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まだ慣れぬ我が箱に着いた。
「おかえりなさい」とボールが出迎える。
「おぉ、ただいま」
トコトコあるいてボールを突っつく。そして、よいしょっと椅子に腰かける。圭司はぼぉっとする。
「なんか飯でもくうか」うぅっと伸びながら言う。
「何を食べますか?」とボール。
「うーん、なんだろうね?実はそこまで腹減ってもないんだよな」
「そうですか」
「でも、何か食わんとなぁ」
「体の状態を見るに、2間後に食べられると良さそうです」
「お前そんなことまで分かるの?」
「はい」
「そうか、お前もAIだもんな。2時間か、どうやって暇潰すかね」
「映画でも見ますか?」
「映画?見られるの?」
「えぇ」と言って圭司の前にパネルが表示される。
「映画、良い響きだねぇ。昔シェルター内でよく見たよ。数が少なかったから同じやつを何回も見た。それにしてもずいぶん沢山あるなぁ」
「これまでの人類が上映した作品はほとんどこのリストにあります」
「逆にそれから漏れた作品が知りたいな」
「製作者がアーカイブ化を拒否した作品や、見ると重大な精神的影響を及ぼすものですね」
「精神的影響?」
「そうですね。過度のストレス。PTSD。脳機能の低下、人格の書き換え、記憶のインセプションなどの影響がでる恐れがあります。一応、ご希望されればそういった作品を見ることも可能です」
「いや、いいよ。おそろしい」首を細かく振って言う。そして、頭を掻きながら考える。「えぇ、何見ようか。なんでも見れるんだろう」
「お勧めはこちらです」
「あぁ、これか。知ってるぜ。確かに見てみたかったんだよな。じゃあ、これ見るか」
「ゲームリメイクモード、VRリメイクモード、グラフィック3Dモード、オリジナルとありますが」
「オリジナルでいいよ。ただこの浮かんでる奴で見ると、目が疲れそうだな」
「目の疲労は少ないはずですが。嫌でしたらスクリーンを用意しますよ」
「じゃあそれで」
ボールが青く光ると目前が劇場のスクリーンのように変わる。だけでなく周りも、まるで劇場のようだ。自分はその一席に座っている。
「どうなっているんだこれ。これ映画館だろう?」
「圭司さんにそう見えるように光を投影しているだけです」
「すごいねぇ、これが映画館ってやつか。随分広かったんだなぁ」見渡して見るが、どの角度でも、劇場の中に自分が入っているように見える。とても自分の部屋に座っているとは思えない。
音が響いて映像が流れはじめる。少し緊張して姿勢を直す。ゾンビがショッピングモールに溢れるバイオレンスムービーだった。
「こんなのVRで見たら、ちびっちまうぞ」と最初のゾンビが現れた時に思わず声をあげた。
「慣れですから、見慣れれば強くなりますよ」
「強くなりたくねぇよ」
途中で小さいポップコーンが、ボールから出てくる
「おぉサンキュウ。これポップコーンだろ」
ポップコーンを食べながら見る。夢中になって、いつの間にか時が過ぎるのを忘れている。エンドロールが流れた時にハッと我に返り、何度か頷く。
「なるほどねぇ」呟きながら未だジッとエンドロールの文字を追う。「昔はこれを作るためだけに、これだけの人間が力を合わせて仕事をしたんだ。凄い時代だったんだなぁ」やがて文字は流れ切って劇場の幕が下りた。
「面白かった」とボールに語り掛ける。
「そうですね」とボール。
物語は終わり、すっかりボールと二人きりの世界に戻ってしまった。内容について話そうかと思ったが結局やめた。少し寂しい気分になった。
「じゃあ、飯でも食うか」
「何を食べますか?」
「このステーキってやつ。食ってみたい。さっきの映画でも出てたな」
すぐにステーキが出てくる。ごはんとお茶も付いている。
「旨そう。早いな」
「どうぞ」
「いただきます」
「うめぇな。うますぎる」
「おい、うまいよ。これ」
「よかったです」
「まいったね、これは」
飯を食い終わってお茶を飲む。力が抜けてぼんやり机の滑らかさを見る。
「さっき散歩に行ったけどさ」と圭司は言う。「人に会わなかったよ」
「そうですか」
「今あんまり人は地上を出歩かないのかな」
「そうですね」
「俺たちは太陽の下を歩きたかったけど歩けなかった。でも歩けるのが当たり前だったら、当たり前のものには興味が湧かないのかね」
「無いものを求めるのが人間の自然な姿ですね」
「でも、俺からすれば今の時代は何でも出来る。誰にでも全てがある。じゃあ今の人は何を求めるのだろう。今の人達は俺には思いつかないような、足りないものを見つけて、高度な欲望を持っているんだろうか。人間の欲望は満たされることがないから」
圭司は窓の外に並ぶ箱を眺めて、ふと思い直す。
「いや、俺にも足りないものはあるか」
足りなくなったもの。失った物は戻らない。たとえそれを差し出されたとしても、受け取れない。一番手にできない物は、自分が手にすることを許さないものだろうか。彼等がこの時代にいればどんなだったろう。どういう訳か一人だけこんな所まで来てしまった。
「そういえば。AIは尋ねれば分かるというが」声を出して沈鬱としかけた気持ちを逸らす。
「えぇ」
「そんなこと、いざとなると聞けないかもな」
「サーバーを通して確認できますよ。人でもAIと表示される場合もありますが」
「そうか」と圭司は言った。「相川は本当にAIなのかな」
「確認しますか?AIだった場合は情報が出てきます」
「いや、いいよ」首を振る。「さぁ何するか、そうだな」目を瞑り、しばし考え込んだ後「風呂入って、寝るか」
ボールが食器を片付け始める。
「悪いな。なんか至れり尽くせりすぎて、どうも調子が狂っちまうよ」
風呂に入った後カプセルに潜る。しばらくするとボールが部屋に入ってきた。
「眠れませんか?」
「いや、大丈夫。考え事をしているだけだ。お前ももう休んでいいぞ」
「はい」といってボールは去って行った。
天井を透明にして空を見つめる。いつしか目をつむる。




