第五章:魂の接吻(ゴースト・キス)
コハクが、一歩、さらに踏み込んできた。
アバターの顔と顔が、重なる。
視界のすべてが、彼女の纏う白いドレスの光と、綺麗な髪のグラフィックで埋め尽くされる。
それは、システム的には単なる「クリッピング」と呼ばれる現象だ。三次元モデル同士が衝突し、互いの内部が透過してしまっているだけの、バグに近い状態。
しかし、僕たちにとって、それは全く異なる意味を持っていた。
「ハルト……目を閉じて」
コハクの囁きが、両耳のイヤホンから同時に響く。立体音響のプログラミングが、まるで彼女が僕の耳元で直接息を吹きかけたかのような錯覚を生み出す。
僕は静かに、現実の目を閉じた。
暗闇の中で、五感が研ぎ澄まされていく。
部屋の寒さも、缶コーヒーの冷たさも、深夜のトラックの音も、すべてが遠ざかっていく。
物理的な唇は触れ合っていない。
肉体の感覚としての、皮膚の温もりや、柔らかさはそこには存在しない。
なのに。
僕の胸の奥、心臓のいちばん深い場所が、爆発しそうなほどの熱量で満たされていく。
それは、言葉という光を媒介にして、互いの孤独を曝け出し、受け入れ合ったからこそ訪れた奇跡だった。
偽りのない、剥き出しの心と心が、アバターという電子の衣を突き抜けて、最深部でピタリと重なり合っている。
これこそが、本当のKISSだ。
互いの肉体という殻に邪魔されることなく、魂そのものが境界線を失って、一つに溶け合うような感覚。世界でいちばん純粋で、いちばん満たされた、心の温もり。
「ハルト……大好きだよ」
コハクの言葉が、僕の精神の深部に直接書き込まれていく。
「僕もだよ、コハク。君を愛してる」
どれほどの時間が経っただろう。
僕たちは、そのカタチのない抱擁の中で、静かに同じ温度を分け合っていた。




