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世界は薄氷に上にある。それは分かった。しかし圭司は何故だか少しだけ楽になっていた。何をすればいいかは分からないが、目的は以前よりもずっと分かりやすかった。
「思ってみれば先が分からないなんて普通の事だ。一寸先は闇なんて、俺の暮らしはいつでもそうだったよ。心配すんな。何とかなる」
「気楽ですね」
「あぁ」
「圭司さん、あなたの思考がログアウトしてしまい願望が観測できないので何か望むことがあったら正直に言ってください」
「これまでも言ってきたよ」
「そうですか。いや、あなたはねじ曲がった人格なので、ねじ曲がったことを言いそうだなと。今の状態でねじ曲がったことを言われても、そのままこちらは反映してしまいますのでおをつけください」
「相川、お前は失礼な野郎だ」圭司は吐き捨てながらハッと思いついた顔をする。
「おい、相川。全ての辻褄が合う答えを見つけたぞ」
「何です」
「本当はお前がただの趣味の悪い人間で、適当に嘘をつきながら俺を騙して遊んでんのさ」
「いいですね、それ」
「最高だろ」
「で、この後どうしますか?」と相川が呆れたように言う。
「そうだな。じゃあこの辺でキャンプでもするか」
「キャンプですか?」
「あぁ地表で寝るのもいいだろう」
「圭司さん、状況を理解しています?」
「分かってるよ。ただ焦ったってどうしようもない、とりあえずここでキャンプをするんだ」
相川は首を傾げながらも「分かりましたよ」と言った。「人の意思は絶対ですから」
圭司は鋭い表情になって言う。「情報で掴めないなら感覚で掴むしかない。俺の勘がここを離れるなって言っているのさ」
「後からそれらしいこといっても無駄ですよ。ただキャンプがしたかっただけなのは顔を見ていれば分かります」
「はん、勝手に言ってろ。お前はもう俺の頭が覗けていないからな。本当の俺の思考は俺にしか分からんのだ」
相川が広いテントを具現化した。
「え、何やってんの?そんな簡単に出しちゃ駄目でしょ」と圭司が慌てて言う。
「え、何がです」
「テント作るのがキャンプでしょ。そんな風に出しちゃ駄目でしょ」
「あぁ、そうですか」
テントは萎んでただの布になる。
「あと、大きすぎるな。もっとこじんまりした奴でいいんだよ」
圭司がそう言うと新しい布が大きいものと入れ替わって出てくる。
「よし、どう立てるんだ?」圭司が腕まくりして意気込む。
「そこのパネルに触れてください」
「パネル?」
相川に言われるままに、布の端についているパネルに触れた。すると布は空気を吸い込んで膨らんでいく。そして、半球状の建物になる。
「相川、お前ふざけんてんの?」
「何がです」
「テントを作るってお前もっとこうあるだろう」
「もっと何です?」
「もっとこう、体を使って」
「もっと原始的ということですか?」
「そうかな。まぁそうだよ」
「これもかなり原始的かと思いますが」相川はため息をついた後に「じゃあ、こうかな」と言って大量の藁と、木々を出した。
「何これ?ふざけてんの。お前これテントだと思う?」圭司が言うと、相川はさらに大きいため息を吐いた。「厄介だなぁ」
その後も、問答が続いた。
「こんなもんですかね」
「もっと開放感があるほうが良いな」
「はいはい、じゃあこう」
「分かってないなお前は。中は充実してなくていいの。外が主役なんだから」
「あの、もう勝手にやってもらえます」相川はついにスクリーンを展開して、そこから勝手に選べと言った。
「お前面倒くさがりだな」圭司は愚痴った後に、散々迷ってテントを選択すると、相川とせっせと立てた。そして、その三角のテントが立ち、満足げにその出来栄えを眺めた。
「いいじゃねぇか。なぁ」
「そうですか」と相川は首を傾げる。
「次は飯だな」
圭司が言うと、相川は何も言わず候補をスクリーンで出した。
「お前さ、議論しながら物事を進めるというのが、アウトドアだぞ」
圭司は木の棒を回して火を起こし、自慢げな顔を浮かべて食事を作りはじめた。
