6章 記憶の海
6章 記憶の海
瓦礫の野原のようだ。このように平らになってしまうと、空と地面は大体同じような色になる。しかし、空の方が少し黒く濁っていて暗い、地上は白っぽい煙の色だ。
軍用車が走っている。道端に倒れた看板や電柱と同じように、人の死骸が転がっている。それを見つけては、せっせと車に積み込む。何往復も、それを繰り返している。
ふと何をしているのか分からなくなった。そして、思い出した。思い出したところで何もなかったが。
アメリカが落とした爆弾の後始末だった。防護服を着て、平らになってしまった平壌の死骸を集めてはトラックに乗せて運んでいた。他の兵士達もほとんど何も話さなかった。
視界を遮るものが無く空間は広大だったが、黒く分厚い雲が空一面を覆っているせいで閉塞感を感じた。そして、すぐに黒い雨が降りだした。
国を守るために戦って、狂った朝鮮の奴らを叩きのめそうと思っていたのに、任される仕事はこんなことばかりだ。
始めは珍しかった死体も、次第にどうでも良くなった。死体は当然話さない。酷い損傷で苦悶の形相を浮かべるものもあれば、眠っているように穏やかな顔のものもある。子供を抱きながら死んでいる女もあった。老人もいた。精悍な顔をして小銃を手にしたまま倒れた軍服姿の成年もいた。当然、幼い子供もいた。
生存者がいたら救助する。一応、そういう役目だった。しかし、生きているものはいない。そもそも助けるのなら何故燃やしたのだろうか。
そんなことをぼぉっと考えた。
ふと物音がした。音の方に近づくと、瓦礫の下に小さい子供がいる。目が合うと口を開き、少年は何かを懇願した。それともただ、恐怖の表情なのだろうか。水筒の水を飲ませると、そのまま死んでしまった。その子も運んで、トラックの死骸の山に積んだ。
無表情に仲間達が死体を積み上げていく。死体を運ぶ者と、死体として運ばれる者と、どこで差がついたのだろう?顔だけ見ていると分からなくなってきた。何故、この人間達をあんなにも憎んでいたのか。
天皇を侮蔑した。日本の女性を拉致し強姦した。100年以上前の戦争責任を口実にいつまでも謝罪を要求してくる。資源の略奪している。こちらの教育機関やマスコミに潜りこんで、国民を洗脳している。
そんな情報が溢れていた。でも、誰がそんなことをしたのだろう。この死体がそんなことをしたのだろうか。あの子供を抱いていた母親がそんなことをしたのだろうか。あの水を飲んで死んだ子供がそんなことをしたのだろうか。
情報の中で、憎しみ罵りあう人々は溢れていた。我が国でも、この国でも。日本人が朝鮮の女を強姦した。慰安婦にした。在日を差別し迫害した。侵略し、洗脳した。
それをやった日本人は誰だろう。一体誰なのだろうか。
軍服を着た子供が二人、倒れていた。俺が近付いていくと、片方が近くに落ちている小銃に手を伸ばした。
「拾うな」と怒鳴ったが、日本語で言っても無駄だった、それどころか逆効果だった。彼は銃を持ってこちらに向けた。自分も銃を構えた。
向こうはよく分からない言葉で何か早口に話した。俺はジェスチャーで銃を捨てるように言った。今度は英語で話した。英語も通じないようだ。互いに銃を向けられ興奮していた。あるいは向こうは一人だけだったら、銃を下ろしていたかもしれない。しかし彼の背後には動けなくなっている片割れがいた。
俺は一歩近づいた。その時、少年の表情が変わった。彼は何かを叫んで発砲した。球が俺の左肩に当たった。俺も咄嗟に撃ち返した。俺の弾は外れ、動けなくなっていた子供の頭を貫いた。
銃を持った子供が悲鳴を上げて、また銃口をこちらに向けた。今度は相手が撃つ前に俺が撃った。その子の頭は軽く弾けた。
二人寄り添って、同じ顔の少年が倒れていた。この二人は双子だったのだろうか。兄は弟を守ろうとしていたのだろうか。それとも、逆か。
日本人が、朝鮮の子供を殺した。幼い双子を二人とも殺した。こうやって話が出来ていくのだと、その時気づいた。しかし、その先、話には出てこないその先。その日本人は誰だろう。それをやったのは誰のだろう。その銃を握っていたのは誰だろう。
銃を握っているのは俺だ。二人を殺したのは俺だ。取り返しがつかない。そこに立ち尽くしていたのは俺だ。
