表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/45

43 邪神

姫ちゃん視点です


「こいつは……邪神そのものだ」 

「そういう言い方はやめろ」


 冬十郎が大男をぎろりと睨む。


「だがそうとしか言えないだろう?」


「あのぉ、姫ちゃん?」


 清香が瞬きしてわたしを覗き込んだ。


「あのね、殺すとかそういう怖いことを、まるでおやつについて話すみたいに、そんな軽い口調で言うのはどうなのかな」


 どうなのかと言われても、何を言いたいのか意味が分からない。

 首を傾げると、大男の大きな手がわたしの肩をがしりとつかんだ。


「おいお姫さん、簡単に殺せると言ったな。具体的にどう簡単なんだ?」

「離せ」


 冬十郎が大男の手を払いのける。


「冬十郎……!」

「姫に触れるな」

「そんなことを言っている場合か!」

「分かっている。だが姫に対する乱暴は許せぬ」


 大男は叫びたいのを堪えるように、わなわなとする両手で見えないものを握りつぶすように宙で固く握りしめた。


「姫」


 冬十郎がわたしの肩にそっと手を置く。


「私も知りたい。簡単に殺せるとはどういうことだ」

「えっと、眠らせるのと同じです。歌う時に声に力を乗せるだけです。どのくらいの力を加えるのかで、いつ死ぬのかも調整できると思います」

「いつ死ぬか?」

「はい、その場ですぐに死なせるのか、三日後くらいに死なせるのか」

「そんなことまで……?」


 驚いている冬十郎にわたしはニコッと笑いかける。

 この力が冬十郎の役に立つなら嬉しい。


「今日の朝も、先代様がなかなか眠らなかったから、どんどん力を強くしていったんです。そうしたら、他の人達の呼吸が浅くなっていったので、もうちょっとで死んじゃうと分かりました。ちゃんとギリギリのところで歌うのをやめたのに、先代様が怒って刀を投げつけてきて……。でも、結局は先代様も眠りました。わたし、あの時にコツをつかんだんです。これからいっぱい練習すれば、きっと一時間後に死ぬとか一年後に死ぬとか、時間を自由自在に操れるようにな……」

「もういい。もう話すな」


 冬十郎が蒼ざめた顔でわたしの口に触れた。


「これは……」


 大男の喉ぼとけがゴクリと動く。


「こいつは男どもを色に狂わせるだけの清姫の比ではないな……本物の化け物だ」


 と、ひきつった顔で怯えるようにわたしを見た。


「清姫? さっきもそんなことを言っていたわよね。私の母親がどうかしたの?」


 清香が葵を睨む。

 だが今、それを説明する人はいない。

 みんな余裕のない顔をして、私を見下ろしている。


「恭介、姫を化け物と呼ぶな」

「化け物以外に何と呼ぶ。死神か? 悪魔か?」

「やめろ」

「冬十郎、お前も十分に分かっただろう。この化け物の声は録音したものでも同じ効力を持つのだぞ。歌声のみで人を殺せるのなら、それがどれほどの脅威になるか、簡単に想像できるだろ?」

「お前の言いたいことは分かるが、だが」

「例えば公共の電波でその歌を流しただけで、聞いた者すべてを死に至らしめることも可能だ。運転をしているものも、機械を操作しているものも、医療に携わっているものも……政治家だろうが、労働者だろうが、身分も年齢も性別も関係ない…………」


 まるでお芝居みたいに大げさに間を置いて、大男は脅かすように宣言した。


「それは使いようによっては、世界をひっくり返す力になる」


 そしてゆっくりと私を指差した。


「こいつは邪神だ。歌声ひとつで、世界を滅ぼす」


 みんな真っ青な顔をしていて、わたしを怖い顔でじっと見てくる。

 不安になって冬十郎の方へ手を伸ばすと、反射的に引き寄せられた。温かい手が、肩や髪を撫でてくれる。


「冬十郎様……何か、怖い……」


 肩に置かれている冬十郎の手に、ぎゅっと力が入る。。


「大丈夫だ、わたしがいる。怖くない。何も怖くない」

「何が怖くないだ。怖いのはこっちだろうが……。そこのお姫さんは危険すぎる。一般常識が無さすぎて、人殺しにもまったく忌避感が無い。まるで虫の羽をむしり取る子供みたいに、罪悪感も何も無いじゃないか」