「あなた地下にずっと籠っていたというわりに、どこでそんな無駄な価値観を仕入れたのですか?」と相川が聞いた。
「シェルター内にあった過去の映像で散々見たんだ。キャンプの映像は人気だったよ。満点の星空の下で飯を食い眠る。最高だね。おい相川、無駄な管理はするなよ。自然でいいから、自然で」
「そうですか、では」相川がそう言うと食事を煮ていた火が消えた。
「何?何だよ」
「圭司さんのやり方じゃ絶対火は付きませんよ。面倒なのでつけましたが」
「それならその時、そう言えよ」
「楽しそうにやってたので」
「ちゃんとしたやり方を教えろ。原始的な奴だぞ」
「圭司さんはアウトドアを舐めてますね」
結局、要所で文明の利器に頼りながら、自己満足を満たす程度に圭司の言う原始の力で食事は作られた。食べ終わり、お茶をすする頃には日が暮れていた。
圭司は大きい薪を燃やした。赤い火がチリチリと顔を照らした。その光を浴びる皮膚は少しヒリヒリとするが暖かかった。
「俺のシェルターにもVRはあった。どうも戦争が始める前の、さらにもうひと世代前の戦時中に作られた奴をシェルターにいた奴が改造して作ったらしい。今の物と比べると本当にただガラクタみたいなもので、視覚とか聴覚、嗅覚の部分はわりと優れていたが、触覚に関しては大分曖昧だった」
「そうですか」
「俺達は狭いシェルターの中での生活をしていて地上に戻れる望みもなかった。そこで生まれた人間は地上に夢を持つだけだったが、地上にいた過去がある者には辛かったらしい。VRは圧迫された環境から逃避出来る手段だった。よく交代制でそのカプセルの中に入ったよ。
ある時それに入った後、様子がおかしくなった奴がいた。そいつは何事も話そうとせず食事もろくにとらず、ただ茫然としていた。そして固まり、そのまま死んだ。
ただ、その時はそれが異常だとは思わなかった。その症状自体は珍しくも無かったんだ。何と言うか、頭がボケておかしくなってしまう奴は良くいた。
それから少し後、シェルターの食料の生産が上手く回らず危機に陥った。俺達はローテーションを組んでVRで数週間眠る期間を設けることにした。運動量をギリギリまで減らして、食料の温存を計るのが目的だった。
数人は起きていて、他は眠れるだけ眠る。そういう体制にシェルターは変わっていった。
その中で、俺は数少ない常に起きている人間の一人だった。
しばらく、それを続けた。
しかしある時、その休眠期間中にVRに入っていた人間達が急に眼を覚ましたんだ。しかも尋常ではない様子で。
起きた人間の症状にはかなりの個人差があった。軽い人間は話をすることが出来て、すぐに普段と変わらない状態に戻った。だがVRで起こったことに対しての記憶はなかった。彼らはただ何かを見た気はする、と話した。
症状の重い人達は悲惨だった。最初の奴のように反応を示さなくなる人や、錯乱し発狂する人。何かに常に怯えるやつ。自を傷つける人。
そこでついにVRが危険だということになった。しかし、そのシェルターのVRなんてただのゲーム機だ。ストーリをなぞるだけのもの。当然外部のネットワークにも繋がれていない。ネットワークに繋げばすぐにハッキングされシェルターの居場所が突き止められる。ネットワークはとうの昔に完全に遮断されていた。
そして全く正常に戻ってきて、普通のプレイをしていた記憶がある人間もいる。まだログインしたまま眠っている人もいる。事件の原因は一向に分からなった。とりあえずVRは使用禁止になった。しかし、その後、俺はVRに入った」
「何故?禁止されていたのでしょう?」
「何でだろうな。好奇心かな。そこで何が起こったか覚えていない。VRから起きた時にはもう何も覚えていなかった。ただうっすらと感覚は残っていて、それはとりあえず最悪な、なんとも言い表せないが、とにかく最悪だった。口を聞く気にもならず、それどころか何もする気が起きなかった。何と言ったらのか。空虚?それが感情を満たしていた。
幸い俺は馬鹿だったからその感覚も次第に薄れていき立ち直った。いつまでも、立ち直れなかった者達もいたが。
