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4-10


 10


 マリアが女の子を産んだ。名前をアリシアとした。難産だった。

 教主はまた感情を爆発させて喜んだ。村では祝祭が営まれようとしていた。

 私は黙々とその準備をした。村の者達から散々もてはやされたが、その中でも黙々と準備をした。何かが面倒で何かが重たかった。その正体は分からないが、逃げるように人のいない場所に行き仕事をした。

 赤子をあやしていると不安になる。何もかも知ったような目でこちらを覗いてくる目。それが恐ろしいということにようやく気付いた。アリシアもまた、どこかマスクの下の自分に似ているような気がした。


 人間といると空虚な気持ちになるようになった。なるべく誰にも会いたくはなかった。しかし、この村ではそれは難しい。全員が密接に繋がりすぎている。常に何かが重たかった。


 鍾乳洞の中で銀の滝を覗いた。そこに反射する自分の顔。その下は今どうなっているのだろう。

 マスクに手をかける。そして、ゆっくりと脱ぐ。そこに映る顔を呆然と眺めた。

 何か気配がして振り返った。娘が立っていた。

「どうした。何故こんな所にいる」と言いながら、すぐ後悔した。

 娘がそれに答えるはずもないし、私はマスクをまだ右手に握っていた。

 思考が停止し呆然と立ち尽くした。

 何となく振り返り、マスクを被って娘の傍によった。

 娘はいつものように私をジッと見据えるだけだった。

「怒っているのか」聞いてみたが彼女が答えるはずが無かった。

「悲しいか」その小さい頭に手をのせて撫でようかと思ったが、やはり止めた。

「お前は神を信じているか」

 何故、無駄な質問を重ねたのか分からない。そのまま鍾乳洞を出て村に引き返した。娘は付いてきた。途中の道で「俺は少し用があるからお前は先に戻りなさい。俺もすぐ戻る」と娘を先に行かせた。私はそのまま山を下った。そして、もう戻ることはないだろうと思った。

 よく考えてみれば、娘が何かを漏らす心配はないだろう。彼女が人に何かを伝えることはない。わざわざ逃げ出すことも無かったのだ。しかし、もう何もかもが面倒になっていた。一度降りた道を昇るのも面倒だ。あそこの人間と顔を合わすのも面倒だ。

 これでよかったのだ。そう思った。

 ふらふらとぼんやりと歩き山を下った。ふらふらとぼんやり歩き山を登ったいつかの日の事を何となく思い出した。今思えば、何故そうしたのかも覚えていない。

 私は山のふもとの小屋で眠った。そして、起きた。その後は何もしなかった。そこからどこかに行く気力を無くしてしまった。

 夜が更けた頃、木村が来た。彼は村の人間に頼まれて私を探していたようだ。彼は鼻が利いた。必要なものを見つける力にいやに長けていた。

「何があったんだ」

 私は答えず首を振る。

「村の人間が必死に探している」

「私は、もう戻らないと伝えてくれ」

「どうしたんだ」

「何も無いんだ。もう聞かないでくれ」

「アンリやマリアになんて言ったらいい。俺からは伝えられんぞ」

「じゃあ何も言わなくていい」

「孫か生まれたばかりだろう」

「もう、いいんだよ」

 そう言った後、やはり粘ろうとする木村が面倒で、彼を突き放すために木村の前でマスクを取った。彼は驚いたようにこちらを見た。

「何でそんなものを付けていたんだ」

「特に理由もない」

「だといって何を今更。ずっとそれで暮らしてきたんだろう」

「分からんよ。ただ何となくだ。疲れたんだよ」

「バレたのか」

「娘に見られたよ」

「そうか」木村は言った。そして少し気まずそうな表情を浮かべながら「ただ、マリアはそれを誰かに伝えたりは」

「出来ない。分かっている。それは問題じゃないんだ。ただ、きっかけなんだ。ふと我に返ったんだ。我に返ってしまったんだよ」

 木村は黙り、そしてそれ以上何も言わなかった。彼は引き返し、村に私の存在を隠してくれたようだった。

 私はどこにも行かず、何も食わずそこにいた。ずっと横になっていた。

 日が暮れ、開け、傾いた頃、扉が開き、また木村が来た。

「やっぱりいたか」

 彼は食料を抱えていた。半ば強引に彼と食事を取らされた。そういう日が続いた。


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