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翌日には、杉浦の診断書もまとまり、その翌日には精神科医の診断も出て、システムの判断を見られるようになった。人の診断ははっきり言って建前で、ほとんどはAIの診断が大事であった。システムはVRに入っている人間の精神波形を常に読み取った上で判断している。確実性があるのは明かにシステムだった。
システムの診断としては、まずキゴウの治療は現状必要がないということだった。そして、AIに対しては若干の負の感情があること、特にコピーに対してはアレルギー反応があることが示された。
また、現状そこまでの問題ではないが、少し境界倒錯症の傾向が出ているとのことだ。
質問への返答の中で、キゴウが嘘をついた可能性が高いとされた個所がいくつかあったようだが確実ではないという。また、どの答えに置いてそれが検知されたということも、システムからは示されなかった。任意検査ということで個人情報の保護がなされているのだ。
精神状態としては、カウンセリング序盤では恐怖と緊張、後半には怒りの感情も見られた。少年はVR内で常に強迫観念に近い状態にあったという。ただ、波形の起伏は緩やかで、メンタルコントロールが上手く、忍耐強く、理性的であるということだった。知性も高く、慎重に言葉を判断して意図的に返答を曖昧にしているということもあるようだ。
結論としては、継続して検査をする必要があるということでまとまり、最初の検査は終了した。
委員会から次の検査指示は降りてきてないが、その前に杉浦はキゴウの言っていたゲームについて調べる必要があると思った。巣造像というゲームと銀河鉄道の夜。
窓外の偽物の空から夕陽が差し込んでくる頃。相川以外の人間が帰った部屋で、杉浦は巣造像のサイトを覗いていた。すると木村がやってきた。
「それが、あいつがやっていたゲームか」
「そうですね」
「俺さ、VRゲームって疎いんだよ。若い奴らが話してるの聞いてても何のことか全然分からねぇ」
「木村さんくらいの世代の方たちは通っていない人もいるのですね」
「昔はVRは人の脳をダメにする。アルツハイマーになる、なんて言われていたのに、今じゃやらないやつのほうがいないだろう」
「そうですね」サイトの情報をスクロールしながら、杉浦は適当に相槌をうつ。
「それで、あいつはどんなゲームをやってるんだ」と木村は杉浦の画面を覗き込んだ。
「私も詳しくないソフトなのですが巣造像というゲームですね。FPSみたいなものでしょうか」
杉浦はサイトの文章を見ながら木村に説明する。
「巣造像はイメージクリエイトゲームで、自身の想像したものをゲーム内で具現化することが出来る」
「何それ?」とのぞき込んでポカンとしている木村の後ろに、相川も回り込んで画面を覗きにくる。
「巣造像ですか」
「相川知ってる?」
「はい」
「お前ゲームとかやるの?」と木村が聞く。
「まぁ」
「へぇ」
「とりあえず、やってみます?」と杉浦が唐突に提案した。
「え?」とポカンとする木村。
「説明を見るより、やったほうが大体の感じがつかめますよ」と杉浦が言うと「そうですね」と相川も同調した。
木村はソワソワと落ち着かない様子で頭を撫でた。
「俺、VRゲームってほとんどやったことないんだよ」
「取り調べで使うじゃないですか。それに、大して難しいこともありませんよ」
「あれはゲームじゃないだろう」
「一緒ですよ」
「そうか」
「ちょっとやってみましょうか」
「いいのかな、仕事中に」木村らしくなく、弱気になっている。
「これは仕事ですよ。それにもう時間外です」
三人はBOXと呼ばれるモニター室に入った。この部屋は正方形の四角い箱で、グラスやカプセルが無くても、高解像度でVR空間を監視できるように壁全体が水晶モニターになっている、ということで当時作られたが、今ではどんな壁でも、それを再現できるので、機能としては無意味だった。ただ、役割は残り、慣習として本格的な監視の際に使われることが多い。
相川が呼び出すと、壁からVRカプセルが出てきた。杉浦と相川がそれに座り込む。何だか木村がソワソワしているので「木村さん、あれでしたらモニターで見ているだけでも」と杉浦は言った。木村は何故かとぼけた顔をしながらカプセルに入った。その顔色は少し青ざめていた。
ログインすると、目前が暗転して、巣造像のタイトル画面が浮かびあがってくる。
「トレーニングモード」と杉浦が言う。
タイトルが闇の中に溶けて地面に青い閃光が走った。光は縦横に何本も伸びていって規則正しいマス目を描く。すぐに青い閃光は消えていき、代わりに明かりが灯り、地面には黒いマス目が敷き詰められ、壁と天井が無い白色空間に三人は立った。
