6-2
※
「VRやチップを使わずにカウンセリングのみでコピーを作成するというのは、どうしても時間がかかってしまいます。まぁあなたがそれをご希望と言うことでしたら、仕方ないですけどね」白衣の男が肩を竦めたあと言った。
「あぁ、まだちょっとよく分かっていないんだ。ちゃんと理解した上で決めたくて」
「気持ち整理した上でコピーを作るというのは確かに大事です。迷いを残したままやってしまうと、それを剥がせなくなって面倒が起こる可能性もありますから。まぁ、普段はこちらで割り出してすぐに脳データを修正してしまうのですが」
「脳データを修正?」
「えぇ」
「脳データの修正というのは何です?」
「例えば、記憶の消去。トラウマの除去。ストレスをためやすい性格の改善などですね。理想の記憶や人格でコピーを作成します」
「そんなことが出来ますか。いや、そもそも、記憶の複製なんて可能なのですか」
「えぇ、可能です。脳をスキャンして全く同じものをプリントすれば、自ずと持っている記憶情報も同じになります。ただ、それをそのまま使ってしまうと倫理規定に引っかかるので、思考する個所はAIにするのですね」
「よく分からないが。仮に同じ脳を作って、同じ記憶を持っているとしても、そこからどうやって修正するのですか。データを弄るようにはいかないでしょう」
「確かに、これまでは記憶や人格の修正というのは割と大雑把な方法でしか出来ませんでした。脳はその記憶を持っているとしても、それをデータ化するのが難しかったからですね。
そのため、最初はコピーの作成も手間がかかりました。懐かしいな。例えば、こんなことをやっていました。
コピーされた人工脳にカウンセリングを重ね、トラウマを引き出し、その記憶のネガティブな部分をVRインセプションで変えていくのです。やっていることは、人間に対する催眠療法とほとんど同じですね。或いは、過敏に反応している記憶域を外科手術でとってしまう。
人格の修正に関しても、まぁこれと同じように時間かけてVRインセプションで調教するわけです。そうして、仕上がった脳を体に埋め込んでいきます。脳を作るのに1か月くらいは使っていましたね。
しかし、近年は記憶の分析技術も向上しましたよ。最近だとより精密なデータ化も可能になりました。これにより、人格の修正や記憶の修正が即座に、そして正確に対応できるようになったのです」
「そんなことが、一体どうやって」
「簡単に説明しますと、脳の部分的なクローン、もしくはオリジナルの脳をVRに繋いで、記憶粋を刺激しながら想像のキャンバスで記憶の再現を行います。こうすることによって修正が必要な記憶を精密にデータ化してしまうのです。正確なデータなので、修正もあっという間です。AIが素晴らしい記憶と人格にすぐ治してくれます。記憶の内容に関しましては、我々は見ません。倫理規定上、この作業は人間が担当しなくてはならないのですが指示だけ出せば中身を見なくてもいいのです。その方が施術を受ける側も安心するでしょう?記憶の中身はシステムしか見ません
「あぁ、ご安心ください。話を聞いていると複雑に感じるかも知れませんが、コピーの作成は至って簡単ですよ。まず、カプセルで全身のスキャンを取ります。これはご自宅のカプセルでも大丈夫です。
そのデータを基にこちらで体を作ります。肉体や脳データに修正を望まれるようでしたら、全てお伝えください。それと、必要な修正に関してはこちらからもご提案します。
例えば自死願望にまつわるもの。これは修正して置かないと、コピーを作ってもすぐ死んでしまうので意味が無いですよね。それと、コピーを作りたいという願望もここに来られているからにはあるのでしょうが、コピーがコピーを作ることは出来ないので消します。
同じく、役割を維持するために不要な願望は消去するか、不具合の無い形へ修正をします。
家族を愛せないなら、愛せるようにします。何か辛い記憶があるのなら、それを失くすか美しい思い出に差し替えます。そうして作ったコピーを残しておけば周りを不幸にする事は無いのです。全員が幸福です。
