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後日、杉浦と相川はキゴウの学校へと赴いた。
少子化が進む中学校の規模は年々小さくなっているが、ここはそれなりに大きく、古き良き校舎の面影を残している。
広い校庭の一面青い芝生の中央を二人は横切った。杉浦は転がっているサッカーボールをコートの端にあるゴールに向けて蹴った。球はゴールからわずかに反れて転がっていく。
「俺は昔サッカーをやってたんだよ」
「へぇ、そうなんですか」
「中学で人が集まらなくて辞めたけどね」
「実体競技の人口は減ってますからね」
「まぁあんな無駄に疲労の多いものを今の時代に好き好んでやるのもな。怪我したら治療も面倒だし」
「そうですね。VRでもやらないですか?」
「うん」
「そうですか」
二人は校舎の影まで入った。遠くから見た時は綺麗な白い外壁も、近づくと少しくすんでいた。
下駄箱でスリッパに履き替えた。玄関に掲示板があり校内の地図が表示されている。
「職員室は二階の奥だな」
二人は廊下を進んだ。内装は非常に珍しく全て木造のようだった。よく掃除されているが壁の傷や床の木目の黒ずみは歴史を感じさせた。
「凄いな。木造だよ。でも、今の子は不潔に感じるんじゃないかな」
「そうかもしれないですね。傷もあるし」
階段を上がる。踊り場の窓からは、日差しが差し込んでいる。
「エレベータがないとは、クラシックすぎるな」
「ここは、AIに指導をさせることもないようです」
「そうなんだ。自然主義の人が来るところ?」
「そういう方たちも通える学校ということらしいです」
「そんなところにAIの母親が子供を通わせていたと」
「そうですね。違法性はないですが、その話が広まると揉めそうですね」
職員室の扉をノックすると男性が出てきた。要件を伝え、隣の来賓室へ案内された。
部屋に入ると、担任と思われる若い女性とキゴウが座っていた。女性はすぐに立ち上がって二人に挨拶した。
「担任の魚尾です」
今時の女性らしく、体形から顔面まで完璧な代わりに個性もなかった。生まれてすぐか生まれる前に矯正したのだろう。自然主義の学校と行っても、そういうことはするらしい。杉浦と相川もへこへこと頭を下げ挨拶を返した。
一通りの形式的な会話を終え、二人は席に着いた。
「児童相談所との話は終わりましたか」杉浦が聞くと、「はい、先ほど」と担任は答える。
「どうすることになりました?」
「それが幾つか施設や、AIもご紹介していただいたのですが」
担任はキゴウを見る。キゴウはいつもの微笑をしている。
「一人でいいということでして」
「そうですか」杉浦はキゴウの目を覗いた。「それで、大丈夫かい?」
キゴウは頷く。
「まぁ、しばらくやってみて、何か問題がでたら、改めてもという形でも」と相川が話す。
「えぇ」
「本人の意思が一番大事ですからね」
「えぇ」
杉浦は、背筋を伸ばして座りなおした。机に置いてある紅茶の水面が少しだけ振動で揺れた。
「それで、今日のお話なんですが」
「はい」
「実は、率直に申し上げますと、キゴウさんは精神分析の必要があると判断されまして」
「精神分析ですか」
「えぇ。誤解されないでほしいのですが直ちに治療が必要であるとか、そういう話ではなくてですね。こういう精神的影響が強い事件が起きた際は必要になってくることが多いのです」
「はぁ、そうなんですか」
「キゴウさん、分かりますか?」
杉浦はキゴウにも尋ねたが、キゴウは反応しなかった。
「それは、システムにキゴウ君を分析させるということですか」担任が聞いた。自然主義の学校とあって、やはりこの手の話に反応は良くなさそうだった。杉浦は面倒なことにならぬように慎重に言葉を選んだ。
「そうですね。必要があればシステムの補助も入ります。まぁ、精神分析というと何か重大な響きですが内容は大したものでもないのです。会話をして質問に答えてもらったり、もしかしたらVRでちょっとした心理テストみたいなものをしてもらったりと、そのくらいです」ここでキゴウの方にも顔を向け「学校のテストよりは全然楽だと思いますよ」と少し冗談めかした。
「この子は学校のテストも楽々ですよ、いつもね」と担任が言った。
「そうなんですか、それは凄いですね」と感心した声を出して「じゃあ、この検査も楽だとは思いますよ」キゴウに語り掛ける。期待してもいなかったがやはり反応はなかった。
杉浦はスクリーンを表示して検査の説明を始めようとした。すると、今まで黙っていたキゴウが突然口を開いた。
「その検査は強制ですか?」
「その必要があるということで、私達は来ました」
