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 石の隙間からわずかに草が生えている。それとも苔だろうか。反対側に向き直る。むき出しの石が冷たい壁になって四方を取り囲んでいた。その内側には、今眠っているやけに軋むベッドと、中央に質素な木机と、奥の隅に箪笥のようなものだけがある。

 窓はあるがガラスではなく扉がついている。

 体がひどく重たい。カプセルで眠らなかったから筋肉が硬直し、軟らかく回復しなかったのだろう。肉に痛みが気だるく宿る。

 扉がノックされた。そして了解なしに扉が開いた。

 老女と男がいた。

「おはよう、眠れたかい?」

 女が訪ねる。自分は頷く。

「ここを案内する。ついておいで」

 廊下に出る。部屋と変わらない石壁が連なっている。

 老女は、すぐ隣の部屋をノックした。そしてまた、返事を聞かずに入る。

 男が仰向けに寝むっていて、部屋に入ってきた我々をジッと見据えた。

「おはよう」

 女の挨拶に彼は返事をしない。

「眠れたかい。その様子じゃ眠らなかったね」

 彼はそれにも返事をしなかった。

「ついてきなさい。案内する」

 男は立ち上がった。

 その建物の中を見て回ったが特に見栄えのするものはない。ほとんど同じ光景だった。ただトイレに辟易した。

 その後外に出て集落の四方を見て回った。高原に囲まれた場所に石造りの建物が連なっている。ホームと呼ばれる共同住居と中央にある聖堂は大きいが、それ以外の建物は大体が先ほどの部屋一つほどの大きさしかない。馬が奥の小屋で飼われていた。

「許可なく敷地外に出てはいけない。聖堂にも許可がある時以外は入ってはいけない」老女が話している時に遠くにある井戸の水を若い女が組んでいるのが見えた。

 とりあえず生活に必要なものを一通り見て回った。

「これ以外の場所は必要になった時に案内する。この後朝食を全員で食べる。部屋の片づけは自分でする。洗濯も。働かないものには食事はでない。朝食を終えたら仕事を教える。では、部屋に戻りなさい」

 部屋に戻り、また何もない時を過ごす、それもわずかで、またノックされ、扉を開けると女に朝食へ案内された。

 

 広い部屋に長机が四列並んでいた。しかし、端の二列は空席だった。中央の二列に人が並んで座った。最も手前にあの聖堂で見た教主が座っていた。そこには全部で20名ほどの人間がいた。

 食前の祈りを唱えはじめた。周りの人間を真似て、とりあえず顔の前で手を合わせる。

 ふかしたジャガイモとスープのような物、それと水が机の上に置かれていた。木製のスプーンでスープをすくって飲んだ。ほとんど味がしない。

 会話も無く、食器が立てる僅かな物音だけがしばし響いた。

 食事を終えると食器をかたずけ、それぞれが移動を始めた。その間にぽつぽつと会話が交わされる。

 収穫のことや、馬の病気のことが話されていた。

 教主から呼ばれた。自分以外にも二人同様に呼ばれた。いずれも昨日、洗礼を受けた男だ。

「お前達に仕事を与える。彼から、ここでの規律と仕事を教わりなさい」

「パウロだ」教主に示された男は短く名乗ると、すぐに背を向けた。

「ついておいで」

 パウロと共に外に出た。

 山を少し上がって、農場へ出る。小屋に農具が置かれている。

 パウロに指示されるがままに、仕事をした。昨日の疲れもあるのか、体が上手く動かなかった。息を切らして膝をついていると、パウロが寄ってきて見下ろした。

「記憶と運動神経がずれているのさ。悪魔はそうやって毒を吹き込んでいく。ここにいれば気づくさ。自分がどれだけ毒されていたかを」

 それから馬の世話や巻き割など別の仕事も教えられた。

 やがて、空が赤くなってくる。

「よし、今日は終わりだ。戻ろう」

 仕事道具を片付け。ホームと呼ばれる住居に戻るのかと思ったが、パウロはその道から反れ煙が昇っている、小屋に入った。

「湯に入る」そう言って服を脱ぎ畳んだ。

 体を何かの長い葉っぱで洗い流し、石で囲われた大きい湯の中に、何人かの人間と同時に浸かった。さすがに不潔で不快だったが、極力何も考えないようにした。

「着ていた服はたたんで持ち帰れ。早朝洗って干す。破けたら自分で修繕んだ」パウロは両手で顔を擦りながら、そう話した。

 

 部屋に戻ると、また少し何もない時間がある。疲れて動くことが出来ず、椅子に座って空の色が少しづつ変わっていく様を眺めていた。

 ノックが鳴って部屋を出る。夕食をまた全員でとった。

 食べ終わると、少し皆が雑談する時間があった。そこで教主の隣に呼ばれ話をした。

「今日はどうだった」教主から尋ねられ、心なしか全体の注目を浴びた。自分がどういう人格で振舞うかまだ定まっていなかった。

 話さなければそれはそれでそういう人間と固定されてしまう。共に呼ばれた二人に合わせようかと思ったが誰一人口を開かない。しかし教主はまるで返事を受けたかのように話を続ける。

「精神を保つには規律を守ること。自然の摂理の中にいること。そうすれば自然が歪んだ自らを正してくれる。精神を乱すのは自然を歪ますからだ。暗闇に目を覚まし、太陽から隠れるからだ。まずは自然のリズムを取り戻しなさい。長く虚構を生きてきたものにはなかなか困難かもしれないが。

 それと、ここでは誰もお前達を保護していない。生きる能力のないものは生かさない。だが、お前達は生きる能力を持たぬ人間ではない。それを奪われてしまっているだけだ。生きたければ自分の力で、働き、学び、話すことだ」

 一瞬静まった部屋は、少し経つとまた静かな会話がなされる。食器を片付けて自分で洗い拭く。そしてひどく古い木製の棚に戻す。

 その後、聖堂に移動した。そこでは夜の祈りが行われる。歌が斉唱され、最後に瞑想があった。

 そしてホームに戻った。それぞれの部屋に帰っていく。

 パウロが部屋に来た。本を渡された。

「眠る前にこれを読む、もしくは書き写す。そして、祈りをささげて眠るんだ。文字は読めるか」

 頷くと、パウロは部屋の蝋燭を消して去っていった。

 闇。風の音。眠れない。幻想が募る。

 夜が明ける前にノックがなる。パウロが部屋に来る。

「眠れなかったか」


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