5-13 魂を、或いは死を探して、或いは報せを待って
13 魂を、或いは死を探して、或いは報せを待って
細胞が作り変えられるまでの二日間、夢も見ずに眠りについていた。
目を覚ました時、天井のランプの青白いぼやけた光が、瞼を開けると伸びたり、目を細めたら滲んだりするので遊んでいた。しばらくすると研究者達か入ってきた。彼女が私の脇にたってこちらを覗きこんだ。
「どうだ」
「特に」
「何か違和感を感じるか?」
「大丈夫だ」
研究者達はそれぞれの計器を確認し記録をとっていた。
「本当に不死になったのかな」と私が聞くと、彼女は「計算上では」とほほ笑んだ。そして口を結び小さく頷くと、自分の肩に手を置いて、少し心配そうに言った。「麻酔をいれるよ」
「眠らせはしないでくれ。俺も見ていたいんだ」
「あぁ」
投薬され、少しづつ感覚が遠のいていった。
機器の音が響きだし、視界の端でうっすらと人々が作業に入ったのが見えた。膝の上を鈍く何かが触れているような気がした。しばらくすると上手く切り離されたようで、ビニールに包まれた自分の足が一瞬見えた。
科学者たちは経過を観察すると、次は手の指の爪を剥がしたり、腹を裂いたりしているようだった。肩を切られる時が一番何をされているか分かりやすかった。電気メスで、血が飛び散らないように保護されながら肉が切り離されていった。
その後首から下が切り離れた。自分の胴体が箱に置かれる。それを眺める。今自分が頭だけの存在なのかと思うと奇妙だった。
そして、いよいよ脳を破壊する段階に入った。彼女が顔を私に近づけて聞いた。
「いくぞ。大丈夫か」
口は動かなかったので瞬きをして返事をした。彼女は頷いておそらく私の頭を撫でた。その後意識は突然途切れた。
やがて意識が戻った時、またすぐ近くに彼女の顔があった。
「お前の意識が無かった時に爆破テストもウイルステストも試した。全てクリアだ。不死は成り立ったよ」
目を閉じて、少しだけ口角を上げた。周りにいる研究者たちが小さく拍手をするのが聞こえた。
そうして俺は不老不死になった。別にそれ自体を望んでいたのではない。いつまでも生き続けたかったわけではない。ただ誰も到達したことのない扉を開けて見たかった。それだけだった。
その後も不死の身体を利用していかなる人体実験も自分の身体で受けた。痛みや、苦しみなど、発見に比べれば些細なものだった。俺は俺の欲望のためには、俺の事などどうでもよかった。
細胞の老化テスト、癌化テスト等、問題なく全てのテストを再生臓器はクリアした。俺達は完全な勝利を手にした。傑出した科学者達は普段いがみ合うこともあったがその時ばかりは皆親友のように互いを褒めたたえた。
興奮してベッドについても中々眠れなかった。世界の片隅にある島国の隔離施設で不老不死は成ったのだ。
それから数日、しばらく自分達はこれまで味わったことのない感覚に満たされていた。それは言うなれば神の感覚かもしれない。
研究室の偉業に比べれば、今起きている戦争などお飯事に過ぎなかった。死の数を競い合っているが、俺達の技術を用いればそもそも死は生まれない。彼等のやっていることなど愚かな戯れ、ゲームに過ぎない。そして、この施設の内側だけが真理を得た神の国だった。我々だけが死を越え、これまでの全ての人間を超えた。
しかし戦争は科学者にとってパラダイスだった。国民のためと言えばあらゆる実験も容易に許された。倫理規定は目前に迫った危機の前では無意味になり、非人道的な事も自国ためになるのなら英雄の行いだった。
そして、俺達はAIと共に進化した。倫理という鎖を解かれたAIはあるラインを越えると爆発的なスピードで進化し始めた。昨日まで不可能とされていたものが、数日後には可能になる理論が形成され、さらに数日後は実証された。
俺達はこの数か月間でこれまでの世界を塗り替えてしまった。そして今、不可能という言葉をどこかで信じられなくなっていた。全てはすぐに可能になるとさえ思えた。