木村はキョロキョロと落ち着きなく周りを見た。
「ちょっと風景が味気ないですね」杉浦が言う。すると、取り囲む風景が靄になって消えて気づくと海になる。宇宙、森、氷河、火山とさらに絶え間なく景色は変化し、木村が慌てふためいている中、最終的に青空の下の草原になった。景色が決まると木村はほっと息をはいて汗を拭った。
「では、シュミレーションをやってみましょう。えーと。まず、巣造像の一番の特徴であるイメージクリエイトですね、そのシュミレーションをやってみましょうか」杉浦がそう言うと野球ボールが空から落ちてきて大きくバウンドした。
「キャッチボールしてください」と空間に巣造像のアナウンスが流れる。
「キャッチボール?」木村は不思議そうにボールを拾い上げる。「どの辺がイメージクリエイトなんだよ」木村は不満をいいながら安心したようにボールを掲げた。とりあえず三人で三角形を作ってキャッチボールを始めた。
杉浦がボールを取りこぼすと「杉浦、野球あんまりやったことないだろう」と木村が大声で煽った。
「バレました?」
「投げ方ぎこちないぜ」
相川はそつなくこなしている。
「これ何のゲーム?野球?」木村はVRゲームが思ったより身近なものだと思ったのか快活な大きい声を出して調子を出してきた。
「ボールの重さが変わります」というアナウンスが流れる。5kgというブロック体の文字が相川が投げたボールの下にポンと浮かんで消えた。
「5キロ」と驚いた様子の木村、両手でボールを受け取った時に腰が大分沈む。
「危ねぇだろ」
「ゲームですよ」と杉浦。
「まぁ、そうだけど」木村は重そうにボールを肩でささえ、押し出すように投げた。
杉浦も重そうに何とかキャッチした。杉浦がボールを投げ、相川キャッチした所でまた重量が変わった。20kgと表示されている。
「20キロ」木村は驚いて声を上げた。
「ちょっと待て」という木村を言葉を意に介せず、相川は砲丸投げのようなフォームで木村にボールを投げた。木村が咄嗟にそれを躱して、球は地面にどすんと落ちる。
「危ねぇだろうって」騒ぐ木村を、杉浦は「ゲームですから」と言ってなだめた。
木村が地面に落ちてるボールを拾うとm次は「0.03g」と表示された。
「0.03g?」
ひょいと木村がボール抛るとそのまま遠くまで飛んでいってしまった。「あらー」と木村は行く先を眺めた。
新しいボールが出てきて、また木村がそれを拾った。
「次からは、重さを自分でイメージして投げてください」ゲームからアナウンスがある。
「重さをイメージして投げる?どういうことだよ」と言いながら球を抛る木村。
キャッチする杉浦。
「こういうことですかね」と杉浦は「5kg」と言いながら投げた。
相川がキャッチする。画面には4kgと表示された。
「確かに重かったです」と相川。
「自分がイメージした重さになるってことか」と木村。
相川も「10kg」と言って木村に投げた。木村は受け取ると、腰を持っていかれて尻もちをつく。
「重いなぁ、もっとお前、1kgとかでもいいじゃねぇか」
画面に10kg表示される。
「おぉぴったし。凄いな相川」と杉浦。
「うっし、じゃあ」木村はしたり顔で「2トン」と言って投げつけた。杉浦は「おぉ」とキャッチするが画面には2kgとの表示。
「全然じゃないですか。そもそも2トンもあったら投げられないでしょう」
「そうだよな、なるほど、そういうことも考えなくちゃいけないのか」と木村。
「20キロ」っといって杉浦は投げる。
重たそうにとる相川。20KGという表示。
「だんだん重たくしていく分にはイメージしやすいですね」と杉浦。
「よくとれたな、相川」と木村。
「捕れるイメージを持っていれば捕れるということですよ。つまり投げるほうも一緒です」
相川は球を肩に乗せて深く腰を落とす。そして、深く胸で呼吸する。その仕草がかなり入り込んでいてボールの重量を感じさせた。
「おいおい、何キロだよ」と木村。
「凄いな」と杉浦。
相川の足元から地面がひび割れ始める。
「おい何キロだよ」と木村は慌てて叫んだ。
「20トン」と言いながら相川はそのボールを木村に投げる。
木村は慌てて飛び退いた。ボールは地面に落ちるとけたたましい音を立ててめり込んだ。 地面にはひびが入り、数値画面に32000kgと表示されている。
「危ねぇだろう」と倒れながら木村が叫んだ。
「今のは危ないよ」と杉浦もぼやいた。
「すみません。実際には20KGくらいの気持ちで投げたんですけどね。地面はお遊びで」
「何だよ地面はお遊びでって、そんな技知らねぇよ」と木村が土を払いながら不満そうに立ち上がった。
