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               ※

 

 地下洞。通り過ぎる色とりどりの光が闇の中に言葉を浮かべていく。

「その場所に、うんざりしたあなたに」

「今の人生に疲れた」

「新しい生き方、美しい死に方」

「誰にも迷惑をかけず、消えていく」

「優しい死、そして始まり」

「コピーを残して、しがらみから解き放たれる」

「新しい命の形」

「もう脳の停止を恐れなくていい」

 コピーの広告が溢れ出る。死に誘う広告が溢れ出ている。こんなものが平然と掲げられるなんて。光を纏った言葉たちは、暗闇の影から頭の中に忍び込もうとしている。胃の所にかかる圧力が重たくなる。

 これを見て生きている人間達が、多分この世の中には溢れているのだ。

 アクセルの踏み込みが深くなる。過ぎ去る言葉を振り払っていく。風の軋む音がする。このハンドルを握る手を離しても車は緩やかに目的地で止まるだろう。

 あの男の言葉が闇の中でグルグル回る。その声で、何時までも流れ続ける。

 ハンドルを強く握った。

「狭い籠の中に閉じ込められている」


                 ※


「そこまで隠すんだ。それはお前にとって、何か重大なことなんだろう」

 白い病室。ベッドに座る少年。今日もただ茫然と佇んでいる。何度言葉を交わしても、この子は見えてこない。どうすればそこまで自分を隠すことが出来るのだろうか。この子はきっと、そうしなければいけないほどの何かを背負っているのだ。

「もう無理に聞きはしない。俺にもあったよ、人に言えないことは。本当に話せないことは。だからそれはいいんだ。それは胸にしまっていてもいい。ただ、誰もがお前の敵じゃない。それを分かってくれ。お前が何を話そうと、お前を一人にしたりはしない」

「だから、少しだけでも心を開いてくれないか?」

 その子は無表情のまま「どうやって」と小さな声で言った。「どうやったら心は開きますか」

「何でもいいから思っていることを話してごらん」

「何も思っていません」子供は言った。

 小さくため息が漏れて、後頭部を撫でた。何を話せばいいか分からなかった。そして結局、するつもりのない質問をしてしまった。

「お母さんがコピーになっていたことが許せなかったか」

 少年は何も答えず。表情も変わらないが、心のどこかで失望しているような気がした。あるいはそれは、自分自身に向けた感情を勝手に彼へ投影しただけなのかもしれない。

 やがて、少年は薄く笑った。

「コピーを偽物と否定するなら、ずっと一人でした」

 何事もなくその子は言ったが、それが妙に寂しかった。この子は本物に愛されたことが無いのかも知れない。


            ※


 白い正方形の部屋。狭く閉ざされている。そこにいる男に促され、椅子に座った。その男も気だるそうに、椅子に寄りかかると、口を開いた。

「改めて説明しますと、この施設の目的はシステムの検証です。システムがこれまで下してきた判断が正しかったかのかどうか、検証しています。ここは、システムの監視の役割を担う最大の機関です。しかし、公にはされていません。SEもここに干渉することは出来ませんし、彼らには情報が行かないようになっています。簡単にいってしまえば内部監査ですよ。システムや、SE達への。私はここでコピーというものが、システムの計算した通り、社会にとって有用なのかどうかを検証しています」

「それで、俺に何の用が」

 堺はスクリーンを開き中を見下ろした。少年がその中で眠っていた。

「先日、この子にはVRシュミレートという新しいテストが行われました」

「VRシュミレート?」

 堺はその内容を端的に説明し、最後に「私はキゴウの担当医として、そのテストに参加しました」と付け加えた。

「本当にそれは危険性がなかったのか」

 堺は「えぇ」と頷く。

「それで、どういった結果が」

「今から見せます」そう言うと、彼はスクリーンを広げてARにした。白く狭かった部屋が途端に地下の広大な空間に変わった。そして、その時が再現された。再現が終わると「何か見えましたか?」と堺は口を開いた。

「杉浦が」

「えぇ、それは誰にも見えますね。キゴウのイメージの中で何か見えましたか?」

「キゴウのイメージ。分からない。何か見えたようにも。上手く説明できないが」

「そうですか。システムはこれに重要な意味は無かったとしています。杉浦が倒れたのは、もとよりあの人の精神にある疾患が原因だということです。要するに、あの人は自ら負の意味を見出して倒れたと。幼い子供が何かの影に形を見出して怯えるのと一緒で」