「知りもしない言葉に煽られ、ありもしない憎しみに駆られて、そして、しまいには銃を引く状況に自分で進んだ。そして自分の手で撃った。だが、それまでまともに考えてもいなかったんだ。その相手が誰なのか。銃を引く相手が誰なのか。銃を引く人間は誰なのか。
自分は何も見ていないのに、分かり切っているかのように、その見えていない物を決めつけていた。
それ以来、拳銃は持っていない。エリア3に入る時も。持てば誰かを撃つことになる。誰かに撃たせることになる。俺は人を殺した。戦時中だから何もなかったが、勝ったからこそ何も無かったが、事実は何も変わらない。彼らを殺したのは俺だ。そして罰せられることもなく生きている。だが俺はその分、やらないといけない。必死にやらなくてはならないんだ」
白衣の男が静かに頷いた。やがて、部屋の明かりがゆっくりと灯った。
「木村さん、あなたはその罪の意識で動いているのですか?」
「それもある。でも、それだけでもない。仕事は好きだ。だから早く復帰したい」
「焦ってはいけません。焦りは禁物です。心の整理がついて初めて、あなたは戻るべきだ」
「堺、それは一体いつになる」
「まずその焦りを失くす所からです」白衣の男の手が肩に触れる。
「でも少しだけ、自分の事を話してくれるようになりましたね。少しづつ改善している証拠です」
※
目が覚めると、シリアルを食べ通知を一通り見る。
情報が確実な物だけを取っているが、最近はもう何を見ていても胡散臭い。記憶の外科手術やら、肉体の若返りやら、VRの規制緩和でリアルな残酷表現が可能になるやら、チラリと見出しを見るだけで、すぐ読むのをやめてしまう。
絶え間なく更新される情報の羅列を、追っても底がない。いつまでも深くなるばかりで、居場所が分からなくなる。自分の知らない所で、世の中はどんどん変わっていく。そこに追いつくことはもう出来ないだろうし、追いつきたくもない。周りの人間に疎まれながら、時代に疎まれながら生きている。別にもうそれでよかった。
飯を食い終わると、風呂に入って、ひげを剃るついでに頭も刈り始めた。
狭い箱の中に囚われている。鏡の中の男が言う。何時か誰かに言った言葉は返ってくる。
もう随分と小さい箱の中に一人でいる。
※
廃ビルが影に包まれる。
暗闇になり、何かの重苦しいプレッシャーが空間を支配する。
次の瞬間に、女が二人立っていた。
美しい少女と、その母親。薄い煙の向こうに朧げな姿で浮かんでいる。
子供が言った。その声は異様に高く歪んでいた。
「いつまで、続けるの?」
呆然と立ち尽くし何も言えなかった。
暗闇が晴れ、目が覚めると相川がいた。隣には杉浦がいた。仕事を共にする仲間に囲まれひどく安心した。
相川は指に火を灯して文字を作った。
「静かに」
※
「お前は入り込み過ぎるよ」
居酒屋の提灯がオレンジ色に灯って、それがグラスの中に溶けている。
「別にそんなことねぇだろ」
「あるよ」
「見逃せって言うのか」
「それが良い時もある。感情的になるなよ。冷静になれ。結果を思い描いてみろ」
「俺は冷静なつもりだよ」コップに酒を注ぐ。いくら飲んでも酔うことはない。つまらない酒だった。
「いや、お前は冷静じゃないね。大いに私情を挟んでいる。お前の仕事は、お前の贖罪の道具じゃない、お前の逃避の道具でもない。お前のやり方は周りを巻き込んで不幸にする」
何か思い直したのか、平松はそう言った後、すぐに顔を曇らせた。「今のは仕事の上での話だ。お前の、その」
「分かっている」
頭に手を触れた。丸めたばかりで、髪が無くなっていることを思い出した。指先が直接皮膚に触れて冷たかった。
「分かっているつもりだよ」
二人の女性が、アルコールで鈍った頭の片隅に朧げに浮かんでいた。
※
「よう」
手を挙げた。少年は反応しなかった。
「ちょっと入ってもいいか」そう聞くと、少年は声をださず、ただ頷いた。
「お邪魔します」と家に入った。一昨日、死体が転がっていた凄惨な部屋は嘘のように片付いていた。
「少しは落ち着いたか」
「はい」
「眠れているか?」
「はい」
「飯は食ったか?」
「はい」
「本当か」
「はい」
「飯、持ってきたんだが、食わねぇか?」
「食べません」
「そうか。じゃあ、俺の分だけ食ってくわ」
