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 強い光が全てを包んだ。青白いあの光だ。記憶の走馬灯を抜け光が薄れた時、何百年も眠り続け、何百回と同じ人生のパズルを繰り返した彼の目にふと焦点が戻ってきた。

 杉浦は圭司の顔をぼんやりと見て言った。「木村さん」

 杉浦か囲む光は次第小さくなっていき、そして彼の体は白い煙へと変わろうとしていた。

 圭司は消えていく彼に向けて何とか声をかけた。「杉浦。お前の人生はお前の夢じゃなかった。確かに皆存在していたよ」

 杉浦は目を閉じた。そして、そのまま薄くなって消えた。

 

 さっきまで、杉浦の腕を誰かが掴んでいた。その人は、圭司の右肩に寄りかかる様にして杉浦に手を伸ばしていた。

 圭司は杉浦が消えてから、ようやく呆然と隣の人間を見た。そして、時が止まったように、その顔に吸い込まれた。

 見覚えのある顔だった。しかし以前とは少し変わった。大人になった。

「キゴウ」

 圭司は驚きと共にその名前を呼んだ。

彼は反応せず背を向けた。圭司はとっさに彼の腕を掴んだ。

「待て。キゴウ」

 確かに掌が肉を掴む感触があった。しかし、不思議とその腕は水のように通り過ぎて外れた。そしていつの間にか、キゴウは随分遠くまで離れている。

「待て」と叫んだ。しかし、すぐに前方の視界がおかしくなって閉ざされてしまった。同時に危機に気付く。周りの空間が歪み始めている。

 バグに取り囲まれてしまっていた。古いゲームで遊んでいた時、バグが発生して画面が小さな色のブロックと数字や文字列で混沌と塗りつぶされたことがある。その空間の中にキャラクターが閉じ込められて一歩も動けなくなった。ボタンを押すと意味不明な文字の羅列が会話文に流れる。そんなことを頭のどこかで思い出した。あのキャラクターになった気分だ。それよりも歪な空間が、今周りを取り囲んでいる。

「圭司さん」相川の声が背後から聞こえた。「目を瞑り、耳を塞いでいてください」

 相川は圭司の肩をポンと叩いた。すると、何重もの薄い膜と球体の油膜のようなものが身体の周りを囲った。相川は圭司を囲ったその透明な球を掴んで、腰を深く落として体を小さく丸めた。何かが異様に軋む音が聞こえた。次の瞬間、相川の身体は弾けてバグに向かって突進した。

 空間のねじれに入って暗闇が視界を包んだ。表現しようがない、言葉にはなり得ないものがその中を通り過ぎていく。全てが遅くなり、重くなり、収束していくような感覚になる。しかし、それは限りなく永遠に近い一瞬なのだと感じていた。

 光る点が見え、瞬く間にそれが膨張し、その中に飛び込むと同時にバグから飛び出していた。

 バグはもう遥か遠くにあり辺りは平然と白いマユが取り囲んでいる。

 圭司を守っていた薄い膜はボロボロになり、きらきらと剥がれて消えていく。。

 次第にマユ達が上空に昇って行った。最初はそう思ったがすぐに違うと気づいた。自分が落ちているのだった。

 気づくと自分を運んでいた相川の腕が無くなっていた。落下しながら周りを見た。相川は傷だらけの体で、すぐ近くに浮いている。

 何とか相川の方に手を伸ばすが、届かない。

 そのままどこまでも落ちた。しかし何時までも底にはたどり着かない。一体どこまでこの穴は続くのか、そう思った時に、突然体が柔らかい何かにめり込んで、そしてゴムのように弾かれバウンドした。黒い地面に放り出されていた。

 圭司は頭と体の痛みに呻きながら立ち上がった。相川は近くに倒れていた。そちらに近づこうとした。

 その時、相川の首が傾いてこちらを見た。

「圭司さん、来てはダメです」相川はそう言って、辛そうに立ち上がった。

 相川の腕の先が歪んで変色している。その形状は突然膨張し、そしてすぐに圧縮し、異様に蠢いた。皮膚が裂けて血が飛び散った。そして、その歪みが肩に達しようとする時、相川は左腕の手刀で自ら右腕を切り落とした。

