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それから数日たっても、強制検査の指示は降りてこない。委員会でもなるべく火種を作りたくはなかったのだろう。杉浦としては心のどこかで面倒な案件はこのまま流れてほしいという気持ちもあった。
その間、杉浦は青木が残した仕事をさばくのに時間を費やしたが、相川が補佐として手伝ってくれたのでそこまで苦労もなかった。相川は若手に似合わず粘り強く従順だった。
キゴウとの面談から一週間後、調査の許可が下りた。キゴウに連絡を取り、その件について伝えると、彼は強制ということなら協力するから任意にしてほしいと要求してきた。結局検査は任意となった。彼としては少しでも検査が中止になる可能性を拾いにいっただけなのだろう。
三日後、最初の精神分析がVR上で行われた。
杉浦がキゴウの箱にログインすると、黒い細かくちぎれた布が台地の上に深々と振り注いでいた。空は赤黒く濁り台地は地平線まで平らな黒面以外何もない。
少年は棒のように立っていた。
「やぁ」と杉浦が声をかけると、キゴウは微笑み頭を下げる。
「ここは、君が作った世界ですか?」
「いえ、ゲームに元からあるテンプレートです」
「そうですか。暗い所好きなの?」
「いえ、別に」
「綺麗な所ですね」
黒い布は二人を避けるようにして降り、地面に落ちると溶けて消えていった。
杉浦は自分にしか見えないように設定されているスクリーンを出した。そこにはシステムによって作られた質問事項が並んでいた。
「座りますか」
杉浦が言うと地面からパイプ椅子が出てきた。二人は2m離れたところで向き合って座った。
「では、検査を始めます。といっても緊張しないでただ自然と答えてくれればいいですよ」
キゴウは頷いた。
「もう学校には行っていますか」
「VR登校しています」
「今日は疲れましたか」
「いえ別に」
「勉強は好きですか」
「いえ」
「どうして?」
「特に理由もありません」
「そうですか。私も勉強は好きじゃないですね。今でも」
システムの質問事項と自分の言葉を混ぜながら会話を重ねていく。キゴウにそれを悟られないように、スクリーンに目を落としている時もキゴウからは杉浦の目線がキゴウの顔を向いて見えるように設定されている。一方、キゴウのヴィジュアルは実体の肉体と同期した状態にあるのでそういうごまかしは出来ない。
「ご飯はちゃんと食べてますか」
「はい」
「寂しくないですか」
「はい」
「寂しい?」
「いいえ」
キゴウは質問に対して目をそらすことはない。しかし、こちらを見ているようにも思えない。彼は遠くを見ているようだ。彼の後ろでは黒い布が相変わらずチラチラと舞って落ちていく。
「何か困っていることはありますか」
「ありません」
「ゲームは好きですか」
「いえ、別に」
「よくやります?」
「はい」
「ソフトは何をやりますか」
「対戦ゲームです」
「今よくやるのは、何ていうソフトですか」
「最近は巣造像です」
「巣造像か。最近よく聞きますね。プレイヤーポイントは今どのくらいですか」
「1500です」
「へぇ、凄いですね」
この言葉に対してキゴウの反応は無い。
「どんなプレイスタイルですか」
「直接攻撃です」
「そうなんだ。じゃあ反射神経が良いんですね」
「いえ」
「どうすれば、そんなに強くなれますか」
「時間を浪費すれば」
「浪費?ゲームの時間は浪費だと思いますか?」
「はい」
「じゃあどうしてプレイするの?」
「分かりません」
「一日何時間くらいプレイしますか」
「8時間くらいです」
「ずっと対戦?」
「はい」
「凄い体力ですね」
反応無し。
「他のゲームはやりますか」
「ほとんどやりません」
「たまにはやる?」
「はい」
「それは、どんなソフト?」
「ストーリー系の、銀河鉄道の夜とか」
「へぇ、ストーリー系もやるんですね」
「はい」
「結構古いのやるんだね」
「はい」
「どんな内容のゲーム?」
「汽車に乗って、星をみるゲームです」
「どんなところに惹かれるの?」
「分かりません」
「どのシーンが好き?」
反応無し。
「同じストーリを何回も遊ぶ?」
「何回かは」
「保護された時は、何のゲームをしてました?」
「巣造像です」
「対戦モード?」
「そうです」
「VR以外で遊ぶ?」
「いえ」
「友達はいますか」
「いると思います」
「どんな子と仲が良いですか」
「仲は良くないと思います」
「どんなこと話します?」
「ゲームの事とか」
「一人でいるのと、人といるのはどちらが好き?」
「分かりません」
「ゲームと、現実とどっちが好き?」
「ゲームも現実の中にあるものだと思います」
「そうですね。じゃあ、言い方を変えましょう。VRで過ごすのと、実体で過ごすの、どちらが好きですか」
「分かりません」
「もう一度、よく考えて見て」と杉浦はキゴウの目を深くのぞき込む。
「VR」と言いながら右手を上げ、キゴウが反応をしないことを見てから、「実体」という言葉と共に左手を上げる。少年はどちらにも答えないが観察しているシステムは精神波形を分析しただろう。
「では、どちらにしか、いられないとしたら、どちらにいる?」
「分かりません」
「何か嫌いなものはありますか」
「分かりません」
「ない?食べ物とかでも」
「特にありません」