「はい」
「おい、ちょっと待て。人が来てるのにカプセルに行くなよ」
「はい」
「飯に付き合ってくれ」
「はい」
部屋を見渡す。木製の家具。食器が収納されている。棚の上に写真が飾られている。振り子時計が秒針を刻む。
「お前の家はアーミールだったのかな」
「はい」
「それなのに、カプセルでゲームをするのか?」
「はい」
「お前は、アーミールか?」
「はい」
「まぁアーミールと言ってもそれぞれか。ゲーム程度は許している所も多いみたいだな。そう言えば、お前ベジタリアンか?」
「はい」
「そうか、良かった。一応肉は避けたんだよ。お前の分は冷蔵庫に入れとくぞ。明日にでも食え」
「はい」
少年は机に人形のように座って動かなかった。聞いたことに返事はするが何か情報を加えて返すことは無い。次第に沈黙が増えて、自分が飯を食う音ばかりが響いた。
「なぁ、なんであんなことしたんだ?」
少年は答えず笑っている。
「何か理由があったんだろう?」
「特に」
「ないわけないだろ」
「無いです」
「知ってたのか?コピーだって」
それに対しては、返事が返ってこなかった。
「なぁ、どうして答えないんだ。知らなかったのか?」
「はい」
「じゃあ、人間だと思っててああしたのか」
「はい」
「それは本当か」
「はい」
「本当にそうか」
「はい」
「どうして。じゃあ何故、母さんにあんなことを」
「特に」
「ないわけないだろ」
「思いつきません」
「思いつくとか、つかないとか。そういうことじゃない」
「はい」
「もう一度聞くぞ。本当に知らなかったのか、母親がコピーだと」
「知っていました」
「本当か」
「はい」
「どっちだ?さっき話したことは嘘か」
「はい」
「何故嘘をついた」
「その方が、あなたが喜ぶかと思って」
「俺が喜ぶ?何故だ」
「何となく」
「いい加減にしろ」気づくと怒鳴っていた。「ごまかすな。本当のことを言ってみろ」
この子は何一つ真実を語る気など無い。それ以前に、何かを話す気すらない。表面にその場限りの言葉を浮かべているだけだ。
「俺はお前は責めようとしているわけじゃない。この事件で、お前が何かを抱えているなら、それはまだお前には重すぎる。一人では無理だ。それを分かってほしい。この先、お前はどうする。家族はいない、お前の顔色見て助けてくれる人はいない。お前が閉じこもっていたらな、誰も助けてくれない。今の時代は特にそうだ。一人で抱え込んで閉じこもるな。一人では生きていけないよ」
「何も抱えていません。何もありません」
「お前はAIか、感情がないのか。違うだろ。きっと何かあるはずだよ」
「ありません。何も」
少年は薄く微笑んだ。
※
暗く小さい箱の中、鏡の中の男が言う。
「今の人間は一人でも生きていける。何もせずとも不自由のない暮らしは保証されている」
「一人で生きていけないなんて説教は時代が違う」
「一人で生きていけないのは、お前の方だ」
「お前の方だろ。たった一人取り残された」
※
視界の隅でチラチラと反射する光が煩わしかった。煌びやかな家具が乱雑に置かれていた。昔何かで見たことの無る有名な絵画や彫刻がひしめいている、時代錯誤に囲まれた部屋だった。
そこにいる男は、まだ経済があった時代に価値が高いとされていた物を集めては、ゴミのように扱っていた。自分と同じように、こいつも時代から取り残された人間だとふと感じた。
「昔は良かったよ。AIに株を転がさせるだけで勝手に金が舞い込んできた。その金で馬鹿な労働者をこき使って、自由気ままに女を変えて、そいつらが一生の内に使うことも出来ない金を一日の内に使って遊んだ。
経済は、資本主義は、最高のシステムだった。システムを作る側に回ってしまえば後は搾取するだけだった。抜きんでられた。金さえあれば、権力も羨望も嫉妬も憎悪を性欲も勝手に集まってきた。気持ちよかったよ。否定する奴も、媚びる奴も、誰も俺を無視できなかった。俺がそこにいれば、俺を意識せずにはいられなかった。
最高の時代だった。あぁ最高だった。でも、今はどうだい?誰も突出しない。誰も他の人間なんぞに興味がない。誰もが誰にも認められないのさ。つまらないよな」
「俺には、昔のお前もつまらないさ」