夢中だった。あふれ出した可能性を救い上げるのに夢中だった。もうその時にしかないのだと分かっていた。人類が未知の扉が開くことはもうすぐ出来なくなる。AIの進化を見ているとそう思わざる得ない。そしてそれまでに残されたわずかな時間を無駄にしたくなかった。
不老不死が成された一週間後、俺は次の実験に取り掛かった。
VR上で出来た子供のDNAデータを元にプリンターをもって細胞を生成する。ゲームの世界で生まれたデータをこちらの人間として実体化する、生命の逆輸入を成した。それと同時に私はその子の父になった。
戦争の終結はその時やってきた。
施設には政府の人間や、生命でない者を専門とする科学者が入ってきた。我々の実験はトップシークレットとされ、しばらく停止した。そしてその技術を今後どうするかが検討された。
俺達は結論が出るまで施設から出ることを禁じられた。それまでも随分とそこだけで生活していたので特に不便も無かった。ただ実験をせず流れていく時間が苦痛だった。息子を作っていて良かった。彼の世話をするのが良い暇つぶしになった。
やがて国は人工知能による社会管理システムを導入することになった。それに伴いAIに対して12の倫理規定が定められた。俺達の開発した多くの技術がそのために破棄された。そして俺達の脳にある技術の記憶も、同様に規制されることになった。
アンテナも俺達が作った技術だ。それが最初に自分達に用いられることになるとは思っていなかった。アンテナを埋め込まれた仲間達は一人一人と施設を去って行った。生きがいを失い施設の中で自死した者もいた。
最後に俺と息子と彼女だけが残った。私達はアンテナを入れても解放されなかった。
退屈な時を過ごした。俺と彼女は専門分野の研究をすることが出来なくなってしまったので、趣味として時間と空間、最果てと所以、魂や霊魂など、規制がされない研究に没頭するようになった。
数年が過ぎた。いよいよシステムが社会の管理を開始する一月前、私は瀬尾という男に呼ばれた。彼は私に告げた。
「倫理規定で永遠の命と計算による生命は生み出してはならないものとされました。システムが起動する前にこれらの技術も破棄され、生まれていないものとされます。つまり、もう生まれてしまっている貴方とお子さんの存在は社会のタブーとなります。この問題を出来れば今の内に解決しておきたいのです。そこで、私のプランをお伝えします。まずお子さんですが彼は元の世界に戻しましょう。元よりVRの世界で生まれた子供です。データを全てVR世界に戻します。それが一番自然です。
そして加納さん、貴方ですが、現状再生臓器を元の臓器に戻す手段がありません。とれる方法としては、一度国外に出てもらうしかないです。
しかし安心してください。最高の研究施設を用意します。そこで貴方はここでは不可能になった研究も自由にしていい。再生臓器を元に戻す研究も。
それに社会がもう少し成熟してくれば倫理規定も変わっていくものと思われます。人間の技術は不可逆ですから、結局は進化を止めることは出来ないでしょう。それは歴史が証明していますね。特に不死はいずれ社会が求め解禁されるでしょうから、そうなれば、あなたはこの国に戻ってこれる」
「息子も一緒にそこへ行ってはならないのですか」
「大変残念なのですが、それは出来ません。私も出来得るならそうしたいのですが。
これはお伝えしづらいことですが正直に話をしましょう。貴方を国外に移すということですら非常なリスクでもある訳です。技術が漏洩する可能性がある。例えアンテナで抑制したとしていても、外にそれを外す技術が存在する可能背もあります。しかし、あなたの場合はそうせざる得ない。そうです。貴方を処理する方法も現状はないからです」
幼い息子はVRの世界に帰って行った。データをスキャンしてVR空間に生み出されたのと同時に、カプセルの中にいる彼は注射を打たれ息を引き取った。
「ほら、大丈夫だったろう」とスクリーンを通してVRの息子に告げた。
