て、オーリンズⅢへの針路を取りました。本艦の速力では敵艦に追いつくことはできません」
フォレスタル級の最大速力の低さは帝国軍が決戦を求めず逃げに徹している今は致命的な弱点であった。だが戦術レベルでは不利とも言い切れない。
「快速の駆逐艦を迂回させ魚雷攻撃で敵の頭を塞ぎ、巡洋艦部隊で背後から攻撃することで敵の消耗を強要できます。敵の行き足を塞げば我が戦艦群が追いつけるでしょう」
「敵がオーリンズⅢに到達してからでは遅い。ここで叩くほかないか」
デンプシーは首肯し、ショックレーは作戦参謀を呼んだ。
「快速艦を切り離せ。敵の前方に回らせろ」
この命令を受けて快速の巡洋艦と駆逐艦が本隊の戦艦部隊から分離された。低速のフォレスタル級戦艦を置いていくことで確実に帝国軍に到達しようとしたのである。
二時間後、帝国軍第五戦列竜騎兵旅団は壊滅的被害を受けていた。交戦開始時千隻を数えた戦列艦は第三四一任務部隊の猛攻を受け僅か二一〇隻を残すばかりとなり、それも連邦軍駆逐艦部隊の追撃を受け全滅しようとしている。
旅団長レネンカンプ少将は見捨てられた怨嗟を絶叫し、旗艦と運命を共にした。
一方連邦軍本隊から分離されて帝国軍を追う快速艦部隊は帝国軍の前方に回りこみ包囲しつつあった。二手に分かれた駆逐艦が戦場を迂回しつつその快速を活かして敵前方に回り、背後から続く巡洋艦群と共に挟撃する姿勢を取ろうとする。
この間に最大速力を出していた数隻が機関不調で速力を落としたがエルヴィンは無視した。彼らは追撃してきた連邦軍巡洋艦の集中砲火で瞬く間に撃沈されたが、司令部要員が護衛に海防艦を派遣することを進言しても一切無視して落伍艦を見捨てた。
誰もがエルヴィンの作戦指揮を疑い始めていた。敵に損害をほとんど与えられぬまま、千隻以上もの重戦列艦を失った。助ける方策があったはずの味方を、エルヴィンは眉一つ動かすことなく敵の砲火に晒して見捨てていく。
このまま例え生きて帰っても、エルヴィンの地位は無事では済まない。それを参謀たちが確信しはじめた時、
「両舷全速!左三点一斉回頭!正面砲戦用意!」
ここ十分の間戦術テーブルを凝視していたエルヴィンが突如声を張り上げた。




