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 その後も彼には色々と世話になった。私はそこに居つき、飯は木村からもらったり、境界で配給されるものを取りに行ったりした。

 時折、木村の用事も手伝ったが、大体は川で釣りをしたり、何となく流木で人形を作ったり、呆然と一人の日々を過ごした。

 それから何年が過ぎていたのだろうか。

 嵐が吹きすさんだ日。それが抜けた後、木村が泥まみれの身体で私の小屋に来た。

 彼は机に腰をかけ、早口に話し出した

「村はおかしくなってしまったよ。教主はAIだった。そして何と言えばいいか。うまく言えないが、おかしくなったんだ。バグかもしれない。村の人間達にも、どうやらAIが混じっていて、それが不具合を起こしている。俺はヴィゴとマルセロとペトロをエリア2へ連れて行く。どの道村ではもう暮らせないだろうし、村の人間に追われるかもしれない。あなたはどうする。一緒に行かないか」

「私はここにいる」

「いいのか」

「あぁ」

 木村は苦しそうに目を細めた。「アンリは死んだ」

「そうか」

「それと」彼はさらに辛そうな顔をして続ける「今まで、言えずにいたが、マリアと娘も、何か。よく分からないが、村の人間は彼女たちをいなかったものとしている。あなたが消えてからすぐそうなった。誰に聞いても二人の居場所は分からないんだ」

「そうか」

「子供達を連れて行ったら、また戻ってくる」

 木村はそう言い残し去った。


 私は山を登った。

 集落についた時には、二人の男が道の中央に倒れていた。息はしているが目を見開き、人形のように固まっている。これが木村の言っていたバグか。

 家族を探した。その途中で見つけた人間はどれも停止していた。これがコピーの末路なのだろうか。

 最後に入った最奥の離れで、動くものを見つけた。彼は腹から流れている血を抑えながら震えていた。その脇に妻が倒れていた。私は彼女の頭を抱き起し眺めた。頭に穴を空けられて、妻は虚空を見ていた。

「戻ったのか、ヨハン」震える塊が口を開いた。ひどく息の通りが悪く、鈍く低い声だった。

 私はその者に静かに頭を下げた。男は唸り声のような悲鳴のような、かすかな息を漏らしながら、ゆっくりと這いつくばり、腕を上げ、私の頭に手をおいた。

「お前が私を欺いていたのは知っている。お前の子は悪魔の子だった」

「あの子はどこにおりますか」

「あの子は死なない。何をしても。どういうことだ。私達がそう願ったからなのか」

「どこにおりますか」

「寺院の井戸を探して見ろ」

 父は拳を閉めて私の髪を握った。その手は力なく震えていた。

「何故私を欺いた。何故私を信じてくれなかった」

 黙した。

「私の何が悪かった」

 答えられず、ただ黙した。

「私はお前達を信じていた。私は、私に与えられるもの全てを与えようとしていた。私はお前達を、心の底から愛していた。お前達を守りたかった」

「ヨハン。全てがまかり通る世界で人は一体何を信じればいい。誰もが己の頭の中だけで生きていける世界で、何が人を繋ぎとめる。それは信仰しかない。信じれば愛せるのだ。信じれば生きられるのだ。信じれば救われるのだ。信じられるということが救いなのだ。なのに何故誰も信じない。何故疑い、何故陥れ、何故理由が無ければ許さず、何故、何故と問うてしまうのか」

 次第に父の眼差しは焦点が薄れていった。彼は途切れ途切れに言葉を繋いだ。

「失った者達が当たり前のように戻ってきて、彼らはただのデータになってしまった。色あせた美しい思い出の色が塗り直され、美しさを失くしてしまった。守ることの出来なかった大切な約束が、いとも簡単に果たされ意味も失った。

 失くした者達への想いが枯れていった。私が、愛していた者達への想いが失われていった。だから真実だけを信じるようにした。嘘を拒絶した。自然の摂理を信じた。大切なものを取り戻すために。

 私にとってそれが神だった。神とは真実だった。神を信じるということは世界を信じるということだった。この世界は生きるに足る世界だと。神が作った良き世界だと。偽りなど必要がないのだと。

 私はただ守りたかったんだ。私達を繋ぎとめる唯一のものを。いや、私をここに繋ぎとめる唯一のものを。

 私はお前達を信じた。何があっても必死に信じた。なのに何故お前達は、私を信じてくれなかった」

 父は次第に伏せていく瞼の間で、束の間私の顔を覗いた。不思議な目だった。そのあと、彼の手は私の頭から落ちた。同時に辛うじて上げていた首も折れて、彼はそのまま地面に伏した。

 私は呆然と考えた。

 神や愛や真実。時代を支配していた価値観も時が流れる中で無くなっていた。それを求める人間はストーリの中にしかもはやいなかった。

 父がそれを代弁していたのかは分からない。いずれにしよ彼は時代に置いて行かれ、そして、いつしか時間から離れた。否定していた人形に自らがなり、愛そうとする者を疑い試した。愛を得るために愛したが、最後まで愛を得ることは出来なかった。彼は全てにおいて矛盾した悲しい存在だった。そんな気がした。

 私は妻と父を仰向けに寝かせ、その目を閉じ腕を胸の前で組ませた。


 小屋から出て寺院に向かった。そのせり上がった床の下を潜っていくと、ちょうど建物の中央辺りに、井戸はあった。井戸は蓋が閉められ大きい岩が乗せられていた。

 なんとか岩を落とし、蓋をあけ、ロープを伝って井戸の中に降りた。

 暗い水の底に娘はいた。しかし、アリシア、いくら探してもいなかった。私は数十年ぶりに接続し、システムに力を要求した。私は娘を縄に結び、その反対側の縄を引いて何とか地上に上げた。そして自らも縄を伝って這い上がった。

 そのままマリアを連れて山を下った。エリア2へ、この子も連れて行ってやろう。


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