「本当に、そうなのだろうか」

「データを見れば、そうとしか判断出来ません。しかし、何か引っかかるものがある。それが本当に見えたものなのか、それとも見させられたものなのか。そして、彼は何を見たのか。システムに残っている彼の視界を再現しても分からない。私には結局意味の無い混沌とした風景にしか見えません。私は彼の精神治療の中で、彼自身の言葉からそれを探りましたが、記憶に触れようとすると彼は危険な状態に陥る。その記憶は触れられないものになっています」

 堺はスクリーンを消し顔を上げた。「私が何故こんな話をしているか、分かりますか」

「いや、分からない」

「難しいことはありませんし、あなたはこれまでと同じように振舞っていいのです。あなたが独自にコピーを洗っているのは知っています。コピーの開発者とも、関係をうまく築いた。さすがです。そういうことは、今の人間には中々出来ない。

 私が受けた命令は、単純にあなたの手助けをしろということです。あなたにコピーと、キゴウのあらゆる情報を提供します。あなたは監察官として引き続きこの件を調べてください。しかし、その役目に関しては当然ですが機密です。誰にも漏らしてはいけません」

「何だか俺は随分と信用されてるな」

「えぇ、そうみたいですね」

「何が狙いなんだ」

「分かりませんが、何か思惑があるのでしょう」

「分からないな。よく分からない所で、よく分からない話が進んでいる。そんなことばかりだ」

「えぇ、そうですね」

「誰からの命令だ」

「それもよく分かりません。何しろ、機密ばかりで」


              ※


「これが今まで私が進めた、コピーに対しての実験の内容です。ご覧ください」

 堺がそう言うと、周りの壁が開かれ空間が広がった。彼は一つ一つ空間を覗き込みながら、その実験の内容について説明する。その言葉がどこか遠くで点々と響いた。自分は言葉を失っていた。目下には、凄惨な光景が広がっていた。戦争の光景がフラッシュバックする。しかし、アレよりも酷い。あらゆる方法で、人の姿をした者達が痛みつけられている。その苦悶し、絶望し、光を失った顔が絶望の中で溺れている。

「ストレステストです。いかなる負荷でも人間と差が生まれないかを調べています。こういう点ではコピーは有用かもしれませんね。人には試せないことを試せる」

「こんなことが許されるのか」

「もちろん、法の範囲でやっていますよ。倫理規定は犯してません」

医者は目を大きくして不思議そうな顔をした。「少し意外でした。木村さんがそんなことを気にするなんて」

「お前は何も感じないのか」

「えぇ」

「見てくれ。人と同じように苦しんでる」

「えぇ、そう振舞うようになっています。むしろそうでないと問題です」彼は眉を潜める「コピーを害すなと?」

「コピーは許せない。そういう者を作る人間達が。だが、これも同じだ」

「どういう意味です」

「麻痺している。おかしくなっている」

「私がですか?」と彼は驚いた顔をした。「違います。木村さん、狂っていたのは貴方です。それを治療したのが私でしょう」

 堺はガラスを閉ざして、白い壁に戻した。「すみません。お見せするべきではなかったですね。貴方は思ったより繊細だったようだ」

「俺が繊細だって」

「あれはただのAIです。ただの計算結果を見て貴方は今動揺している。繊細なんですよ」

 その言葉に引きずられて衝動的に叫んだ。「違う。そういう問題じゃない」

 堺は呆れたように鼻で笑う。

「まぁ、木村さん、心情はどうであれ、コピーという技術は生まれて、そして社会で活動している。私は実験を重ね、それが本当に人間にとって有用かを検証している。貴方は何もせず、ただ受け入れますか?」

「コピー何てものを作ってはいけなかったんだ」

「今更そんなこと言っても仕方がないでしょう。もう生まれてしまったのです。人間の技術は不可逆です。生まれたものを無かったことには出来ない。もし、受け入れられないのなら検証し、不利益を実証してください。それをしないのは受け入れると同じことです」

「俺には、お前のしていることも受け入れられないよ」

「じゃあ、どうしますか。手を汚すことに怯えて何もしませんか。そして、外野から正義を説きますか。医療の進化は誰かが手を汚すことによって成り立ってきたのです。誰かが死ぬことによって、誰かが救われてきたのです。貴方のように外から局所を否定することは簡単です。そして、それには責任もない。何かを変える力も無い」彼はその稚拙さを責めるように半分笑みを浮かべながら言った。しかし、俺には到底納得できず、言葉が溢れ返した。

「未来を生きる者にとっては代償と言えるかも知れないが、代償になった者には何の代わりもない。そこで終わりだ。その人間はそこで終わるんだ。何事にも犠牲はある。そんなことは分かっている。だからと言って、何をしてもいいわけじゃない。何もかもが許されるわけじゃない」

