5-6.未来世界の暮らし
6.未来世界の暮らし
「なぁ相川、ゴミはどうすればいいんだ,どこに持ってけばいい?」
通信する圭司の視線の先では、ミカンの皮が机の上に溢れていた。
「圭司さん、掃除機能を切っているから処理してくれないんでしょ」
「だって、取っておきたいものまで勝手に捨てられたら嫌だろう」
「とっておきたいものは捨てられないですよ」
「そんなの分からないじゃないか」
「分かるんです。大丈夫ですよ」
「いやぁ、いいよ。それより、どこに持っていけばいいか教えてくれ」
「わざわざ俺に電話しなくても。サーバーに聞けば返事もらえますから」
「なんか頭の中から声がするの気持ち悪いから切ってんだよ」
「そんなのすぐ慣れますよ。あと通知方法も設定できますので、テレパスが嫌だったら他の方法もありますから。声に出すだけでもいいんです」
「だからそういうのも恐いんだって」
「早く慣れたほうがいいですよ」
「うるせぇなぁ、相川。お前もAIなんだろ。じゃあお前に聞いたって別にいいじゃないか。これがおれの方法ってやつだ」
「まぁいいですけど」
「そんなに面倒くさがるなんて、お前やっぱり人間なんだろう?」
「違いますよ。いいですか。トラッシュホールと言ってください」
「え、何て?」
「トラッシュホールです」
「トラッシュホール」
机の真ん中に穴が空いてミカンの皮を飲み込んでしまう。
「おい、これなんか怖ぇぞ相川。間違って俺が飲まれたらどうなる?」
「飲まれないですよ」
「恐いねぇ」
「はいはい」
「ありがとな」
「いえいえ」
「あぁ、ついでにあとさ」と早歩きで浴室のほうに向かう。「洗濯はどうすればいい?」
「システムに注文すればやってくれますよ」
「どうやって注文するんだ?」
「システムを呼び出してください。洗濯してくれと頼んでみてください」
「そう言えばいいのか?」
「思うだけでもいいのですが、その機能が恐いのであれば声を出してください」
「分かった。やってみる」
「はい、失礼します」
「おい、ちょっと待って、おい。あ、切りやがった」
ダイニングに戻る圭司。「とりあえず、システム洗濯してくれっと」
鼻歌を歌いながら衣服を放っておいた所に向かう。すると、そこにあった洋服がすっかりなくなっている。
「消えた」辺りを探し、すぐに「電話だ」と言って通信する。
「はい」
「相川、服が消えた。事件だぞ」
「システムがやったのでしょう」
「システム?勝手にやりやがったのか」
「頼んだんでしょう」
「頼んでねぇ」
空間に、数秒前圭司が鼻歌混じりに発したの声が再生される。「とりあえず、システム洗濯してくれっと」
「あ、これ?」
「そうですよ」
「この時は、そんな本気で頼んでなかった」
「頼んでるから作動してるのです」
「何だか便利ってのは不便だな」
「戸惑うようだったらロボットを入れたらどうです?その方が分かりやすいでしょう」
「何だそれ」
「今、送りますよ」
相川の言葉に反応して突然、机の上にホログラムが浮かび上がった。そこにはいくつかのロボットが表示されている。
女型のは何かこっぱずかしい。男性型は逆にどうも気持ちが悪い。動物や植物型のもあったが、目に留まったのは無機質なボールだった。
「やっぱりこれだよな。ボール」
「そのボールに色々聞くと便利ですよ」
「おい、相川、お前がめんどうなだけだろ」
「俺にそういう感情はありません」
「嘘つきやがれ」
「それでは」
「あ、こいつ、いつも突然切りやがって」
ホログラムだったボールがいつの間にか実体化している。
「おぉ、ビビったぁ。急に物が現れたり無くなったり」
ボールは宙に浮かび、「すみません」と言いながら上下に少し揺れた。
「よし、ボールよ。お前でサッカーをしてやろう」
「かしこまりました」ボールの外側に色が付いて、白黒のサッカーボールのような柄になる。
「いや、冗談だ」少し笑った。「これからはお前が色々教えてくれるんだな」
「そうです。よろしくお願いします」
「よろしくな。柄はそのままがいいかもな」
ボールから色々と学んだ。一通り気になっていることを聞き終わると手持ち無沙汰になった。
「散歩でも行くか」ついにこの時が来たとばかりに圭司は言った。
「エレベーターはそちらにあります」
部屋の壁が剥がれて、四角い穴が空いた。その中に入ってみる。辺りが暗くなり、「どちらへ」と誰かに聞かれる。
「えっと、いや、外に」
「かしこまりました」
少しすると暗闇を抜け外にでる。エレベータは歪な建物の脇に浮かんでいた。立方体の輪郭のみ発光し、それ以外は透明だった。そして、みるみる空へと上がっていく。
見下ろしてみる。積み木のように箱を積み上げた高いビル。不規則なような規則正しいような。混沌としているような整理されているような。
天井から日差しが上手く乱反射して全体に行きわたる。輝く街。壮大な景色。やがてエレベーターは輝く天井に吸い込まれていく。
「不思議な街だ。これが地下だとは」
エレベーターは光を抜け地表に出た。角の輪郭は透けて無くなった。
ほとんど何もない広大な空間。滑らかな地面の上に時折うっすらと植物が生えている。
「何もないな」と独り言を言う。「さてどうしたもんか。適当にふらつくか」
しばらく歩いたが景色はあまり変わらない。
時折、旧時代の遺物と思わしき物がある。傾いた鉄塔。崩れた家。何に使われていたのかよく分からない複雑な造形物。人の気配は全くない。
1時間ほど歩いて公園を見つけた。中身が空になった大きく丸い鉄の玉のようなものが中央にあった。脇から生えている植物の枝がそれに巻き付いている。
「これ、何かで見たことがあるなぁ」
格子を潜りその球体の中に入った。球体が音をたてながら、ゆっくりと回りだした。絡みついていた枝が剥がれて落ちてしまった。
格子に寄りかかり座った。回転する景色の中で呆然とする。しばらくすると、風の音が少し冷たくなってきた。
「帰るか」
地平をまた歩いた。思考と言うよりは感覚に近い部分で脳が動いていた。しばらくして、ふっと我に返った。
「あぁ、分からねぇなぁ。ボケっとしてたな。帰りはどうすりゃいいんだ」
この何もない地平に一人に取り残されて中に戻れなかったどうするか。少し不安になった。「しかし、殺風景だな」とそれを紛らわすように大きな声で独り言を言った。
グラフィックモードにしますか?と目前に白い煙で文字が浮かぶ。
「おぉびっくりした。何だ?グラフィックモードって。見せてくれ」
突然景色が白くなって雪が降り始める。小さな家々が並び立ち、庭で雪だるまを子供達が作っている。木々はイルミネーションに彩られ、家の窓からは暖かそうなオレンジの色が溢れだす。
その景色が薄くなって消えていく。
今度は激しい雨がふり、強い風が木々を大きく靡かせる。轟々と音がなり、傘を持ったスーツ姿の男性達が辛そうに歩く。大きい車に沢山の人間が乗り込み、ぼんやり窓外を眺めている。
その景色も消えていく。
ピンク色の花びらがチラチラと舞い、その道を人々が歩き出す。家族が賑やかに談笑している。小さい子供が意味も無くクルクル回り飛び跳ねる。それを大人がわざと追いつかないように笑って追いかけている。
「やめてくれ」
呟くと、グラフィックモードが終わり、殺風景な地平に戻った。
「帰りたいんだ」