「そうかい。まぁ俺からしたら、お前ほどつまらない人間もいないけどな」男は鼻で笑うと顎をくっと上げた「それで、何のようだ?」
「この家族について調べてほしい。十数年前に別れているようで父親の写真は無い。名前は宮沢エジコと宮沢ムメイ。一人息子がいる。名前をキゴウと言う」
「どうしてこんなことを?機械に聞けばいいじゃないか」
「情報保護のせいで駄目だ」
「犯罪者じゃないのか?」
「あぁ、一般人だよ」
「よく写真なんか持ってたな」
「子供から借りたんだ。自然主義思想の家庭でね。お前の所に来ていてもおかしくない」
「そうかね。最近は出ていくばかりだ」坂本は腰を上げて振り返った。「出ていく奴らの代わりに、どうもおかしな物が紛れ込んできてる。ちょっと来てみろ」
坂本は椅子の裏にあった金屏風を閉じた。すると奥に扉があった。
その薄暗い闇の中に促されて入った。坂本が明かりをつけた。
だだっぴろい空間に裸の男が転がっている。体中に血が滲んでいて、まだ新しい傷跡があった。男は地面に蹲り、目を細めてこちらを見る。
「これは一体」
「こいつは人間じゃない。お前らの所のだ。こっちに入って来てる。元々ここにいた人間の皮を被って」
「コピーか」
「そう言うらしいな」
「何故分かった」
「教えてやろうか?」
坂本は男のそばによった。男は怯えるように少しのけ反った。坂本は、その腕に何かを握らせると、男の脇を抱えて立ち上がらせた。そして、こちらを指さして言った。「おい、あいつを撃ってごらん」
男は震える腕を持ち上げてこちらに銃口を向けた。
「何をやってる」
「木村、黙って見てろ。見ていれば分かるさ」坂本はそう言うと男の耳元で囁いた。「あと、10秒経たない内に撃たなければ、お前を撃つ」
男は痙攣するように震えていた。苦悶の表情を浮かべて俺を見た。ひどく怯えている。時間が経過するほどに震えが強くなり、そして手から銃が零れ落ちた。
0を数え、坂本は男の脇に転がった銃を拾った。そして、蹲って震えている男の背を撫でた。「分をわきまえたのか、偉いぞ」
男の震えは少し鎮まり、安堵した表情で顔を上げる。
次に乾いた発砲音と悲鳴が響いた。男は倒れこんだ。黒い液体が男の左肩から地面に滲む。
「機械は人間に攻撃できない」そう言うと、蹲り倒れこんだの男の髪を掴んで坂本は無理やり立ち上げた。そして、その手にまた銃を握らせた。
「さぁ、もう一度チャンスをやる。生きたければ証明して見せろ。自分が生命だと」
「坂本お前、何をやっている」
「木村、黙って見てろ」
「ふざけるな」
「黙っていろ。でないと、こいつの頭を撃つ」坂本はもう一つ銃を出して構えた。
裸の男は2度同じことを繰り返した。2回とも男は震えを抑えきれず銃を落とした。坂本に耳と、脇腹を撃たれた男の身体は血で染まった。
男は立ち上がれなくなり、ついに悲鳴に似た嗚咽も出なくなった。短い呼吸でただ茫然と怯えた目を空に浮かべていた。
「ルールを変えてやる。誰を撃ってもいいぞ。俺でもいい。自分でもいい。誰かを撃ったら終わりにしてやる」
坂本が男の近くで両腕を広げた。しかし男はもう立ち上がろうとしなかった。代わりに、「助けて」という掠れた声が響いた。
肩をすくめ坂本が聞いた。「楽になりたいか?」
男は頷いた。
坂本はもう一度銃を男の右手に握らせ、指を丁寧に一つ一つ閉じていく。そして、その先を男のこめかみにあて、安全装置を外し人差し指を引き金にかけてやる。
「さぁ、それを少し引くだけだ。それで楽になれる」
「助けてください」
「さぁ頑張れ。もう少しだ。少しそれを引くだけだよ」
「助けてください」
「10秒以内に引かなければ、お前を殺すよ」
そう言って、またカウントダウンが始まった。
「助けてください」と男は呆然と呟いた。10秒間同じ口調で、同じリズムでそれを繰り返した。
0が告げられると男は沈黙した。目を見開き、口をポカンと開けて動かなくなった。呼吸はしていたが生気を感じない。まるで死体のようだ。
「バグったな」と坂本が呟いた。「なぁ、木村、こいつらは自分も撃てないんだよ。それを外されてしまってる。死にたいという気持ちを抱けないんだ、どんな状況でも。こんな状態になっても死のうとしない。その衝動を切り取られてしまってるんだよ。こんなになっても生きるんだ。こんな惨めに。よく見ろ、これが人間か?人間がこんな姿で生きるか?」