「姫はむやみに人を殺したりはしない」

「あんたがその邪神の人身御供になればな……荒ぶる神を鎮めるための、生贄だ」

「自分を姫の犠牲だと思ったことは一度も無い」

「だが冬十郎……!」


大男が唸る様にその名前を呼んだ。


「分かっている」


 冬十郎が絞り出すように声を出す。


「あんたなら制御できるんだな?」

「できるとも」


 冬十郎は抱きしめていた腕を緩め、わたしを見下ろした。


「姫……」


 刹那、ヒュンと光が煌めき、冬十郎の喉元に刀の切っ先が突き付けられた。

 葵だった。


「姫様に、何をするつもりだ」


 葵の体からピリピリと肌を刺すような殺気を感じる。


「葵! やめて!」


 びっくりして叫んでも、葵は刀を引かず、泣きそうな顔でわたしを見た。


「姫様、逃げよう。姫様が望むなら、どこまででも連れて行くから」

「何言ってるの? どうして逃げるの?」

「どうしてって……姫様の力は予想をはるかに超えてたんだ。危険すぎる力は排除されるか封じられるか、いずれにしても姫様はこの男に……」

「わたし、冬十郎様になら、つながれても閉じ込められてもいいよ。何度もそう言っているのに」

「でも、姫様……!」

「歌を歌えなくなってもか」


 冬十郎が静かに問いかけた。


「歌なんてどうでもいいです。わたしの望みは冬十郎様だけ……」

「どうしてだ姫様!? 何でこんなのがいいんだよ! この男は決して姫様を幸せにはしない! ほんとの意味で守ってはくれない!」


 冬十郎は一瞬、とても苦しそうに唇を歪めた。 


「とうじゅ……」

「姫、お前の犬を黙らせろ」


 わたしから目をそらして、そう吐き捨てた。

 冬十郎らしくない口調だったが、わたしは葵に命じた。


「葵、刀をしまって。あっちに座っていて」

「姫様」

「葵はわたしの犬なんでしょう? ならわたしの言うことを聞いてよ」


 葵はぐっと唇をかみ、刀を収めて横に正座した。


「え、え、犬ってなに? どういうこと? あなた、里の人よね? どうして姫ちゃんの命令をきくの?」


 清香が騒々しく声を上げたが、誰もその問いには答えなかった。


 冬十郎はソファから降りて、わたしの前に片足をついて目の高さを合わせた。


「姫、わたしの言うことがきけるな」

「はい、何でも言うことを聞きます」

「何があっても、誰一人として、殺してはならぬ」

「はい、何があっても殺したりしません」

「今後はわたしの許可なく歌を歌うな」

「はい、冬十郎様の許可なく、歌を歌いません」

「……姫は、本当にいい子だ……」


 そう言いながらも、冬十郎は悲しそうに目を伏せた。


「恭介……これで、納得できるか」


 大男は喉の奥で唸った。


「お姫さんは本気で誓っているんだろうが、所詮は子供の口約束にすぎないからな。鬼童一族を説得するには弱い……。もうちょっと確実な手段を考えないと」

「そうか……」


 冬十郎の声は泣いているかのように、少し震えていた。

 何度か深く息を吸って、苦痛に耐えるように声を絞り出した。


「では……喉をつぶす薬と、つないで置くための檻と鎖を用意してくれ」


 大男が目を剥いて、驚愕したように冬十郎に顔を向ける。


「本気か、冬十郎」

「ああ……」


 冬十郎の指先が震えているのが見える。

 わたしが視線に気付いたのか、冬十郎はぐっと拳を握って震えを止めた。


「ちょ、ちょっと待って、ダメよ! そんなことしちゃダメ! 姫ちゃんは素直にしているじゃないの。可哀想なことしないでちょうだい!」


 清香の悲鳴のような声の中、葵は黙って冬十郎を睨みつけていた。強く噛んだのか、口の端に血が滲んでいる。


「ねぇお願い、冬十郎、恭介……! こんなひ弱そうな子にひどいことしないで。姫ちゃんはただの人間と同じで、あまり長く生きるものではないでしょう? あとたったの数十年よ。短い寿命を全うするまで、おかしな方向へ迷わないように見守ってあげるだけでいいじゃないの……!」

