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二人はエリア3の境界付近に降りた。
「確か、この辺りに入り口があるはずです」相川が辺りを見渡しながら言った。茫々と生い茂る草花。錆びた建物。圭司にもそこはどことなく見覚えがあった。
草花が二人の行く道を割けるように退いて地面をむき出しにした。相川が立ち止まり「これですね」と小高い山を示した。その中にはツタが巻き付いている四角い箱のようなものがあった。相川が手をかざすと、ツタは一瞬で千切れて飛び散った。その中から黒い扉が出てきた。
「これだ」圭司は扉に近寄り、その扉に触れた。
扉はゆっくりとスライドし、箱の口を開いた。二人はその中に入っていった。
「動くだろうか」という圭司の言葉に相川は肩を竦めた「さぁ、どうでしょう」
圭司はエレベータに座標を告げる。エレベーターの扉は閉まり動き出した。二人は目を合わせて頷いた。
「よくそんな座標を覚えましたね」
「あぁ、やけに記憶がはっきりしてるよ。自分でも不思議た」
そして、圭司は相川の顔をまじまじと見た。「お前、大丈夫なのか」
相川の肌は異様に青白くなっていた。血の通っていない死体ような色だ。
「少し血が足りないようです。でも、大丈夫」
「エレベーター」圭司がAIを呼ぶ「治療してくれ」
カプセルが数錠浮かび上がってきた。それと、コップに入った液体も。相川はそれを飲んだ。
「これで、少し経てば回復するでしょう。大丈夫です。しかし意外でしたね。旧時代のエレベーターがまだ機能を保っている」
「あぁ」
「システムは用済みの物も、別に処分しないんですね」
「そうかもな」圭司は言った。「お前横になってろ。辛いだろう」
相川は素直に地面で横になった。エレベータが地面との接地面をクッションのように柔らかくした。
圭司も座り込んだ。「ただの勘だが、奴はこれから行く所にいるよ」
「そうですか」
「最後の戦いだな」
「戦いですか」相川は薄く笑った。「圭司さん、もしゴーストがまだ実験を続けていて、この世界もその箱の一つだとしたら、果たして私達に勝てるすべがあるのでしょうか?」
圭司は頭を掻いた。「さっきから同じことを頭の中で杉浦が言ってる。それに、俺のことを木村と勘違いして、木村さん、勝てませんよって」
「記憶を得るということはその人の思考もどこかで入って来てしまうのでしょう」
「あぁ、混乱するよ。自分の中に色々な言葉があってな」
そこでエレベーターの扉が開いた。どうやら、目的地に着いたようだ。
「だけど勝てるさ」と圭司ば大きく息を吸った後、迷いなく言った。
「しかし、彼は箱の中身を自在に操れるかもしれない。もしかしたら、彼がこの世界を創造したのかもしれない」
「相川、無いよ。あと杉浦も。そんなことはあり得ない」圭司は言った。「そんなつまらない想像は壊してやる。この世界は奴の物じゃない、誰のものでもない。世界は誰にもままならぬ物だ。だからこそ皆足掻き、苦しみ、そしてそれぞれの可能性を広げていったんだ。世界が誰かの物であれば、決してこんな世界にはならなかった。今あるこの世界は、それぞれの小さな者達が、確かに可能性を積み上げて作ってきたんだ」
圭司は目は強い力を持って話した。
相川は「そうですか」と言って、少し間をとって、小さく微笑んだ「かっこいいですね」
「何が」と圭司は急に照れ臭くなって頭を掻いた。
その時、圭司は気付いた。相川の腕の先が小さく震えている。相川も気づいたのか、不思議そうな眼差しでその掌を見た。
指があらぬ方向にねじ曲がった。そして、その右足も突然何かに引っ張られるように太ももから捻じれて正面とは逆方向へつま先が向いた。
圭司は息を飲んだ。一瞬の間にひずみが広がって相川の身体を囲んでしまった。相川は滲んだ油膜を中にいるように歪んだ。
「バグが、何故だ」と圭司は叫んだ。
「システムに接続されていなくてもバグが感染する。やはりゴーストは」相川は冷静にそう分析したが、その声には時折金属が擦れたような異様な響きが混じった。
圭司は慌てふためき叫んだ「エレベーター、どうにかしろ」
「圭司さん、AIはバグに対処できません。どうしようもないです」
「しかし、まて俺が」圭司は相川に手を伸ばした。
「触れないでください」相川が珍しく強い声で叫んだ。途端に圭司の身体はエレベータの外に弾き飛ばされた。「触れないでください。あなたはまだやることがあるでしょう」
圭司はすぐに立ち上がってエレベーターへ走った。しかし、透明な壁にぶつかって倒れた。相川が近寄れなくしている。
「開けろ、相川」圭司は見えない壁を叩いて怒鳴った。必死になって壁を叩き叫んだ。
しかし、その先にいる相川は、穏やかな顔をしていた。空間の歪みが軋むような音を立て、彼の顔を飲み込もうとしていた。
圭司は、渾身の気持ちで壁を殴った。空気に亀裂が入り、もう一度、その亀裂に拳を叩きつけた。見えない壁が砕け、そして、圭司は歪みの中にいる相川へ手を伸ばした。しかし、不思議なことに、相川の身体は近くに見えるが、手を伸ばすと遥か遠い所にあった。
「圭司さん、何だか」相川の声が、直接頭の中に沁みこんでくるように響いた。「何だか不思議なことに、私もずっと昔、圭司さんや杉浦さん、あなた達と一緒にいた気がしてきました。一緒に働いていたような。何となく、そんな気がしてきました」
「相川、手を出せ」圭司は叫んで必死に手を伸ばす。しかし相川は小さく首を振る。
「何でしょうかね、これは。何だか少し、寂しい気持ちです」
相川の、その頭には情景が浮かんでいた。
殺風景な白い部屋。そこにいた人間達は帰さり、狭い一角でポツンと三人が、ゲームの大会を見ている。木村が、やたらと文句を付けながら騒ぐ。相川は木村に説明しながら時折その頭の固さに皮肉を言う。杉浦はそれに対し苦笑いを浮かべながら、真剣に、大人しくゲームを眺めている。
体の奥の方で何か少し冷たくて、そしてどこか暖かい風が流れてくる。これが感情だろうか。今まで、気づくことはなかった。
気が付くと、圭司が身体に触れていた。彼はバグを通り越して自分を掴んだのだ。相変わらず無茶苦茶な人間だ。
圭司は今にも泣きそうな情けない顔をしながら、それを隠すように、皮肉に笑っている。
「相川、やっぱりお前は人間だったんだよ」
「そうですか、まぁどう思われようといいですけど」そう言ったつもりだったが、言葉になったのは空気が軋むような、声にならない音だった。しかし、彼に意味は伝わったらしい。
「あぁ、本当は俺もどっちでもいいんだ。どっちだろうと、相川、お前は仲間だよ」
やめてくださいよ、らしくないですよ。
最後に言おうとした言葉は掠れた息にもならなかった。ただ、そんな微笑を浮かべて相川は目を閉じた。まさかAIの自分がこんなふうに死ぬなんて思わなかった。
何だか面白かったな。最後に、そんなふうに思った。