「強制ですか?」流そうとした杉浦にキゴウは同じ質問を重ねてきた。杉浦はキゴウの目を見る。
「強制ということも出来るのだけど、出来れば私達はそういう形にしたくないのです。分かるかな?強制という形をとれば私たちは勝手にキゴウさんの個人情報をシステムから取得することができるし、VR上での行いをある程度監視することが出来てしまう。だけど、キゴウさんが任意で検査に協力してくれるのなら私たちはそういう方法をとりません。必要な情報については直接君に聞いてそれ以外の情報は取らないし、監視も行わない。その方が君も安心できるでしょう?」
「断れば強制的に検査するということですか?」キゴウは単刀直入に、杉浦としてはあまり表に出したくない部分ついてくる。面倒な子供だと感じながらも、あくまで丁寧な態度で返事をした。
「そうしたくはないですが。キゴウさんが納得できないということであれば断わることも出来ますよ」
「その場合は強制的に検査するんですか」
キゴウから繰り返される質問からは何かの言質を取ろうとしている意図を感じた。この会話をどこかに拡散でもするつもりなのだろうか。杉浦の方はより慎重に成らざる得なかった。
「そうは限りません。それは再度判断することになると思います」
「では、そうしてください」
「検査に協力出来ないということですか?」
「はい」
「分かりました」
杉浦は何度か頷いた。そうして、うまく運ばなかった状況に対して自分の言葉を整理していた。
「キゴウさんが納得できないなら、それで大丈夫です。私達は別に君を陥れようとしているわけではないのです」と微笑を浮かべた。内心、面倒なことになったとため息をついたが、それを表に出すことはなかった。
隣の担任も、少し不安そうな顔になっていた。
「他に何か、私達に伝えたいことはありますか?」と杉浦が聞くとキゴウは小さく首を振った。
「そうですか。ではキゴウさん、今日はもう大丈夫ですよ。ごめんね、時間取らせてしまって。先生はちょっと残ってもらっていいですか?」
「はい」
何事も言わず、キゴウは消えた。
キゴウがいなくなり部屋には沈黙が流れた。今では珍しい木製の掛け時計が何度か秒針を打つと懐かしいチャイムが学校に響いた。三人はぼんやりそれが止むまで黙っていた。 杉浦は紅茶を飲み、机にコップを置くと仕切り直しに、「頭のいい子ですね」と口を開いた。
「えぇ」と担任は少し気まずそうに頷いた。
「普段はどんな子ですか?」
「これは調査ですか?」と彼女は返してきた。キゴウの態度を見て彼女の警戒心も強くなってしまったようだ。
「いえいえ、ただの世間話ですよ」と杉浦は笑って返した。
「はぁ」担任は判然としない声を漏らしながら、少しの間何か考えるようにした。
「あの、あの子は一体何をしたのでしょうか。私は保護AIが壊れたとしか聞いていなくて」
「キゴウさんからは何も聞いていませんか?」
「えぇ、私の方からも聞けなくて」
「そうですか。申し訳ないですが、個人情報になりますので私達からはお話できないのです」
「そうですか」
「ただ」と杉浦は少し俯き悩む仕草をする。「やはり担任の先生は把握していたほうが良いでしょうね。システムは推奨しないですが」と担任の目を見てから「誰にも口外しないということでありましたら」と付け足した。
「それは、もちろん」
相川が、ちらりと心配そうな視線を向けたが杉浦はその目に対しても小さく頷いた。キゴウの情報を流すのは非推奨だと分かっていたが今後担任と協力体制を築くためには必要なことでもあった。
「実は彼は保護AIを包丁で刺しまして」
「刺した」担任は驚いたように復唱する。
「えぇ、その保護AIは、彼の母親をコピーしたものでした」
「コピー、ですか」
「えぇ、姿、形、性格も。オリジナルを模したものです」
「はぁ」
「彼はそれに気づいていなかった可能性があります」
「え、何にですか?」
「親がコピーになっていることに気付いてなかったということですね。つまり彼はAIだと知らずに」
「はぁ」担任の顔は、ここにきて一層曇った。
「あくまで可能性ですが。なので、調査する必要があるのです」
「はぁ、そうだったのですか」
「彼がコピーと認識していたかどうか、それをまず確かめないと」
「なるほど」
「くれぐれもこれは口外しないでください。彼自身にも。話が洩れれば大きな問題になりますので」
「分かりました」
「彼の両親に会ったことはありますか?」
「えぇ。母親のほうとは」
「どんな方でした」