「しかしな……何もしないで放って置くわけにも……」


 縋りつくように迫る清香に対して、大男はたじたじという様に困った顔をしている。


 冬十郎は目を伏せたままこちらを見てくれない。

 今まで口にしたことの無いようなひどいことを口にしなくちゃいけなかったから、きっと罪悪感で胸がいっぱいなんだろう。



 ああ、困ったな、と思う。

 あんまり大騒ぎをしないで欲しい。

 きれいで優しい冬十郎の世界を壊さないで欲しいのに。

 だって、つらいことも苦しいことも何も起こっていない。

 別に恐ろしいことなんて、何一つ起こっていないんだから。


 わたしは顔を上げて周りの大人達を見回した。


「冬十郎様が歌うなというならわたしは歌わない、殺すなというなら殺さない、冬十郎様が飲めというなら毒薬でも飲む。冬十郎様と引き離さないでいてくれるなら、わたしは冬十郎様の言葉にすべて従う……すべて従います」


 口角を上げて笑顔を作る。


「だからもうそんなに騒がないでく……」


 言い終わる前に冬十郎に抱きしめられた。

 冬十郎の体は熱く、そして少し震えていた。


「すまない、姫……すまない……」


 耳元で聞こえるかすれた声が泣いている。

 泣かせるつもりじゃなかった。

 冬十郎と共にいられるなら、ほかのすべては些細なことだと伝えたかっただけなのに。


 大男がわざとらしく大きな溜息をついた。


「なぁ冬十郎、蛇は心の生き物なのだろう?」


 冬十郎は返事をしない。

 嗚咽を我慢するような声がかすかにするだけ。


「もしもお姫さんの喉をつぶしたりしたら、あんたもおかしくなりはしないか」


 冬十郎が、しゃくりあげるのを堪えるようにして大男を見上げた。

 頬が涙で濡れてはいたが、相変わらずきれいな顔だ。


「蛇の一族は常に、心が体を凌駕するのだろう? 心が悲鳴を上げ続ければ、体にもそれが現れるのじゃないかと思ってな」


 清香が大男を見上げる。


「そうね、私達は死にたいと思えばそれだけで死んじゃうから、確かにそういうこともあるけど……恭介、よくそんなこと知っているわね」

「冬十郎に聞いたんだ。例えばあの、みゆきっつう先代様な……」


 冬十郎はハッとしたように目を開いて大男を見上げた。


「聞いた話じゃあ、まるで屍のようじゃないか。食欲も性欲も睡眠欲も断ち切って何百年も生き続けるなんて、何かよほどの理由が無けりゃ出来るわけが無かろう? 妖怪みたいなあの御仁の心を、そこまで責め苛む原因は恐らく……」

「清姫を自らの手で殺めたからか……!」


 葵が食い気味にセリフを奪った。

 大男がうなずく。


「そういうことだな」

「え……先代が、清姫を殺めたの……?」

「ああ、自分でそう言っていた。里を守るために殺したって」


 葵の返答に冬十郎の叔母がぽかんと口を開ける。


「清香……?」

「ええと、清姫っていうのはわたしの母親の清姫のことよね。顔も覚えていないけれど、流行り病で死んだって聞いていたから……ちょっと、びっくりして」

「清姫が『さらわれ姫』だったっていうのは知っていたか」


 葵がまた追い打ちをかけるように言った。


「清姫がさらわれ姫?! いえ、いいえ! そんなこと聞いたことが無い。わたしは知らない……」


 清香は口を押えてそれ以上何も言わず、急に力が抜けたようにソファに座った。

 大男がその肩にそっと手を置いた。


「清香、その件については後で話そう」


 清香がうなずくのを見てから、大男が冬十郎に向き直る。


「冬十郎。俺はまだ百年も生きちゃいないから、あんたにとっては餓鬼かも知れないが、俺はあんたを友人だと思っている。あんたみたいな優しい男の口から、あんな恐ろしいセリフを吐き出させたのは俺だがな……」