「なぁ木村、そんな顔をするな。お前が何を怒っている。AIが3に入って来ている、我が物顔で、人間の皮を被って。これは明確に侵略だろ?侮辱だろう?頭に来ているのは俺の方さ」
坂本は男の腕から銃を取りその胸を撃った。男は大して反応をしなかった。ただその呼吸は止まった。
「坂本、お前を逮捕する」
「ここは3だぞ」
「関係ない」
「関係あるさ。ここは3だ。お前等のルールこそ関係がない。逆に聞きたいよ。お前は一体何をしているんだ。お前のしていることは誰にも望まれていない。ここの奴らにも、中の奴らにも。木村、ここの秩序はな、管理されないことだ。お前等のような偽物に干渉されないことなんだよ。俺達は人間だ、機械の下にはつかない。ここの秩序を乱しているのはお前の方だ。お前が排除されるべきなんだ」
「俺は機械の下なんぞについていない。ただ、お前のしていることが許せないだけだ」
坂本は鼻で笑った。そして言った。「俺は機械を壊しただけだろ。それの何が悪い?それとも銃を持っていたとか、そんな些細な罪で俺を逮捕したいのか?そんなことしてもすぐこっちに戻ってくるよ。知ってるだろう、犯罪者はこちらに流される。捕まったとしても、こちらに来る分には自由だ。刑務所なんかに入らない。それがどういう意味か分かるか。むしろ機械が奨励しているんだよ。ここでは犯罪と暴力を」
「じゃあシステムが望む通りに犯罪を犯すのか?それこそ思い通りに管理されているだけだ」
「俺は違う。俺は機械を排除しただけだ。こういう偽物を」坂本は、足元に転がる亡骸を一瞥してからこちらを見た。「そんな顔で睨むな。受け入れられないか?じゃあ、お前はこんな奴らが存在していてもいいと思うのか?」
「そうは言っていない。ただお前は間違っている。人を撃たない、自ら死なない、何故それでコピーだと言い切る。お前には分からないかもしれないが、そういう人間はいる。死の淵に立ってもプライドを失わない人間はいるんだよ。
それにバグだって?いや、俺はあの姿を人間で見たことがあるよ。お前もあるだろう?あの戦場で。あれは絶望した人間の顔だ。ただ空を見て、もう何を考えているのか分からない、死ぬ間際の人間の顔だ。坂本、お前がやっていることは成り立っていない。お前がしたことは、強迫観念に憑りつかれた、ただの暴力だよ」
「知ったような口を聞くな。俺には分かるんだよ。こいつのことは」
「何故分かる」
「こいつは自分が死ぬくらいなら容赦なく他人を撃つ。そういう人間だ。まして俺の事を撃てるならいつでも好き好んで撃つ。好き好んで撃つさ。俺に怯え、こんなものを残して逃げたんだ。弱くて卑怯な人間だよ」坂本は自嘲的に笑いながらその亡骸を軽く蹴った。「俺はこいつの事は生まれた時から知っている。生まれたその時から知ってるのさ」
蹴とばされ、こちらを向いたその亡骸の顔には、どこかそれを殺した男の面影があった。
「お前の、子供か?」俺がそう聞くと、坂本は何も答えず、ただ亡骸を見下ろした。
「なぁ、木村。こんなものが出来れば秩序が乱れることは猿にだって分かる。俺はたまに思うよ。システムに計算なんてない。ただ、その場で思いついたことで遊んでいるだけだ。ガキみたいに。それに、こんな不完全なものがコピーだって?システムって奴は全く不完全だよ。その完璧さは、中の奴らが勝手に信じ切っているだけだ。都合よくねじ曲がった情報で踊らされているだけだ。操作されてるのは機械じゃない。人間の方さ」
坂本がこちらに銃を放り投げた。俺は地面に落ちたそれを拾った。
「気に食わないのなら木村、俺を撃てよ。そうしないと何も解決しないぜ。ここでは」
「俺は誰も撃たんよ。ただこれは預からせてもらう」
「お前のやっていることは無意味だよ。ただの自己満足だ」
「坂本、コピーを否定したいならもっと正当に抗議しろ。お前はそれを導く立場だろう」
「無意味なんだよ。いくら騒ごうがね。もう大多数の人間には届かない。気づかれもしない。言ったろ。今の時代、誰も他人なんて見ちゃいないのさ」
坂本を拘束して別室に移した。
犯罪に絡むため、その場で死体の認証が取れた。それは確かにコピーだった。