「その後、オリジナルは別の人生を歩めばいい。姿、ID、アカウントを全て変えて、一から新しい人生を、新しき生活を。疲れているなら何もかもやめてしまってもいい。それも自由です。それまでの役割から解放されるのです」
「その、何だ。何かしらの機能の修正というものは、コピーを作成する人は一般的に行うものですか?」
「まぁ、大体はそうですね」
「どういった修正が多いのでしょうか」
「それはお客さんの個人情報に、と言いたいところですが、きっとAIがそういうことを教えてくれないから、わざわざ私の所に来たのですね」
「えぇ」と頭を掻く。「人から本当の所を聞きたくて。そうじゃないとなんというか、信用できなくて」
「まぁ、確かに私はAIよりは言えることは多いです。そうですね。どういった修正が多いかといいますと、やっぱり記憶の書き換えは多いですね」
「分からないのは、記憶の書き換えというのは、人格に影響を及ぼしませんか」
「人格への影響というものは少ないと思いますね。そうならないように書き換えられるので」
「それでも身近な人間は気付くのでは?人が変わったと」
「それはないと思いますよ。記憶や人格なんてもとより曖昧で、何か大きな基準。信念や記憶ですかね、があって行動していると思っていても、案外その柱がなくなっても今まで通り行動するものです。どちらかというと現状の立ち位置が人間の行動基準になっているのです。そもそも人は矛盾と忘却の生き物ですから、感情と記憶が思わぬ変化をするのも常でしょう。記憶はその人の都合のいいように変わるものです。それは、機械が作為的いじることとあまり変わりがないのです」
「しかし、例えば暗い記憶に塞ぎこんでいた人間が、急に明るく前向きになっていたら、周りの人間は気づくのでは?」
「それは描くストーリーが極端に下手であればそうでしょうね。しかし、ストーリーを組むのはシステムです。もっと人間の感情に寄り添った、美しくて完璧なものを作りますよ。第一ね、木村さん。記憶の中の事実をそこまで変える必要はないんです。その捉え方やその時持った感覚の記憶を少し変えてやればいい。そうすれば、事実との矛盾もなく、簡単に記憶の意味など変えられるのです」
「そうなのかな。コピーが発覚したことは、これまでないのですか?」
「隠そうとしていたコピーが露見したことは、管理エリア内では一件だけ報告があります。しかし、膨大な数の内その1件だけです。エリア外は、ちょっと分かりませんね」
「その一件はどんなふうに」
「それは分かりません。個人情報にまつわる事らしくて、こちらにも降りてこないのですよ。一体どうやって露見したのでしょうね。私にも不思議です。まぁ何か奇跡的な不運があったのでしょうね」
男の口が続けて動く。「それに関係することですが、コピーを作成する際に気を付けないとならないのは、現法律では同じロールを持つ者が一個体以上同時に活動することは認められていません。コピーを活動させる際は、オリジナルは社会から隔離された状態にあるか、もしくは姿、役割を変えた別の人間として活動している必要があります。あと、コピーを作成できるのは、人間本体のみ。そして、一人に付き一体しか作れません。量産することは許されません。現状だと面倒な事にこういった制限が多くあります。この技術は、まだ社会に馴染み切っていないのです。怯えている人達が多いのですね」
「すみません。俺は頭が悪いからよくおっしゃってる意味が」
「要するにですね。現行法では一つの権利は一つの役割にしか認められていません。ロール法と言います。コピーはオリジナルの役割と権利を引き継げますが、オリジナルが本人として活動している際にはそれを失います。つまりコピーは活動出来ません。
そこで、オリジナルが全く別の役割、ロールとして生活をするか。コピーが活動している時は隔離状態に入って、社会との関わりを一切絶つようにするのです。たとえば、セキュリティエリア内で他との交信を遮断してロックをかけていればその状態を作ることは出来ます。箱街に暮らしている人には簡単ですね。これは何と言うかまぁ、不器用な法律ですが、一応コピーが露見しないように気を使っているのでしょうね。同じロールの人間が同時に活動していたら社会が混乱してしまう、ということでしょう」