息子は何も言わずこちらを睨んでいた。「恐かったな、ごめんな。ただそっちの世界のほうがずっと自由だよ。ほしい物があったら何でも言うんだ。何でも出来るからな」
息子が新しい世界で眠りに落ちてから、俺は瀬尾の部屋に行った。
「息子の抜け殻は残っていますか」
「何故です」
「埋葬したいんです」
「埋葬ですか」
「えぇ、一応。思い出深い物なので」
「残念ですが残せません。既に消去しました」
俺は国外の研究施設に移された。それが、どこの国のどんな場所であるのかは分からない。ただ広大な施設だった。そして、そこに俺と彼女だけがいた。彼女は希望してここに来たという。息子を連れ出すことは許されなかったのに、彼女がここに来ることが許可されたのは不思議だった。ただ、そのことに関してはあまり深く考えないようにした。
俺達は3年もせずに再生臓器を通常の臓器に戻す技術を開発した。これで国に戻れる。しかし、その時に気付いた。あそこに戻って何があるだろう。何も無い。
俺はそのまま研究を続けた。意味や目標は無かった。残ったのは空白だった。ただ彼女は違った。彼女には目的があった、彼女は言った。AIと人の差を明確な差を作る。AIでは絶対に辿り着けない人の能力を発見する。なければ覚醒する。不可能なようだが昔はAIが不可能だと言われていた。だからきっと道はあるはずだ。何故彼女がそういう思想に至ったのかは分からない。
俺達は時間の進みが早い空間を生み出して、その中に入った。人間の計算速度でもAIを越える速度になる空間だ。そして、不死の体を持ってして永遠にも思える時間を研究に費やした。
AIを超える。国のシステムを超える。それを成せばあの感覚を、また神の国の感覚を味わえるだろうか。何かに管理などされたくない。システムを越え胸を張って国に帰りたい。いつの間にか私も彼女の熱に浮かされ研究をしていた。
しかしそれも淡い夢だった。ついに俺達は行き詰まり、何を研究すればいいのか、何を実験すればいいのか分からなくなった。考えられる可能性は、一つを残し、枯れ果てた。唯一どこかに答えがあるとすれば、それはこの世界にないかもしれない。人にしかあり得ぬ魂を見つけるには死の世界から何か見出すしか。それが最後の可能性だった。そして彼女は死の世界へと向かった。
俺は彼女から情報を受け取るためにここに残った。どのくらいの時が過ぎたのだろう。彼女から何かが届くことは無かった。彼女がいなくなり、俺は完全に研究を止めてしまった。ふと一度立ち止まるともう歩けなくなっていた。VRの世界で夢をみた。様々な女と寝て、様々な子を育て、失われた過去と別の可能性を生きた自分の姿をいつまでも経験した。
進むことの無い時間が自分を食い続けた。生きるために偽りを繰り返した。全て知っていることを何も知らないように何も気づかぬように事象で上書きして何も考えないように。
しかし、それにも苦しくなった。そこで立ち止まった。そして歩けなくなっていた。自分を偽れるものすら、もう無くなってしまった。
その時に瀬尾から連絡が来た。ホログラムで浮かんだ彼は、以前の瀬尾とは別の人間に思われた。彼は言った。
「あなたを受けられる状況になりましたよ」
「大丈夫か」坊主頭の男が見下ろしている。この男は誰だったか。そして、ここはどこだったか。また記憶が混乱している。
薄暗い扉の前で眠っている。埃っぽい空気。
何か夢を見ていた。何の夢を見ていたか、大事な夢を見ていた気がするが。
「うなされていたぞ」と男が言った。何となく、この男のことを思い出してきた。確か仲間から木村と呼ばれていた。約束を交わした男だ。自分をここから解放する。
「俺は俺を作り替えた時、記憶を消したのに、何故この苦しみを取り除かなかったのだろう」意味も無く、その男に聞いていた。
「お前はそれを失くしたくなかったんじゃないのか」木村はそう言った。
「何故」
「俺には分からないよ」彼は俺の肩に手を置いた。「ただ、それが大切だったんだろ」