「じゃあ、どこまでが許されるのです。私はただデータをシュミレートして実験しているだけです。そのデータが実体化で具現化されているから見栄えが悪いのですか?しかし、実体化で行う必要がある。実体化でやらないのなら、システムのシュミレートと何も変わらない。ここでの証明にはなりません。

 私の実験で代償となる人間なんていないですよ。繰り返しますがデータを弄っているだけです。それも許されないのですか。じゃあ、あなたはコピーと言うものを検査せず、システムが計算ではじき出した安全性をそのまま信じろと?」

「本当に代償はないか?この実験は失わせていかないか。何か、よく分からないが。何か、そう命の尊厳とか、関わる者の人間性とか」

 もどかしかった。自分が言うべき事に当てはまる言葉を探したが、それは出てこず、自分でもよく分からない言葉が並んだ。

 堺が軽蔑するように目を細めた。「木村さん、貴方は迷っている。コピーに憐憫の情を持ってしまっている。貴方は心のどこかで、コピーを生命だと捉えはじめていませんか。つまり、生命の定義を見失ったのです」

「じゃあ何を持って生命だと言うんだ」

「いつか貴方がゲームクリエイター対して行った思想検査を覚えていますか?あれは私も見ました。あの時、貴方はハッキリとAIはただの計算だと言い切った。生命とは違うと。それが今揺らいでしまっているのです」

「ただの計算だったら生命じゃない。今でもそう思うよ。ただ彼等の中身なんて俺には見えない。中身がデータで計算だなんて俺の目には見えない。お前達が何と言おうが、俺は俺に見えるものしか信じられない。あれが生命かどうかなんて、俺には分からない。それに、仮に魂の無いただの人形だとしても、お前がしていることは、それは、俺にとってみれば、コピーを作っている人間と同じなんだ。形が違うだけで同じことをしている。どうしても上手く言えないが、俺にとってはそうなんだ。

 俺は、例え人形でも、傷つければ心を痛め、壊れないよう大切にするのが人のあるべき姿だと思う。人形は、人の命を投影するものだ。そのために作られたものだ。だから、この実験は行き過ぎていると思う。麻痺を生んでいる。俺にはそれが許せない」

「麻痺などしていません。慣れです。冷静なだけなのです。それに貴方の言う事は非常に独善的です。貴方の感覚が社会の善悪を決めるのですか?」

「いや、それは俺の善悪だ」

「それに私も従えと?」

「そうは言わない。ただ、考えてほしい。何かおかしいよ。おかしくなるよ。こういったことは絶対良い方向には転ばない」

「どうも抽象的ですね」

「俺と違ってお前達は言葉が上手い。GCもお前も、お前達はどんなものでもそれらしい名前を付けて理由を作ってしまう。だから、俺はそういうものを信用しない。そういうものは後付けだよ。もっと重要なものがある」

「でも、貴方は感情に任せて動き、戦争で人を殺した。そうでしょう?」

「そうだ」

「それでも感情で判断すると?自らの過ちから学ばないのですか」

「あの事で俺が知ったのは言葉じゃない。どうすれば平和になるとか、どうすれば人を救えるとか、そういうことじゃない。あの事で俺が知ったのは痛みだよ。ただの痛みだ」

 言葉の影で双子の死骸が頭に過った。怒りが冷めていき、何か冷たい閃きが胸を潰そうとしていた。確かに、自分は偉そうに何かを話していい人間では無かった。正義を語っていい人間では無かった。それを思い出した。しかし自分はいつも、言葉を足さずにはいられなかった。

「俺は感情で判断してるんじゃない、その痛みで見るんだ。何かをする時、その痛みで考える。同じことを犯さように。どんな時でも、どんな事でも、簡単に人を痛めはしない。その痛みは、彼等ほどではないが、あの子達ほどではないが、分かるんだ。その痛みは返ってくる、結局は自分に。そう、確かにエゴだよ。そして俺にこんなことを言う権利はないのかも知れない。ただ、俺はもうあんな思いをしたくない。そして、それを他の誰にもさせたくない。それだけなんだ」

 堺は無表情になり沈黙した。黒い二つの目が冷たくこちらを覗いていた。いつもの彼の顔とは少し違っていた。

「堺。この実験を止めてくれ。いや、止めろとは言わない。ただ、もう少し別の方法を考えるべきだ。俺達は機械じゃない。効率は悪くても、もう少し、何と言っていいか。もう少し人間的な方法を探すべきだと思う」

「私には決定権はありませんので、上に意見を出しましょう。ただ簡単には止められません。そうやってシステムの検証を止めてしまえば、彼らの計算は野放しになる。それがどういうことか、分かるでしょう?」


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