 血が噴き出てバグが地面に落ちた。そしてすぐに近くの空間を歪め始めた。

「圭司さん、逃げましょう」

 相川は肩を抑えながら走り出した。圭司はそれに続いた。

 少し走ったところで相川の上半身が突然崩れた。彼はそのまま前のめりに地面に倒れた。

「おい、相川」圭司が驚いて言った。「大丈夫か」

 相川はしばらく荒い息を吐くと、ゆっくりと仰向けになった。

「大丈夫か」また圭司が聞く。

「えぇ」口ではそう言うが、相川は不思議な顔をしていた。それは今まで彼が見せたことのない表情だった。どこか呆然としていて生気を感じなかった。

「再生できないのか」

「えぇ」

「バグが取れないか」

「そうかもしれません。分かりませんが」

「病院は、他のAIを呼び出せないか」

「えぇ」

「どうして」

「ログアウトしてしまいました」

「何だって」

「ログアウトしてしまいました。おかしいですね。AIがログアウトするなんて」

 相川は表情を変えずに言った。肩から溢れる血が地面に滲みだしていた。彼の顔はみるみる白くなっていった。

「圭司さん、どうすればいいのでしょうか?」

「待て、直してやる」圭司は言った「その辺にいる誰かを叩き起こして、システムに依頼して治療させる」

 圭司は辺りを見た。しかしマユは遥か上空にあった。

「どうすればいいんだろう」相川はまるで幼い子供のような、ぼんやりとした顔でそう呟いた。

「待ってろ、どうにかしてやる。何か助けになるものを見つけてくる」

 圭司は「助けてくれ、重症だ」と叫び、駆け出した。「助けてくれ」と何度も叫んだ。そして四方にかけた。

 相川はぼんやりする意識の中で、その姿を追った。その姿は面白かった。明らかに彼のしていることは無駄だった。システムに助ける気があるなら、もうとうに助けているだろう。しかし圭司は一生懸命叫んでいる。面白い人だ。

「なんとかしてやる。待ってろ」と圭司の声が遠くで響く。「おい、誰か降りてこい。ここに重傷者がいるんだ」

 すると、その声に反応するように上空のマユ達が開きだした。まさかと思いながらその動向を眺めた。「来たぞ」と圭司は歓声をあげた。しかし、すぐその表情は一変した。

 開くマユから塊が地面に落ちてきた。それは地面に転がり軋んだ音を立てて半分地面と混じりあった。色彩を構成している色がズレて、輪郭が青や黄色や赤色に滲んだ。それがチリチリと鳴ってモザイクのように荒くなったり、薄くなったりする。その頂上には顔が付いていて、こちらを見ていた。

「今日は雨が降って、通り過ぎた覚書にある、赤色の降って雨が映像の」それは訳の分からない言葉を話しつづけた。

 次に地面落ちた者は体の中央に穴があり、その中に吸い込まれていくようにして消えたかと思うと、真っ赤な色に染まってまた穴から生まれてきた。それは半分溶けたようにドロドロになっていた。周りが空間がして赤く染まっていく。

 空からそんな者達が次々と降ってくる。相川はバグった人間達の目を覗く。それは今何を見ているのだろう。バグは一体何を見ているのだろう。ふとそんなことを考えた。

 圭司が走ってきた。そして相川の体を抱き起した。

「圭司さん、もう逃げられません」

「諦めるな」圭司は叫んだ。「絶対に諦めるな」

 その声は有無を言わせない迫力があった。何故だろう、それがどこか懐かしい。

「必ず何かあるはずだ。必ず」

 相川の腕から流れる血を浴びて、圭司の顔は血だらけになっていた。その中で、目が異様に光っている。これが人間の顔か。人間の必死さとはこういうものだろう。本当にこの人間は諦めていないのだ。こんな状況で可能性を信じているのだ。

 バグに囲まれていき逃げ道が無くなっていく。しかしその時、目の前にエレベーターの箱が現れた。相川は心の中で、こんなことはあり得ないと思った。これも何かのバグの一つだろうか。

 圭司はそのエレベーターの中に相川を引きずって倒れこんだ。「地表へ出ろ」エレベーターに叫ぶ。

 エレベーターは即座に昇っていく。

「こいつを治療してくれ」さらに圭司がそう叫ぶと、エレベーターから白い光が出てきて相川の腕を包んだ。肩から流れる血が止まり、少しづつ皮が再生していく。

 エレベーターはそのまま地表に出たかと思うと、形を異様に歪めて煙のように消えた。相川の腕を纏っていた白い光も消えた。しかし、その腕は回復しきってはいなかった。

「どうして。何故消えた」

「いえ圭司さん、ありがとうございます。だいぶ楽になりました」

 相川はそう言うと傷口に逆の手で触れた。すると皮膚のようなものが傷を覆い、塞ぎこんだ。

「システムに接続できたのか?」

「いえイメージです。ただ私の想像力ではこれで精いっぱいです」

「イメージ?」圭司が聞き返す。

「えぇ」相川は辛そうに頷いた。「ログアウトしていてもイメージが反映される。どうやらシステムはイメージクリエイトを全く制御出来ない状態になっているようです。周辺の物質に想像がすぐ反映されてしまっている。圭司さん、気を付けてください。何か悪いイメージを抱いてはいけません」