「なるほど、そういう演出もイメージできるのか」と杉浦。
「32000kgだってよ」と木村が表示された数値を見る。
「重さは、それを観測している人間のイメージの総和から計算されます」アナウンスが流れる。
「あぁなるほど。相川が20kgだと思って投げても、俺や木村さんがかなり重いと想像したせいで重たくなるのですね」
「そういうことか」
「面白いですね」と杉浦。
アナウンスが流れる。
「守備側が恐怖や不安などの負のイメージを持つことによって、攻撃側のイメージをより強くしてしまうことがあります。これを〝自滅効果”といいます。守備側は自滅効果を生まないように相手の攻撃を弱くイメージすることが大事です」
「なるほどね、自滅効果か」と杉浦。
「そうか」と木村。気合の入った表情でボールを持って相川に「20トンだ。死ねぇ」と投げつけるが平気でキャッチされてしまう。画面には2KGと表示される。
「自分の運動性能が身に染みてるので、それを逸脱したものはイメージするのに大分訓練が必要そうですね」と杉浦。
「嫌なゲームだ」と木村は吐き捨てた。
すると、突然軽快なBGMが流れて、杉浦が持っているボールが消えた。
ステップ2 というブロックが3人の間に浮かびあがる。
「お、ステップ2がでましたね。イメージクリエイト。やっと本題か」
アナウンスが流れる。
「目を瞑って、右手に白いボールを持っているイメージをしてください」
すると静かなヒーリング系のBGMが空間に流れだした。
「なんか催眠にかけられてるみたいだな」
「そうですね」
とりあえず三人は目を瞑ってアナウンス通りにイメージしてみた。
白いボールを思い描けたと感じて目を開いた杉浦の腕には何となく球体の煙があったが、すぐに溶けるように消えてしまった。木村の手の上は空で煙すらない。ただ、相川だけが完璧なボールを作っていた。
「何それ、お前やったの?」と木村。
「はい」
「目瞑ってる間に転がってんの持ってきたんだろ?」
「そんなことやりません」
「嘘つくなって」
「ちょっとやってみて」と杉浦。
二人が見ている中で相川は再度目を瞑った。すると左手に少しづつ煙が集まり、やがて球体が出来てくる。
「おぉ凄ぇな」
目を開く相川の手にはしっかりとボールが握られている。
「どうやるの?」
「頭の中でボールの映像を強く想像してみてください」
「そうしたんだけどな」
再度、挑戦するがやはり二人ともボールを作ることは出来なかった。
「正確なイメージというのは実は難しくて、案外出来ていないものなのです。実際記憶にあるものや想像したものを絵に起こそうとした時に、いかに自分がその実体をつかめていないか気づくはずです。大分曖昧なものでも脳が補完して認識できるから普段は気づかないのですね」と相川が言うと、「出たよ、博士」と木村が小さくぼやいた。
しばらく、訓練していると、杉浦のほうはそれなりの形になって出てくるようになった。
「お、それなりだね」と言う、木村の方は相変わらず何もない。
「なんか俺のカプセルは壊れてんじゃないのか。それとも、やっぱりこういうのは若い人間が強いのか」
「ある程度VR慣れの部分もあるかもしれませんね」と杉浦は一応フォローした。
ステップ3 マジッククリエイト
「イメージは何にでも応用できます。炎でも、水でも、現実世界にないものでも。好きなものを創造して、自分だけの魔法を作ってください」
「これは面白そうだな」と煙すら作れていない木村は張り切った。
それから、3人はしばらくイメージクリエイトで遊んでいた。訓練の内、杉浦は何となく小さい炎は作れるようになった。相川は大抵のものは出来た。木村はいくらやってもボールすら出来ず、結局霧らしきものを作れるようになったぐらいだった。
「一応、全員魔法らしきものは作れるようになりましたね」と相川。
「まぁ、そうだな」と遠い目をしながら、呟く木村。
「一度、対戦に入ってみます?」と杉浦が提案する。
「対戦か」木村は渋い顔をしている。
「どんなものか経験しておくとキゴウさんとも話しやすいので」
「まぁ、そうだな」
「プレイヤーポイントの増減に関係がないノンランクマッチに入れば強い人は来ないでしょう。とりあえず逃げ回ってれば、初心者でもそんなにひどいことにならないとは思いますよ」
「じゃあ、ちょっとやってみるか」渋々と木村も了解した。
「じゃあ、行きましょうか」
風景が溶けだし始めた。歪んで消えていく中で、「VRで殴られても大丈夫だよな」と木村は大声で聞いたが返事はなかった。
青い彗星が暗闇を突き抜けて、目前に銀河が広がる。それと同時に、煌びやかだが、どこか静かな音楽も広がって空間を浸した。