 と、唇を歪める。


「命懸けで惚れている女に非道なことをすれば、それはあんた自身に跳ね返る刃となる……違うか? 俺は、俺の大事な友人に、死人みたいな生き方はして欲しくないんだ」

「恭介……だが……」


 はーっと息を吐いて、大男がガリガリと頭をかく。


「俺は歴代の鬼の頭領の中で、一番甘いらしい……」


 そこで、大げさに咳払いをして、大男が言葉を続ける。


「だから、まぁ、喉をつぶすのは最後の手段にしようじゃないか。そのお姫さんの身柄はあんたに任せる。外部との接触を完全に断ってくれればそれでいい。これからは常に鬼童の監視がつくことになって目障りだろうが、まぁ護衛とでも思ってくれ。……とりあえずは、眠っているあいつらを起こしてやって欲しいんだが、どうすれば起きるんだ?」

「それは、姫の歌で」

「歌で?」

「ああ、先程も姫が我らを起こしてくれた」

「ほう? 眠らせるのも起こすのも、歌の力か」


 大男の問うような視線に、うなずき返す。


「じゃぁ、眠らせる歌と、起こす歌をセットで録音を頼む」

「セットで?」

「異形退治に使えると言って、その録音した音源を餌にして交渉してみる。一族のうるさい年寄連中は、頭領である俺がなんとか説得するさ」


 むりやりという様に口角を引き上げて、大男が笑った。

 冬十郎がこくりとうなずくと、目尻に溜まっていた涙がすっと頬を伝って落ちた。きれいだった。いつでもどんな時でも冬十郎の美しさは損なわれない。


 大男はまた大げさに咳払いした。


「あー、ごほんっ、加賀見冬十郎、あんたがそのお姫さんを厳重に封じ込め、確実に手綱を握れるというなら、鬼童としてはそれ以上の干渉をする気はない。だが、その邪神とも呼べるほどの化け物が今後たった一人でも殺したら、確実に我らの討伐対象となるだろう。その時は、たとえあんたを敵に回しても全力でその邪神を退治するから、肝に銘じておいてくれ」


 大男は偉そうに言った。

 なんだか邪神とか化け物とかすごく大げさに騒ぐんだな、とわたしは部屋の中を見回した。指先で涙を拭っている冬十郎と、冬十郎を睨み続けている葵と、蒼ざめている清香とを。


 とりあえず、一件落着、なんだろうか。わたしはどこにも逃げないんだから、もう騒がないで欲しい。


「恭介、感謝する」


 冬十郎は深々と頭を下げた。


「感謝する……」


 冬十郎がまた泣き出すのではないかと思って、わたしはその体にしがみついた。


「冬十郎様……」

「姫」


 冬十郎が身をかがめて、両腕で抱きしめてくれる。

 温かい体温と共に、いつもより強い匂いがした。

 吸い込めば肺まで甘く染まりそうな強い強い匂いだ。


 耳元で、はぁぁっと深く息を吐くのが聞こえた。とても長く、安堵したような、満足したような、そんな息だった。

 

「姫、疲れただろう。少しの間、眠っていてくれるか」


 私にだけ聞こえるくらいの小さな声で冬十郎が囁いた。


「眠る……」

「ああ、眠るんだ。ほら、目を瞑って、私に体を預けて」


 わたしは素直に目を閉じて、冬十郎に体を預けた。

 甘い匂いと優しい体温に安心する。

 冬十郎が眠れというなら、眠れなくても寝たふりをしよう。

 そう思っていたけれど、疲れていたせいもあって、わたしは本当にそのまま眠りに落ちて行った。






読んでくださってありがとうございます。

葵も深雪もこのまま黙っているはずがないような気がしますが、作者の力で黙らせます(笑)

もしも気力が満ちて書きたくなったら「さらわれ姫2」とかやるかも知れません。

とりあえず、次作はお気楽でエッチな18RのBLなので(笑)いつになるか分かりません。

万が一、別サイトでお会い出来たら嬉しいですね。


次は姫ちゃん視点、その次は冬十郎視点のラストです。

もう後書きに余計なことは書きませんので(笑)

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