 その時、地面がふっと消えた。落ちていく圭司の身体を相川が掴んだ。

「大丈夫、地面はあります」

 相川がそう言う通り、次の瞬間には地面があった。

「負のイメージも実体化してしまいます。しかし、あなたが想像力の乏しい人で良かった。私でも簡単に抑え込める」

 圭司は驚いて、相川の皮肉にすぐに答える余裕も無かった。

「圭司さん、平常心を保つことが大切です。大丈夫。いつも通り何も考えないでボケた顔をしてください」相川が皮肉に笑って言った。

「分かったよ。馬鹿野郎」と圭司は言った。相川が気を使ってわざと自分を煽っているのは分かった。そのおかげで少し落ち着こうとすることが出来た。しかし、悪い想像を持たないようにする。それは、そうしてはいけないと思うほど頭に浮かんで来そうで。

「圭司さん程度の想像力であれば、私の想像で大体は打ち消せます。安心してください。いつも通りにしていていいです。私はAIなので、揺らぐこともないですよ」

 圭司はゆっくりと息を吐きだした。その後息を吸って、そして言った。

「お前は人間だろうが」

「違いますよ」

「嘘つきやがれ」これが二人の定番のやり取りだった。しかし、いつもと変わって圭司はそこで何か思い出したように真剣な顔になる。

「でも、システムと繋がってないんだろう。AIならどうやって動いてるんだ」

「内部にある計算機で動いています。一応器官は人間とほぼ変わりありませんから。しかしシステムから外れた今、人との性能差もほとんどありません。想像力も、知識も、神経能力も、人間レベルです。次何か危険なことがあった時は助けきれないかもしれません」

「人間レベルか」そこで、圭司は記憶に何かが引っかかって頭の痛みを感じ、顔を歪めた。

「大丈夫ですか」

「あぁ、あまりの事が続いたから、すっかり痛みも忘れてたよ」

「あまり、考えすぎないほうがいいです」

「あぁ」圭司は目を瞑った。記憶の逆流にあうと激しい頭痛がしたが、何回も経験するうちにそれには少し慣れ始めてもいた。

 杉浦の記憶が蘇って来ていた。それは他の人間達の記憶よりも遥かに鮮明だった。そして苦しい物だった。

「相川、お前杉浦の事は覚えているか?」

「えぇ、バグが発生して消えました」

「今回はバグが起こっても、お前の記憶はロストしていないな」

「おそらく、ロストする前にシステムからログアウトしたことによって情報が同期されず内部に残ったのでしょう」

「そうか。杉浦について、その前の事は覚えていないか?」

「その前ですか」

「あぁ相川、お前は本当に人間だったのかも知れないよ。お前は数百年前、杉浦と木村と一緒に働いていたようだよ。刑事として」

「そうですか。おそらくそれは私と同じモデルのAIがいただけでしょう」

「そうなのか」

「ええ、珍しい事ではありません」

「そうか」

 相川が言う。「それより圭司さん。あなたがキゴウと呼んだ男ですが」

「あぁ、それも見えたか」

「えぇ、今回は見えました。彼がゴーストでしょうか?」

 圭司は口を掌で覆って、少し考え込む仕草をした。

「いや、おそらく違うと思う」

「違うのですか?彼は、杉浦を消しましたが」

「あぁ、それはそうだと思う。しかし、この危機的な状況を引き起こしたのはあの子ではないと思う」

「では、彼は何を」

「分からない。しかし犯人の正体は分かった」

 相川は驚いた顔をした。「犯人が」

「何者なのかは分からない。ただ数百年前から人間を弄んでいた。確信がある。こんなことを出来るのはそいつしかいない」

「相川」そこで思いついたように圭司は言った。「使えるエレベータはないか」

「この近くなら、エリア2の境界付近の地下に旧時代のエレベーターが残っているかもしれません。あれなら手動でも操作できます」

「そこに行こう」

「分かりました」

「どのくらいかかる」

「飛んでいけばすぐです。捕まってください。私の想像で飛びます」

「分かった」


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