いつの間にか、それはゴーストの仕業と言われるようになった。ネットワークに接続されていないVRの中にゴーストが入ってきた。そして潜んでいる。誰がゴーストなんて言い出したか分からないが、そんな根拠もない話が、俺達のシェルターだと信じられていたよ」
圭司は足元の石を拾って、少し前に落とす。
「相川、さっきの実験の話、ゴーストテストと言ったな」
「えぇ」
「その実験は誰が始めたんだ」
「戦時中の人間です。孤立シェルターで生まれています。名前は付けられていません。生まれた後に他の人間達は餓死で死滅していますが、彼はそのシェルターに唯一あった生命保護装置の中にいれられていました。10歳の時に初めてカプセルから出て、そして15歳になる前に死亡しました。
彼は外部ネットワークにも接続していました。圭司さんが話していた通り、あの時代の外部ネットワークは第一の戦場と言っていいほど危険でした。しかし、彼はそこへ唐突に現れ、そして一時そこを支配しました。
ゴーストテストは彼がネットワークを通じて他のシェルターの環境をコピーし、VR上に再現することで行われました。DNAの採取も、そのシェルターをハッキングすることによって行っています。
彼は、その痕跡を目撃したハッカー達から、ゴーストと呼ばれていました。まるで幽霊のように至る所に侵入し、そして消えるからです」
「どんな人間だった?」
「基本的な教育は生体保護装置のVRで受けています。知能は恐ろしく高かったですが、虚無症を抱えていました。その時代の中では珍しく生き残ることを目的とはしておらず、かと言って破滅活動もしませんでした。ただひたすらに実験を繰り返しました。
破壊行動をせずとも外部ネットワークを自由に支配する様から破滅主義者達からは信奉されていました。それ以外は普通の人間です。肉体や、顔も、テンプレテートから作られたものなので外見上の特徴もありません」
「何故死んだ」
「餓死です」
「姿を見せてくれ」
相川がホログラムを浮かべた。
しかし、浮かんだ光体は異様にねじ曲がっておりその周囲をも圧縮しだした。
「止めろ」と圭司が叫ぶより前に、相川はホログラムを消していた。
空間の歪みは徐々に小さくなり消えた。
「バグだ」と呟くように圭司が言った。二人は呆然とそれがあった空間を凝視した。
しばらく沈黙が流れた。
圭司は胸から息を吐き、鼻から大きく吸うと、表情を険しくした。
「バグの話を聞いてから頭の隅でずっと確信めいたものがあった。確かに俺はバグの原因、そのひどく近くにいたのかもしれない。というよりも、その答え自体を見ているのかも。そしてバグの原因とは、そいつなんだ。そいつはまだ生きている。生きて何かを企てている。俺は見たんだ。あのVRの中でそいつを。ゴーストを。記憶はないが妙な確信がある。俺は見た。ゴーストを」
相川は無表情でそれを聞き、一瞬目を伏せて何かを考えるような素振りをした後、言葉を足した。
「ゴースト自身が行った実験結果にまつわる話です。実際は彼の行ったゴーストテストも今AIが行っているゴーストテストと結果に変わりはありませんでした。しかし、それをネットワーク上で観測するに至ったハッカーがとある嘘を広めました。そのハッカーは破滅主義者であり、ゴーストの信奉者でありました。そして実際テストを盗み見るまではゴーストに迫ったのです。
彼のついた嘘はこうです。
箱の中身、最初はそれぞれの個体は全く同じ行動を示した。しかし、のちに行動は分かれた。どういうことだろうと見ている内に私は気づいた。箱の中の人間達は、私が希望する通りに動いているのだと。それを見ている私が望むとおりに。それぞれ、バラバラに。それに気づいた時、箱の中の人間達は私を見て薄く笑った
彼はそれを伝え広めた数日後、強い脅迫観念に駆られて全てのネットワークを遮断します。さらに数日後、彼は生命保護装置を切って死亡します。彼は最後に、ゴーストが来たと呟きました。ちなみに彼が死ぬその数日前にゴーストは餓死しています。強迫観念に駆られハッカーは幻想を見た。しかし、もしそれが幻想ではなかったら」
相川静かに息を吸った。圭司は息を飲んだ。
「ゴーストは物理を越えた力を持っている。私達が感知できない領域を彼は操れる」




