23 悪い魔女
姫ちゃん視点です
冬十郎は三百年近く生きている。
不老だけど、不死じゃない。
でも、自分で死のうと思わない限り、死なない。
だからナイフで刺されても、すぐに傷が消えたんだ。
今日、いろんなことが分かった。
けれど、やっぱりそんなことはどうでもいいことだと思う。
冬十郎は、わたしのそばにいると誓ってくれた。
重要なのは、それだけだから。
「……そうして二人は、いつまでも幸せに暮らしました。……おしまい」
パタン、と冬十郎が絵本を閉じた。
眠る前のベッドの上で、冬十郎が絵本を読んでくれる。
今日は髪の長いお姫様のお話だった。
あのモールで、冬十郎はお姫様の絵本をたくさん買ってくれた。
先生に字を習ったから本当は一人で読めるけれど、冬十郎が読んでくれるというのにわざわざそれを主張したりしない。
冬十郎に寄り掛かって、うっとりとその声を聞く。しっとりと低くて穏やかで、わたしをとても安心させる声だ。
「どうして王子様は、塔からお姫様を連れ出して、ほかの塔に閉じ込めなかったんですか」
冬十郎が瞬く。
「閉じ込める?」
「この前読んでくれた本では、王子様は茨に覆われたお城からお姫様を救い出して、自分のお城に閉じ込めましたよね」
「え……」
冬十郎が背中に敷いていたクッションから身を起こした。
その肩に寄り掛かっていたわたしも一緒に身を起こす。
「何か、違いましたか……?」
「姫、王子は姫を閉じ込めたりしない。人を閉じ込めるというのは悪いことだ」
「悪いこと?」
「ああ、閉じ込めるというのは自由を奪うということだ。悪い魔女によって塔に閉じ込められていたから、そして前読んだお話では茨のお城に閉じ込められていたから、王子は姫を救いたいと思ったんだ」
「救い出した後は、閉じ込めないんですか……?」
わたしをさらった『親』はみんな、わたしを家から出さないように閉じ込めていたけれど。
わたしを保護した冬十郎だって、わたしをここから出さないように閉じ込めているけれど。
「閉じ込めたりはしない。救われた後のお姫様は行きたいところにいつでも行けるし、会いたい人にいつでも会える。王子に救われて自由になったんだ」
「そう、ですか……」
「姫?」
「なんだか、少し、怖いです……」
救われるのは嫌だな、と思った。
行きたいところに行って会いたい人に会えと言われても、わたしにはどうしていいのか分からない。
「わたしがここにずっと閉じ込められていたら、いつか誰かが救いに来るんでしょうか」
返事が無かった。
冬十郎は傷付いたような顔をして、わたしを見ていた。
「あの、王子様って、どんな……」
大きな両手がわたしの肩を強くつかんだ。
「いたっ」
びっくりして声を出すと、同じくらいびっくりしたように冬十郎が手を離した。
その両手を愕然と見下ろす冬十郎。
「私は……悪い魔女か」
顔をそらして低く呟く。
冬十郎が魔女? どういう意味だろう。
「冬十郎様?」
「すまない、少し喉が渇いた……」
低く言って、冬十郎はわたしを見ないようにベッドから降りていく。
「姫、今日は一人で寝なさい」
振り返らずにドアまで歩いていく。
黒髪が腰のあたりでさらさら揺れるのが見えた。
あの日から何か月も経ったわけではない。
わたしがここへ来てから、まだ一週間経っていない。
たったの数日だ。
肩甲骨の位置から腰の位置まで、ほんの数日で……。
「髪、伸びましたね」
ドアの前で冬十郎が足を止めた。
「一日に何センチ伸びるんですか」
冬十郎の指が自分の髪を一房ぎゅっとつかんだ。
「爪も毎朝、切っていますよね。一晩で尖るくらいに伸びるから」
ハッとしたように冬十郎が手を隠す。
「冬十郎様は、悪い魔女なんですか?」
跳ねるように冬十郎が振り返った。
髪がひるがえるようにふわりと動くのをわたしは見つめる。
「そうかもしれない……」
冬十郎は一度目を伏せて、かすかに震えてわたしを見た。
「……私が怖いか」
怖いか?
冬十郎が怖いか?
息が、胸が、急に苦しくなった。
どうしてそんなことを聞くんだろう。
わたしが無言でいると、さらに問いを重ねてくる。
「気味が悪いと、思うか?」
冬十郎は相変わらず、優しいけれど無自覚に残酷だ。
もしも『気味が悪い』と答えたら、簡単にわたしを手放す気なんだろうか。
出会って、保護してもらってから、とにかく毎日べたべたとくっついて甘えて抱きついてくるわたしを、何だと思っているんだろう。
行き過ぎた慕情が目に見えるほどに溢れて、茨の森まで作ってしまうわたしを何だと思っているんだろう。
遠雷が聞こえる。
ゴロゴロと地の底から這い寄るような雷鳴が近づいている。
冬十郎が途惑ったように、窓の外を見た。
とたん、部屋の中にザーッと豪雨が降り注いだ。
「わ……」
片手を顔の上にかざした冬十郎がみるみる内に濡れていく。
冬十郎は口を開き、何も言わないままわたしを見た。
冷たく叩きつける雨に打たれて、少し息苦しそうだった。
その横にドォンと激しい音で雷が落ちる。
ビクッと身をすくめた冬十郎の、反対側にまたもう一つ落ちる。
目に見える槍のような雷だ。
触れれば一瞬で黒焦げになりそうなそれが、冬十郎の逃げ場を塞ぐように左右でバチバチと火花のように放電している。
「わたしが怖いですか?」
同じ問いかけを返した。
「気味が悪いですか?」
冬十郎は瞳を揺らした。
そして、泣きそうな顔でわたしを見た。
わたしも冬十郎を見つめ返した。
冬十郎。
冬十郎。
お願い、わたしを拒まないで。
雨の中、蒼ざめた顔で冬十郎はゆっくりとこちらへ両手を広げた。
ぐっしょり濡れてかすかに震えているその両腕に、わたしは飛び込んだ。
抱き合った瞬間に雷雨は消えた。
わたしが消したからだ。
幻覚の残滓、虹色の光の粒がキラキラと降り注いで、冬十郎を照らしている。
豪雨は幻覚だったから冬十郎の体は濡れていないけれど、冷えてしまったのか、まだ少し震えている。いつもゆったりとしている冬十郎の呼吸と鼓動が、今は少しだけ速いようだった。
雷はやりすぎだったかもしれない。
でも。
「冬十郎様がもしわたしを怖いと言っても、わたしは離れてあげません」
わたしは宣言する。
冬十郎の体がぶるっと震えた。
「ごめんなさい、雨で冷えてしまいましたか」
「これは、寒いわけでは」
「え」
「いや……もう少し、温めていてくれ」
「はい……冬十郎様……」
体をぴったりくっつけるようにして、わたしは冬十郎を温めた。
翌朝、目覚めると、シーツが赤く汚れていて、冬十郎は真っ青になって狼狽えた。
黒スーツの一人の花野という女が来て、それが何かを教えてくれた。
初潮だった。
読んでくださってありがとうございます。
42話で完結予定なので、ちょうど半分くらいですね。
読み続けてくれている方、ありがとうございます!
次回「耽溺」
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