「良い方でした。優しくて気さくで美人でしたし。私が会ったのもコピーのほうかもしれませんが」担任はそこで飲み物をすする。喉を潤すためというよりは、気を落ち着かせようとしているのだろう。「AIに育てられているという子は稀にいますが、それも個人情報なので事前に私たちが知ることはないのです。ただ、お会いすれば気づきますね。AIはやはり完璧ですから。特に保護AIとなると」
「そうですか」
「ただ、彼のお母さんがもしそうだったとすれば、全く気がつきませんでした」
「そうですか」杉浦は興味深かそうに頷いて「しかし、なんというか、ここはどちらかというと自然主義的な校風だと伺っているのですが」
「いえ、そんなことはありません。ここは国からの要請で、そういう人たちの受け皿になっているだけであって。自然主義者は一部の人だけです」
「あぁそうなんですか」
「えぇ、でないとAIの親を持つ子供が入ることもないでしょう」
「なるほど、確かにそうですね」杉浦は頷いた後聞いた。
「彼は普段からあんなに大人しいのですか」
「あまり沢山話す方ではないですね。ただ、いつもはもう少し自然ですね。今日はちょっと緊張していたのかもしれません」
「学校で友達はいますか」
「えぇ、人と話しているのは見かけますよ」
「テストが苦ではないということですが成績は優秀なんでしょうか」
「えぇ、とても優秀です」
「どのくらい?」
「理系科目に関しては学年トップです。国語は平均ですが」
「へぇ、それは凄いですね。部活動は何か?」
「えぇっと」と担任はスクリーンを出して情報を確認した。「入ってないですね」
「何か問題を起こしたり、そういうことは」
「全くないです」
「おかしな言動があったりしますか」
担任は首をひねる。「いえ、感じたことはないです」
「例えばVRでするようなことを、こっちでしてしまったり」
「こっち?」
「あ、すみません、今はVR内でした」と杉浦がとぼけると、担任は少し驚いたように口を開けてその後、三人は声を出して小さく笑った。
「どうも、私が昔通ってた学校とも似ていまして」
「そうですか」
「いや、私が倒錯してしまいましたよ」
「えぇ、まぁたまにはありますよね」と担任は微笑み杉浦のフォローする。
「こういう素朴な校舎は良いですよね」と杉浦は思ってもいないことを口にする。
「えぇ、私も好きです。若い子はやっぱり苦手な子もいるようですが」
「あぁそうですか」
担任は自然な微笑を見せていた。一連のやりとりで場の緊張感が解けたのを杉浦は感じた。
「キゴウさんは、実体世界とVRを間違えたような行動はありますか」
「そういう子は確かにいますが、あの子にはないですね」
「なるほど」
杉浦は少し逡巡して、その後はキゴウとは関係がない和やかな世間話をいくらかして別れた。
職員室の扉を開け外に踏み出すと、黒い霧が辺を包み、すぐ暗闇になった。
杉浦はグラスを外し、起き上がった。
「お疲れさん」とモニターで様子を見ていた部長が二人に声をかける。その隣には何故か木村もいる。
杉浦は目をシパシパと瞬きしながらこちらの世界に慣らすと疲れた様子で「すみません、どうも上手くいかなかったです」
「そのようだね」と警部。「スクリーンでちょっと見てたよ。まぁ、お前が話してダメだったならしょうがないさ。誰がやったって駄目だよ」
「いえ、申し訳ありません」
「いいよ、いいよ」
「じゃあ、仕方ないが強制の方向で進むしかないな。まぁ、その方が分析する側としては楽だろう、手早く済むしな。上の方には俺が話して置くから」
「申し訳ございません。ご迷惑おかけします」
「いいんだよ。もともとが無理な話なんだ。システムでチャッチャと検査したほうが良いんだよ。その方が、早くて楽なんだから。ただ一応返事が来るまでこの件を動かすのは待っておいてな」
木村は口をへの字に結んで杉浦を眺めていた。
相川がソファから立ち上がり「先生に事件について話してしまったのは、システムが推奨していない行為でした」と告げた。
「担任には話しておく必要があるだろう。何も間違っちゃいないさ」と木村が言った。
「念のため、非推奨にだったということだけお伝えしています」
「そんなことは分かってんのさ」と木村は相川の言葉を突っぱねた。
「まぁまぁ、それも大して問題にはならんだろう」と平松が言う。
「どうも、あの子には頭が良すぎますね。中々苦戦しそうです」杉浦は苦笑しながら言った。
「何、今の若い人には何やったって勝てないさ。何したって優秀だよ。教育が違うさ。俺達だってお前たちに全然敵わないんだから、なぁ木村」と警部は木村に振った。
「そうですね。若い奴らは賢すぎて何言っているのか全然分かりません」と木村の返しは気を使ったのか、皮肉なのか分からなかった。




