5-22.現状を理解する。
2.現状を理解する。
カウンセリング
レトロゲームが好きで、昔はよく遊びました。ホラーゲームとか、特に。ああいうもので遊んだことがあるものは大体起こりましたね。あいつらは好きなんです。そういうのを再現するのが。あいつらももう疲れ果てて、遊びを入れないとやってられなかったんでしょう。
私は時折、現実もゲームだと思う時がありました。起きていることが。そうすれば、気がまぎれ楽しめた。
シェルターを守る機械を失い、私達は一か八か別のシェルターへ討って出るしかなくなりました。
私と仲間4人でスーツを着て、あぁこの時代の人は分かりますかね。スーツのことは。あぁよかった。
私達は海から侵入を試みました。地上に身を隠す術はありませんが、海なら汚染水で狂った磁場と煙で紛れられる。スーツがもつかは分かりませんが、どの道追い詰められた末でした。
我々はシェルターの排水路から直接海岸に侵入しました。
外に出るのは随分と久しぶりでした。思わず、空に見とれました。真っ暗で何もないのですが、それでも何故か覚えています。その時の感覚は。
腰下くらいまで水面に浸かり浅瀬を進みました。いつも通り汚染水から蒸気が出て黒煙が立ち込めていました。ある程度行くと地上からは何も見えなくなります。俺達は凧と呼ばれるナビに視覚を移しました。上からぼんやり緑色に光る自分達を眺めて、煙の中を進んでいく。寒さに体の感覚はほとんど無くなっていて、認識できる自分はその緑色だけ。
上から自分を眺めながら、実体の体を操作するのは中々難しい。しかし次第に慣れて操作は無意識になり、そして、いつの間にか本当にゲームと区別がつかなくなりそうでした。
水は少しづつ深くなり、肩まで浸かって水の中を進んでいきました。相変わらず下の目は何も。凧でもぼんやりと熱が見えるだけで、ほとんど先は見えない。まぁ、見えてはいけないのです。見つかってはならなかったから。
そして俺達は水に潜り、目的の場所にシェルターがあると信じて泳ぎ始めました。
1時間か2時間か泳いだ時でした。凧が自分達以外の熱をとらえたのです。
数100m先から、何かが向かってくる。何かは分からないが、俺は俺を操作して逃げました。ただ相手は明らかにこちらとはスピードが違いました。
こちらは陸用のスーツ無理やり改造したもので、本来水中に対応していない。そんなもので逃げ切れる訳もない。
自分が追い詰められていく様をゲームのように上から見下ろしていました。ただ、ゲームと違うのは、ここで捕まれば、おそらく死ぬのだろう。
これで死ぬのだろうか。いまいち実感がわかない。やはりゲームのようにゲームオーバーになっても何かで目を覚ますのでは。ゲームのようにいかなる危機でも、どうにかして助かるのでは。必死にコントロールする中で、どうしてもその冷めた感覚は抜けなかった。
わずかな衝撃がした。凧の視覚が示すに、自分が襲われている。体は言うことを聞かない。目は冷静にとらえている。感覚の無い体で暴れて手を振り回す。闇雲に。目は冷静にそれを見ている。足元を何かに引っ張られて、痛みを初めて感じた。何も分からず、とりあえず自分の足元にナイフを突き刺した。
何かに刺さり激しくそれは揺れてみえた。振り落とされそうだったが、とにかくそのナイフを離さないよう意識した。それしか出来ることがなかったんだ。それは大分暴れているようで、緑の光が重なりながら右往左往するのを、俯瞰から見た。たまになんだかぼぉっとして手放しそうになる。その度に言い聞かせた。これはゲームじゃない。離したら死ぬぞ。ぼんやりするな。離したら死ぬぞ。
俺はナビの目を切った。視界は消え、残るのはほとんど麻痺している痛みと感触のみ。その方が集中できた。死を実感できた。何も考えず、ただ離されまいとしがみついた。それが、どのくらい続いたのか。何時間。下手をすれば一日以上。振り回され続けた体は感覚を完全に失って、ただ頭だけが熱ぼったく痛む。その後それすらも消えていき、意識が途切れ途切れ。そして終わりの時が来た。
ふと意識が戻っても、しばらく何も出来ずただ漂っていたが、何もなかった。目の前に黒い空が広がっていた。海岸に打ち上げられていた。
俺はナビの存在を思い出して、起動させた。
俺がしがみついていた者は去っていて、俺は目的地のすぐ近くにいた。最後の気力を振り絞ってシェルターに入った。
ほら、都合よく結局なんとかなるさ。そんなもんだ。ほらゲームと変わらないさ。そこで再度倒れた。
目が覚めて、変わったのはもう二度と仲間と再会することがなかったということ。何となく逃げ切ってくれていると信じていたが、そんなわけもなかった。俺がナイフで刺した後もそれは冷静に彼らを処理したらしい。ナビのデータにはそれが残っていた。バラバラに引きちぎられていくサーモグラフィーの緑の光。俺にとってはゲームだったが、彼等にとっては現実になってしまったようだ。
でも、俺には未だに実感がわかない。いや、沸くことなんてあるのだろうか。ここから出れば、あそこに戻れば、また彼等に会えるような気がする。
あのシェルターの仲間が、もう誰もいないなんて。全然、悲しくないんだ。分からないんだ、その事実が。頭でわかっても、ここでは分からない。未だに。急に虚しさに襲われることもある。でもまたすぐ忘れて、皆がいるように思っている。変な夢を見て目が覚めた時、寝ぼけていても、その夢を忘れないように覚えておこうとするんだ。朝飯の時にその話をするのが好きだったから。
ただ気づいてハッとする。話をする人達がもういない。ここはあのシェルターじゃない。眠りは残酷だ。一体いつになったら俺は覚える?夢を見るたびに忘れて。いつか、分かるのだろうか?」
「そうですか。起こったこと全てをすぐに実感してしまうと、人はその重みに耐えられないかもしれません。人は色々な記憶を持っています。情報としての記憶。都合よく改変した曖昧な思い出、泳ぎ方のような体に沁みついた記憶。習慣や、癖。事実の積み重ねが少しづつ慣習を上塗りしていって馴染でいきます。そして、いかなる現実も少しづつ受け入れていくのです」
「何だかそれも寂しいですね」
「生きるためにそうなるのです」
「先生、俺は出られるのでしょうか。この時代でまともにやっていけるでしょうか」
「安心してください。あなたは何か問題があるわけではないのです。ただ今は整理と学びのために少し時間が必要なのです。焦らずに」