「つまり、自分を変えるか、誰にも知られぬよう隔離された所に閉じこもらないと、コピーは動かせないと」
「その通りです」
「それは何と言うか」
「面倒、ですか?そうですね。そう感じられる人もいます。いえ、木村さん。あなたは本当の所を聞きたいということなので、本当のことを言いましょう。大体の人は嫌だと言います。だからそんなことをする人はほとんどいません。
今の時代、一から新しい人生を始めて何になるのか。何にもなりません。エリア2や3に居場所を一から作る。あんなしがらみの強い所で、そんな面倒をする人はいないでしょう。
じゃあロールを変え、箱街にこもり新しいアカウントを作ってVRで過ごすか。まぁそういう人は割といます。しかし、それだっていつ虚しくなるか分からない。元々2以上のエリアに住んでいる人であれば猶更です。それまでの人生のスリコミで、人が恋しいという人格にされてしまっていますから。人のいない暮らしに慣れていない。
じゃあ虚しくなったらどうすればいいか。コピーを停止して自分を元に戻す。コピーの記憶をVRで体験してやり直す。そして、元のいた人達の所へ帰る。それも出来ます。しかし、そんなことをやる人もいません。コピーを作った人間は、もう帰らなくなります。何故ならコピーの方が自分より上手くやっているからです。
では、その虚しさをどうするか。どうすることも出来ない。そこは終点です。もうどこにも行く場所はない。それより自由になれる箱はもうないのです。この世にはね」
「本当のことを言うと、コピーを作る人は大体が死を選びます。遅かれ、早かれね。そもそもコピーを作りたいということは、まず、その役割での人生をもう辞めたいということでしょう?。そして、周りにあと腐れがないようにコピーを残す。記念碑、生きた証、そういう気持ちで作る人もいるのかも知れませんが。
そして社会での人生を終え、満足の行くまで自分が思う通りの人生を過ごし、虚しくなったら止めればいい。コピーを作るという事は、社会からの解脱です。死へ向かう準備の一つなのですね
「それと、ですね。まぁ、コピーを作成するという意識が、ちょっと違う人達もいます。その人達は、大体オリジナルの肉体を生かして、脳の思考の部分だけコピーと差し替えます。
人間である限り、記憶の修正は治療目的のみが許され、修正出来る範囲も限られています。外科手術となると相当重い疾患の際にしか許されません。そして脳の再生は、現在の倫理規定では認められませんので、コピーと違い一度手を加えた脳は戻せません。
一方、コピーの記憶と思考はシステムに保存されたものなので自由に操作できます。つまり、生活しながら記憶や人格を自分の望むように、いつでもコントロール出来るようになるのです。そうするためにコピーを作る人達は、あまりオリジナルの死という意識がありません。コピーを作成するというよりは自分がコピーに変わるという捉え方です。自分がコピーになるというのはちょっと言葉が変なので、世の中ではシステム化する、というようですが。
これは、エリア1以下の人間がコピーを作成する主たる理由です。彼らは大体VRにいますから、現実世界のしがらみはない。下の階層の人達とはコピーを作る目的が違います。特に、箱街の人達は元々アンテナを頭に埋め込んでいます。脳を弄るということにあまり抵抗がありません」
「その人達に死ということを、ちゃんと説明していますか」
「えぇ。ただ同じ言葉でも人によって意味は変わりますし」
「その意味を説明していますか」
そう聞くと、コピーの開発者は困ったように笑った。
「いえ、それは各自で調べてもらえれば」
「あなたはどう考えていますか」
「宗教か何かの話ですか。あまりそう言った話は得意ではありません」
「あなたは何故、コピーを生み出したのですか」
「人間が好きなんです。だから、どうしても抗えない狭い籠の中に閉じ込められている人を救ってあげたいんです。あなたのような」




