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19 恭介

冬十郎視点です


「冬十郎、いるかぁ?」

「いけません、鬼童様」

「なんだ、寝所に入るぐらい奴は気にせぬぞ」

「いえ、今はご当代様お一人ではありませんので」

「あー、あれか、大事な子ってのを連れ込んでいるわけか。かまわんよ。それを見に来たのだ」


 ドアの外が騒がしい。

 体が重い。

 瞼も重い。


「失礼いたします、ご当代様。鬼童様がいらっしゃいまして」

「邪魔するぞ」

「あ、鬼童様!」


 ドアの開く音がして、私は仕方なく重い瞼を持ち上げた。


「恭介……?」

「よう冬十郎」


 枕元で、大男がニカッと歯を出して笑っている。


「ひどい目覚めだ……」

「鬼を返り討ちにする恐ろしいお姫様を拝みに来たぞ」

「大きな声を出すな。姫が起きてしまう」


 半身を起こしつつ、恭介を睨む。

 しかし、次の瞬間、恭介のにやけた顔が凍り付いた。

 息を呑むように私の隣を凝視する。


 ああ、いけない。


 あの吹き抜けのホールでいくつも見せられた顔と同じだ。

 心臓を鷲掴みにされた男の顔だ。

 振り返る。

 姫が身を起こして、眠気の残るとろんとした目で恭介を見ていた。

 とっさに姫の頭ごと抱き寄せて、胸に隠す。


「冬十郎様……?」


 ぴぃん、とその場の空気が張りつめる。


「何をしている、冬十郎」

「私の大事な子だ、恭介」


 もしも恭介が力ずくでかかってきたら、素手では全くかなわない。

 何をされても死にはしないが、また姫に怖い思いをさせることになる。 

 駐車場で襲われた時に思い知らされた。

 姫は私に執着している。

 私の身に何かあれば、姫はまた力を暴走させてしまう。


「恭介、そのまま、回れ右して帰ってくれ」

「なぜ怯えている。俺があんたに何かするとでも?」

「何もする気が無いなら、そんな怖い目をしてくれるな」


 自分の無力を痛感する。

 ことが起きれば、私は姫を守ることも、恭介を守ることもできない。


「顔を上げろ、女」


 姫がビクッとして、ゆっくり恭介の方に顔を向けた。


「あなたも、わたしをさらうの……?」


 恭介と姫が睨み合う。

 恭介の喉がゴクリと鳴るのが聞こえた。


「なんて目で俺を見る……」


 恭介が一歩、こちらに足を踏み出す。

 姫の細い指が私のシャツをぎゅっとつかんだ。


「はっ、ははは」


 恭介が乾いた声で笑う。


「なんだこの女、とんだ阿婆擦れじゃないか。冬十郎にしがみつきながら、俺にも色目を使いやがる」

「色目なんて……!」


 言いかける姫を遮って、恭介が蔑むように言う。


「こんな女とはすぐ手を切れ、冬十郎。あんたには相応しくない」


 ぶわっと強い風が吹いた

 一瞬で恭介が炎に包まれる。


「あぁ!」


 悲鳴を上げたのは私だった。


「姫、やめなさい!」

「この人が悪い!」

「姫!」

「冬十郎様から離れろなんて言うから……! この人が悪い……!」

「だめだ、姫」

「でも……冬十郎様、殺さなければいいんでしょう?」

「違う、そういうことじゃない……!」


 炎がどんどん大きくなり、こちらにまで熱が伝わってくる。

 姫は唇を歪めて、恭介を睨んでいる。

 どういうことだ。

 破れたドレスで震えていたのはつい昨日のことなのに、まるで別人のようだ。


「ほう、火の幻覚か」


 恭介が炎の中で呟く。

 そして、何かを振り払うように大きく右手をかざした。

 それだけで、炎が小さくなった。

 体のどこにも、ピアス男のような火ぶくれはできていなかった。


「ふん、他愛無いな」


 低く笑い、その右手をぎゅっと握り込んだ。

 同時にふっと炎が消えた。


「くだらないことをするな、女狐」


 びくり、と姫が怯えた顔をする。


「鬼の頭領にこんな子供だましが通じるかよ。すぐに冬十郎から離れろ」

「いや……!」


 姫の手が痛いくらいにしがみついてくる。


「さっさとその薄汚い手を冬十郎から離せ」


 姫を引き剥がそうと伸ばしてくる恭介の左腕を、がしりと私はつかんだ。


「大事な子だと言ったのを聞かなかったか、恭介」


 恭介はピクリと片眉を上げ、私の手を振り払った。


「性悪女にまんまと誑かされやがって。あんたも一族の長だろうが」

「かまうな。好きで誑かされている」

「はぁ?」


 毛を逆立てる猫のように恭介を睨んでいる姫を、両手で抱きすくめる。

 まだ少し濡れている髪をかき上げてやり、耳に唇をつけるようにして囁く。


「落ち着きなさい、姫。何も怖くない。私がいる。ずっとそばにいる」


 姫の体から力が抜けて、恭介を睨むのをやめた。


「冬十郎様……」


 泣きそうな顔ですり寄るように密着してきて、姫はゆっくりと深呼吸を始める。

 そういえば、私の体から甘い匂いがすると言っていたか。


 急に大人しくなった姫を、恭介が呆気にとられたように見ている。


「恭介、私は……」


 言いかけた言葉は声にならなかった。

 

