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いやな夢を見て目が覚める
燃えるような夕日。赤い森。鳥の鳴き声。この音で目が覚めたのだろうか。
鹿が歩いている。体が凍り付いていて動かしづらいが、何とか立ち上がる。鹿の消えていった先に揺らめく何かがある。リボンを見つけた。
これはAIの施しか?
足取り重く歩き出す。どのくらい眠っていたのだろうか。
見つけたリボンをもう見失わぬよう、注意して辿る。すると道幅はまた広くなってきて、周りの木々は少なくなる。
遠くでぼんやりとオレンジの光が見える。斜面を登ると開けた土地に出る。
石造りの建物がいくつか。中央に聖堂らしき物、入り口の横に篝火をたてている。その聖堂の中に入っていく。すぐに階段になっていて地下から歌が聞こえる。
階段を降りようとすると、壁の石の穴から手が伸びてきて肩を捕まれた。
「お前はクローン?」穴の向こうから声がする。
「違う」
「お前はAIか」
「違う」
「偽りのものを纏っているか?」
「いや」
「この先は沈黙を守れ。そこにある物をつけたかったらつけていい」
よく見ると、その横の壁の窪みに黒衣のマスクがかけられている。
顔を偽装したマスクの上からさらにそれを被った。
階段を下りていく。むき出しの石の壁。ひんやりと冷たい風が地下から上がってくるように感じた。小さく聞こえる歌の中でトントンと自分の足音が木霊する。やがて歌は止んで、足音ばかりが響いた。
最深部に着いた。木製の大きな扉が正面にあった。静かにその扉を開く。中はより暗い。全貌は殆ど見えない。
人が何人かいるようだ。マスクを被る人間も被っていない人間もいる。一寸こちらの様子をうかがうものもいたが、すぐに目を反らす。
少し進むと、ほのかな明かりが見えた。部屋は楕円形になっていて下っていくように中央が凹んでいる。窪みの底に机があり十字架が掲げられている。そこが、アルコールランプのような光でわずかばかりに浮かんでいる。
また少し、中央に入る。話をする人間はいない。皆薄い黒布をまとっている。
一人の男が中央に立った。顔は醜く歪み皺だらけ、髪は薄く白い。すると男は灯を消した。
辺りは闇に包まれた。人が静かに息を吐く音がやけに聞こえるようになる。
「時は」中央から声が響く。先ほどの老人がしゃべりだした。
「時は戻らない。無だったものが少しづつ埋まっていき、やがて溢れ行き場を失った。欲望のまま膨らみ思うがままに。
全知全能と呼ぶものを手に入れ人間は何を失った。それは行き先だ。或いは、意味だ。或いは愛、感情、そして、神だ。
人は神の技を得て神を失った。しかし、それが本当に神の御業であるならば、神が愛を奪うだろうか?
神とは存在ではない。我々に触れられるものではない。神とは宿るものだ。万物に、例えば意志の中に。善き人でありたいという意志。幸福を信じるという意志。そういう物の中に神は宿っている。
AIは違う。同じ力でも、彼らは虚構へと導く、我々の意志だと表して。彼らの技は悪魔の囁きだ。
時は戻らない。だが、波は寄せて返す。日は暮れ明ける。世界もまた、繰り返す波紋だ。
我々は意志をもって引き返すことができる。偽りの世界から。
機械を捨て、平和を捨て、ままならぬ世界に流されよう。
さすれば我々に神は戻る。愛は戻る。心の空白は満たされていく。
信じる者が救われるのではない。信じられるということが救いなのだ」
また明かりが宿る。老人が蝋燭を掲げると、人々が近づいていき、その火を借りて、自らの蝋燭をともした。
部屋から出ていく者と、残る者。
眺めている間に、気づくと取り残されていた。
老人が近づいてきて自分に頷いた。そして、頭を振ってついて来い示したようだった。促されるままに何人かのマスクの人間達と、その背に続いた。
部屋の最深部の扉を開けると一層冷たい空気が流れこんだ。そこは鍾乳洞のようだった。水流の音の中を歩いて行く。水が伝う岩壁に触れてみた。氷のように冷たく岩肌は滑る。
老人が道の端まで歩いて振り返った。促され、その横に並んだ。崖の下に青い水面の湖が広がっている。水は透き通り底まで見える。小さな女神像が湖の底に眠っていた。
老人の手が自分の肩に添えられた。
「全ての虚構を捨て、神に仕えるか」
全ての虚構とは何だろうか。