「人とか」
「特に」
「VRで人を攻撃した時、どう思う?」
「分かりません」
「分かりませんという前にもう少しよく考えて見てください。もう一度質問するよ。VRで人を攻撃した時、どう思う?」
「次何をするかを考えています」
「それは考えていることだよね。感覚としてはどう感じる?」
反応無し。いや、少年の薄い微笑が少し深くなる。
「興奮するとか、悲しい気持ちになるとか、そういう感覚がないですか?」
「特に」
「何も感じない?」
「はい」
「明るい所と暗い所、どちらが居心地がいい?」
「その時によります」
「今は暗い気分?」
反応無し
「VRで人を攻撃するのと、現実でするのは違うと思いますか」
「はい」
「どう違う?」
「場所が違います」
「他には」
「実体では犯罪になります」
「他に何かある?」
「今は思いつきません」
「では、犯罪にならないとしたら何が違う」
「それは先ほどの質問と同じです」
「VRにも色々あるけど、どうして対戦ゲームをするんだろう」
「小さい時にやっていたので」
「いつ頃からやってるの?」
「覚えていません」
「少なくとも、この時にはしていたというのがあれば」
「小学校に入る前にやってました」
「友達と始めた?」
「いえ」
「家族と始めた?」
「はい」
「お父さん?お母さん?」
「父です」
「お父さんは、どんな人でした」
「覚えていません」
「でも、ゲームを一緒にしてたんですよね」
「ゲームは強かったです」
「優しかった、厳しかった」
「覚えていません」
「お母さんは」
「覚えていません」
「お母さんとはゲームはした」
「たまに」
「対戦ゲーム?」
「いえ」
「どんなゲーム」
「覚えてません」
「お母さんはどんな人だった」
「分かりません」
「厳しかった、優しかった」
「分かりません」
「口で説明するのは難しい?」
「はい」
「じゃあ、私が質問するから、そうだと思う方で頷いてください」
「お母さんは、やさしかった」
反応無し。
「厳しかった」
反応無し。
「どちらでもない?」
反応無し。
「お母さんは、いいお母さんだった?」
「そうではなかった?」
「お母さんは、君を愛していた?」
「そうではなかった?」
「君はお母さんを愛していた?」
「そうではなかった?」
「コピーのお母さんは、人間のお母さんと違う?」
杉浦はキゴウの前で一人で芝居でもするかのように、左手をあげたり、右手を上げたりした。キゴウはそれを黙って眺めていた。
「よく考えて見て。君はお母さんがAIに変わったのを知っていたの?」
「はい」
「いつ気がついた?」
「覚えていません」
「どうして気づいたの?」
「覚えていません」
「じゃあ、大分小さい時から気づいていた?」
「それも、覚えていません」
「最近?」
反応無し。
「それは知った時はショックだった?」
「いえ、別に」
「AIというものに対してどう思う」
「どうも思いません」
「例えば、AIやVRを快く思ってない人達もいるよね」
「えぇ」
「君はそんなことはない?」
「はい」
「では、コピーというものに対して、どう思っている」
「どうも思いません」
変わらない微笑みの下だが少年の態度は頑なだった。返ってくる言葉からは彼が事件については何も話す気がないということだけが伝わってくる。その後も、システムから下りてくる質問事項を主体に少年と話したが、それは変わることはなかった。言葉の上で少年の本音を引き出すのはどうも難しそうだった。
「ありがとうございました。じゃあ、今日はここまでだね」と杉浦は立ち上がって少し伸びをした。
「疲れたでしょう?」
「いえ」
「今回の結果を分析して、また次回の連絡をします」
「分かりました」
「お疲れ様」
「さようなら」
キゴウは小さく頭を下げて消えていった。
風景が暗転し目が開く。透けて見える天井の青いランプを10秒間見つめて、VR帰りの精神を落ち着かせた。それからグラスを外し、杉浦は疲労を吐き出すように小さなため息をついた。
部屋には、相も変わらず木村と相川がいた。3人は検査の様子をスクリーンで観察していた。杉浦と少し話すと、それぞれの仕事に戻っていった。
検査結果について、システムによる分析もされるが、その前に人間の判断を出して置かなければならない。先にシステムの答えを聞くことによって先入観が植え付けられてはいけないからだ。
まず検査時のVR情報を、委員会と精神科医に提出し、杉浦自身の診断書も提出する。それが出揃ったうえで、システムの分析を参照し、精神科医の所見とも合わせ、その全てを参考にしたうえで、検査結果を出していくことになる。法律上では最終的な結論はシステムではなく人間が出さなくてはならないとなっている。
しかし、今日は疲れたので、その仕事は捗りそうもなかった。杉浦は簡単な仕事を相川に引き継いで早々に退散した。
家に着き、妻と夕飯を食べた。娘もまだ起きていて育児ロボットと戯れていた。
その後、娘といくらか遊んでいるうちにいつの間にか妻はカプセルに入って眠ってしまった。娘をカプセルに入れて眠りにつくまで話をした。娘も少し大きくなったからか、人の顔色をよくうかがうようになった。娘が眠ると杉浦も自分のカプセルに潜った。
何となくVRで銀河鉄道の夜を購入し、入りの部分を見ているうちにいつの間にか眠ってしまっていた。




