25 裏稼業
冬十郎視点です
夜中というには早い時間だったが、姫に合わせて生活する私はすでにベッドに入っていた。スマホが枕元で鳴り出したので、姫を起こさないよう慌てて出る。
『すぐに来てくれ。清香が……』
恭介からの電話だった。
都内のホテルで人が死に、清香が一緒にいたらしい。
我ら一族はまず死ぬことはないので清香については心配はいらないと思うが、何か訳ありのようだった。
裏稼業の方の社員を連れて来て欲しいと言う。
「分かった、すぐに行く」
通話を切ってベッドから出ようとすると、隣で姫がゆっくりと起き上がった。
「すまない、起こしたか」
姫はあくびをして、幼い仕草でうーんと伸びをした。
「どこかへ行くのですか」
「ああ。少し出てくる。護衛に花野を呼ぶから」
「はい……」
ぼんやりと私を見る姫に、顔を近づける。
「約束は覚えているか」
「はい……ちゃんと、覚えています」
「言ってみなさい」
「ここから、一人で出ないこと。冬十郎様以外の男に触らないこと。冬十郎様以外の男を見つめないこと」
「いい子だ、姫」
顎のラインを指でなぞる。くすぐったそうにする姫の顔を上向かせ、小さな唇にゆっくりと親指を這わす。
微笑むように、ゆっくり姫の口角が上がった。
高級といっていいランクのホテルの一室で、男が一人死んでいた。
まだ二十代くらいの細身の男で、白いタキシードを身に着けてベッドに横たわっている。
もとは整った顔立ちだったのだろうが、今はひきつった口元に嘔吐物がこびりついている。
テーブルには飲みかけのワインのボトルと、小さな薬瓶と、グラスが二つ。
遺書と思われる白い封筒が一通。
心中か。
清香が何も知らなかったのなら、無理心中というやつだったのだろう。
「ごめんね……」
ウエディングドレス姿の清香が男の死体に取りすがって泣いている。
「一緒に死んであげられなくて、ごめんね……」
我らは強い毒を盛られても、一定時間気を失うくらいで死ぬことはない。
男は清香が死んだと思ってドレスに着替えさせ、自らも服毒したらしい。
そして、清香は死んだ男の横で目を覚ましたのだろう。
泣きじゃくる清香の肩に手を置いて、恭介が静かに寄り添っている。
「叔母上は、どうしたい? 望み通りに処理するが」
しゃくりあげながら清香がこちらを向いた。
「しょ、り……」
「死体を解体処理して行方不明扱いにするか、ただの病死に見せかけるか、叔母上の代わりの死体を用意して心中が成就したように見せかけるのか」
清香は何か言おうとしたが、また嗚咽が込み上げてきたのか、両手で顔を覆った。
私は答えを急かさず、後ろの社員に指示を出す。
「とりあえずチェックインを本名でしたのかどうか、支払いをどうしたのかという情報と、監視カメラ映像の確認をするように。処理に時間がかかりそうなら翌日の延泊の手続きも頼む」
「かしこまりました」
三輪山を含め社員が数人、部屋から出ていく。
「自宅で……病死……に、してあげて」
嗚咽混じりに清香が言った。
「分かった」
我らの裏の稼業は掃除屋だ。表に出せない死体の処理をする。死因を違うものに見せたり、死んだ場所を違う場所に見せたり、もしくは死体そのものを無かったことにしたり……。そのための清掃会社とリフォーム会社と葬儀会社だ。
もともと蛇の一族は、はるか平安の昔に鬼童の仕事を手伝っていた。(当時、鬼童は紀童だったらしいが、次第に鬼の字を使うようになったという)
渡辺家の家臣だった鬼童の者どもが『鬼』と呼ばれる異形を退治し、その死体の処理を蛇の一族が請け負っていた。『鬼』と呼ばれる異形は、死してなお呪いを垂れ流し続けるので、処理するのも危険だった。そのため、何があっても死なない我らはその仕事にうってつけだったらしい。
だが時代を経るにつれて次第に『鬼』と呼ばれる異形そのものの数も減り、仕事が無くなってくる。『鬼』を退治するものである鬼童のことを、人々が畏怖を込めて『鬼』と呼ぶようになったのもこのころだという。
幸運なことに、平穏な江戸の世で、蛇の一族は山田家に仕えることが出来た。
仕事は、刑場で処刑された罪人の死体の処理だった。人間の死体は特に危険ではないが、我らは死体の扱いに慣れていたのでとても良い仕事だった。
やがて明治の代となって仕える家もなくなり、その頃に一族の頭領となっていた私は己で起業することにした。それが加賀見葬儀社だ。いつの世でも人は勝手にどんどん死んでいく。人の死にかかわる仕事はけっして無くならない。本当に安定していて良い仕事だと思う。
鬼童と蛇の一族は長い間疎遠になっていたが、鬼童の頭領の座を恭介が継いだ頃、また仕事を請け負うようになった。頼まれるのはやはり死体の処理だったが、人間の死体のほかに、たまに角の生えたものや獣の耳や尾が生えた異形も混じっていた。恭介は、基本的に平安の頃からやることが変わっていないと言っていた。国のバランスを崩す脅威を刈り取る。いわゆる『退治』というものらしいが、詳しく聞いたことはない。
三輪山が戻ってきて、下の階に部屋が取れたと言った。
私がうなずくと、三輪山はカードキーを恭介に差し出す。
「清香様の着替えも用意しております。少し休まれた方がよろしいかと」
恭介が私を見たので、目線で清香を示して頼んだ。
「連れて行ってやってくれ。少ししたら、様子を見に行く」
「分かった。清香、一人で立てるか」
まだ泣きじゃくって、ふらついている清香を恭介が抱き上げる。
「ごめ……な、さい……」
「あの男はお前を殺そうとしたんだぞ。謝る必要があるか」
「で、でも……私のせい……」
「ほら、いいからもう泣くな」
恭介は子供をあやすような口調で言いながら、清香を抱えて部屋を出て行った。
二人の関係を、私は問い質したことが無い。見ている限りでは、恭介は清香に懸想しているように思えるが、清香の方の気持ちはよく分からなかった。常に男を絶やすことなく、時には複数の男どもと交際しているようだからだ。
だが、清香は今日、死体の横で目覚めた後、私ではなく恭介に電話をした。
つまり、そういうことなのだと思う。
読んでくださってありがとうございます。
予告詐欺しちゃいましたね。
次回が「恋という呪い」です。
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