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「相川、地表を進もう。そして、もう俺の想像は反映させないでくれ」
「えぇ、分かりました。向かう先も地表です」
身体が浮かんで行き、輝く天井を抜けてまた何もない地平にでた。
「あちらです」
相川が指さす方に体が流れていった。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ」
「どうしました」
「相川、ゆっくり行こう」圭司は言う。「ゆっくり行こうよ。宇宙も深海も火山も凄いが、ずっとシェルターに潜ってた俺には、考えて見ればここだって同じくらいの場所だ。憧れていた青空の下にいる。ゆっくり行こう。飛んでいってしまうのは勿体ないんだ」
歩きながら進む。疲れると、亀のように陸地を進むボートに乗って風に乗りながら進んだ。
いつしか何もない地平に建物が頻出するようになってきた。そして、滑らかな大地が終わり、ゴツゴツとした灰色の地面に移った。
植物も姿を現した。地面を食い破り、建物に絡まり、乱雑に数多の木々や花が生え乱れている。
「戦前はエリア2と呼ばれていた場所です」
「エリア2か」
遠く向こうで、高く伸びている灰色の建物と、それより高い大樹がひしめき合っているやがて、その下まで入ると、すっかり日は遮られ陰になってしまった。見上げると、ビルは色あせ、木々に馴染んでいた。まるで、それは森の中の一本の木と変わらないようだった。
「これも誰かの想像で作ったのか。それとも自然とこうなったのか」
「どちらかと言うと自然とですね。長い年月が経つ内に、すっかりビルより木々が主役になってしまいました」
「じゃあこれは素の姿」
「えぇ」
「へぇ」
圭司はボートから身を乗り出した。
「お、やっと影からでるな」
ビルと大樹の群から抜けて草原になった。小さい建物たちが、その草の中に埋もれていた。屋根や壁が草と同化していて、よく見ないとそれが人工物だとも気づかなかった。
「何だか進むほど、街が古くなっていくように思う」
「そうです。確かに外に行くほど、文化としては古いのです」
「そうか」
「これは何年前くらい風景なのだろう」
「400年ほど前ですね。コンクリートの道路が複雑に入り組んで、人の住宅がみだりに立っています。物流が未熟だったので、人は物資を店にまとめて、貨幣を使って購入していました。あそこにあるのは、大規模商業施設です」
相川が指さす先に、これまでとは比べ物にならないほど大きい四角い建物があった。
「そして、こちらが小規模な所ですね。しかしこのように集合して、賑わっていました」
そちらは半分水に浸かっていたが、小さな箱が立ち並んでいた。
「その頃は人で賑わっていたんだろうな」
「えぇ」
「映像でしか見たことないが、辛くなかったのかな」
「辛い人もいたようですね」
「そうか。そうだよなぁ。そんなに人がいたら」
遠くの地平が青く輝きだした。
「なんだか匂いが変わってきたな」
「湖ですね」
街はすっかり水に浸かってしまった。青い水面の上に白い建物が点々と生えている
「ここが出来た当時は流行っていたのです。触れても濡れませんよ」
水に足を踏み出す。少し沈むが、確かに濡れない。
「へぇ」と歩きながら圭司が感心する。「海の上に街があるみたいだ」
「まさしくここは海の街と呼ばれていましたね。元々は浸水した街を利用してつくられたテーマタウンです。戦後、一時そういったテーマタウンは各所に作られました」
「へぇ」
海の街は整理され、清潔で美しかった。他の街は殆ど何かしらの自然に侵食されていたが、ここの建物は全て汚れ一つない真っ白な壁をしていた。
少し進むと水面から青いフェンスが伸びていた。
「エリア2はここまでですね」と相川が言う。
「ここから先はエリア3と呼ばれるところです。戦前はシステムの管理を拒絶していました」
フェンスを潜り、しばらく進むと水面は終わり岸についた。
目の前には広大な山脈がそびえていた。
「ここです。人間が未だ住んでいるのは」
相川にそう言われると少し緊張してきた。
人か、人。おかしい話だ。自分も人間なのに、人間と言う物に緊張を覚えるなんて。
山を登り始めた。道は木の根や突き出た岩石などで荒れていたが、相川が履かせてくれた靴のおかげで、どんなところでも普通の地面のように平行に踏みしめられた。楽でよかったが、途中から結局その機能を解いて歩いた。すると、途端にしんどくなった。しかし、少し面白くもあった。
雪がチラつき始めた。圭司は歓声を上げたが、相川は珍しく怪訝な顔をしていた。
「おかしい」
「何が」
「雪が降るなんて」
圭司は、山登りにすっかり夢中になって、あまりその言葉を気にしなかった。
頂上に出た。さびれた集落がそこにはあった。
「本当に人がいるのかい」
「えぇ」
視界の端で動く者があった。すぐそちらに目を凝らした。
腰の曲がった老人と子供が木々の中を過ぎった、気がする。
「今、いたぞ」
「いえ、いないですよ。そこには」
「え、いない?。いや、確かに見たんだが。気のせいか」
「人がいるのはこちらです」そう言って相川は歩を進める。
朽ち果てた鳥居の先に、不思議な木が立っている。
4mくらいの高さで白い繊維のような枝を頭から被り地面まで垂らしている。硬いが滑らかな木肌、さわるとカサカサと乾燥している。しかしよく見ると、わずかにそれは振動している。驚いて見上げ、白いゴワゴワとした枝垂れを左右にかき分けると、その下に人間の顔のようなものがあった。
圭司は驚いて尻餅をついた。「ひ、人か?」
「もう随分と長生きした人です。脳のメモリはとっくにパンクしていますが、それでも生きて未だにこの集落を見守っているのです」と相川が言う・
「木と同化したのか」と圭司が聞く。
「長い年月をかけ、次第に望む形になったのでしょうね」
その人の瞳はすっかり乾燥し皮膚と同化しているが、その形は穏やかに村を見据えている。
「奥に行きましょう。そこでもまだ人間達が暮らしているはずです」
そういう相川の背後で、遠く先で、小さい子供がこちらを見ている。相川に伝えようとすると、その子はふっと消えた。また、幻か?
奥へ進んだ。いつの間にか雪が積もっていた。相川が立ち止まって辺りを見た。
「おかしい」
「何が?」
相川は答えなかった。
雪を踏みしめて歩いた。少し進むと、雪原の中にうっすらと青い光が灯っていた。所々に光っている。不思議な光だ。一体何が光っているのだろう。目を凝らして見ると、おかしなものが見える。慌てて駆け寄る。半分雪に埋もれた人間が、薄ら青く光っていた。その目は空を見て固まっている。
「圭司さん危険です。近寄らないで」相川の声が背後から鋭く響いた。しかし圭司の手は、その青い光に触れてしまった。