 姫の髪に添えた私の指先に、赤く細い糸がしゅるしゅると絡まるのが見えた。


「え……?」


 見る間に糸は蛇のように腕を這い上ってきて、胸を、首を、腰を這いまわり始める。


「な、なんだそれ」


 恭介の目にも見えているのか、驚いた顔で糸の動きを追っている。

 糸は数十本、数百本と本数を増やして、じわじわと力を強めて私を縛っていく。


「ん……」


 少し息が苦しい。

 糸は私を侵略するように、足の指先から髪の毛の先にまで絡みついていく。


「これ、は……」


 これは、姫の作り出す幻覚か?

 体中を縛ろうとするさまは、まるで獲物を逃がすまいとする執着心を具現化したようで……。


「おい、冬十郎、レジストしろ」

「れじすと……?」

「幻術への抵抗だ。俺にレジスト出来るものを、あんたが出来ないわけがないだろうが」


 姫の精神干渉を跳ね返せということか。

 やろうと思えば、多分、できる。

 だが。


「……れじすと、したくはない……」


「はぁ? さっきからあんたの言動は、まったく意味不明だな」


 この糸が姫の私に対する執着ならば、無理に引き剥がすことは拒絶を意味する。

 力尽くで拒絶すれば、姫をいっそう不安にさせるだけだ。


「姫…………ひ、め……」


 苦しい息の下、必死で呼びかけると、姫が顔を上げた。

 そして、糸に縛られた私を見てぎょっとしたように目を見開く。


 とたんにパシッとすべての糸が霧散した。


 急に息が吸えるようになって、私は軽く咳き込む。

 残滓のようなものがキラキラと周囲に舞う中、姫が両手で自分の口を押えた。


「わたし、今、何を……?」

「何でもない。姫、何でもない……」


 姫を抱き寄せ、頭を優しくポンポンと叩く。

 呆然としたようにこちらを見ている恭介に片手を振って見せる。


「恭介、話は後にしよう。私は、疲れてしまった……」

「呆れ果てた男だな」

「心配してくれたのは分かっている、だが……」

「もうよい。共感はできぬが、理解はした。あんたは自分から望んで危険な女に手を出したのだな」

「ああ……」


 手を出したという表現は正しいとは言えぬが。


「私の意志で、この子を保護した。手放す気は無い」


 恭介はふうっと息を吐いて、握った右手のこぶしを開いて見せた。

 手のひらが赤く焼け爛れている。


「それは……?」

「さっきの火の幻覚だ。完全にはレジストできなかった」

「すまない……」


 頭を下げると恭介は首を振った。


「あんたに謝ってほしいわけじゃない。これがどれほど危険な力か、知っておいた方がいいと思うだけだ。成長すれば、さらに力は強くなるぞ。制御できない脅威とみなされれば、鬼童としては放置できなくなる」

「そこまで危険視しなくても……」

「鬼の頭領に火傷を負わせ、蛇の頭領を骨抜きにする。その事実だけで相当にヤバイ代物だと判断されるさ」


 私は姫を抱いている腕に力を込めた。


「姫については私がすべての責任を負う。ずっと私がそばにいる。最後まで」


 姫の手が背中に回され、強く抱き返してくる。

 それだけで、胸の内に喜びが沸き上がる。


「……大丈夫、安心しなさい」


 柔らかくて、温かくて、ただただ愛しい存在。

 巻きついてくる執着の糸を、少しも恐ろしいとは思わなかった。

 むしろ、自分に向けられる強い想いに私はどこか喜んでいた。


「姫……」


 少し傷んでいる髪の毛を丁寧に優しく撫でる。


「あんたのそんな顔は初めて見るな」


 瞬きして恭介が言った。


「どんな顔だ?」

「うーん、少々だらしない顔だな」

「は?」


 恭介の口から苦笑が漏れる。


「まぁ、いずれあんたの手に負えなくなったら、その化け物はいつでも鬼童で預かるよ」


 姫が身じろぎして、体の向きを変えた。

 私からはよく見えないが、多分、恭介を睨んでいる。

 私の目にはずっと儚げで不憫なかわいそうな子と映っていたが、もしかしたら内面は意外に気が強い子なのかもしれない。

 恭介が降参というように両手を軽く上げた。





読んでくださってありがとうございます。

姫ちゃんの作り出す幻覚は炎だけではないのです。

次回「深紅の薔薇の森」

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